使者は風邪をひくか「たっだいま~テジャン!風邪治った?」
「兄上只今帰りました。その後お加減はいかがでしょうか?」
カンニムの部屋の閉じられた障子の真ん中に立った二人は、ハヤンサは右、ヘウォンメクは左の障子をそれぞれ開けた。同じ容姿、背格好の人間が並んでいるが、ヘウォンメクはニコニコと笑い、ハヤンサは口元を真一文字に結んでおり、対照的な様相を呈している。しかし扉を開けて直ぐのことだ、この正反対な二人組の反応は急に同じ軌道を辿った。
「兄上?」
「テジャン?」
部屋の隅、文机の横に転がる黒い塊がカンニムであることを瞬時に悟った二人は、我先に歩み寄った。そろりそろり、赤子が眠りから覚めないように静かに近寄ってみると、大きな体躯を丸め、すやすやと眠るカンニムがいた。
「俺知ってる、丸くなるのは寒いってことなんだ」
ヘウォンメクが小声で言った。
「……」
「馬鹿だなぁテジャン、風邪がもっと悪くなるよ」
ハヤンサはカンニムの横に正座すると、身に着けていた襟巻を外して膝の上に置いた。ヘウォンメクはその様子を「おいおい、なんで座るんだよ」という表情で見て、その後自分もカンニムの横に正座した。普段であれば、せいぜい体操座りとか胡坐なのに、ハヤンサに対する謎の対抗心が度々ヘウォンメクに、らしくないことをさせるようだ。カンニムを挟み込むようにしてハヤンサとヘウォンメクが正座している様子をスホンが見たら「あ~カンニム使者様、絶対いま悪夢見てるって」と言っていたかもしれない。ヘウォンメクがビリビリとした脚の痛みを感じはじめた頃、ハヤンサは白いふわふわの襟巻をぎゅっと握っては解くを繰り返していた。
「さっきから何してんだよ」
ヘウォンメクが顎で示しながらそう言った。ハヤンサはヘウォンメクを一瞥したが、すぐにカンニムの方に視線を戻し、再び両手を膝に添えた。
「無視かよ」
ヘウォンメクは脚の痺れで若干機嫌が悪かったので、ハヤンサが握って離さない襟巻を奪ってやろうかと思った。無視と無口なのは違う。意趣返しだとハヤンサの膝に手を伸ばし、前のめりになったその時、ハヤンサの方も急に膝立ちになってヘウォンメクの方に倒れ込んだ。ヘウォンメクは迫りくるハヤンサにぎょっとして、それを避けるように身体を捻ると両手を床に着け四つん這いになった。「どういうつもりだ」小声で怒鳴りながらハヤンサの方を振り返ってみると、そこにはカンニムに覆いかぶさるようにして、同じく四つん這いになったハヤンサの姿があった。その光景にヘウォンメクは腹の奥をぎゅっと掴まれたような感覚して、「今すぐテジャンの上からどけ!」と叫びたくなった。だが、脚の痺れで直ぐには動けそうもなかったし、大きな声を出して気持ちよさそうに眠るカンニムを起こしたくはなかった。ヘウォンメクがハヤンサの背後で視線という名の槍を飛ばしていた時、ハヤンサはカンニムの耳元で何やらぼそぼそ喋っているようだった。『くれぐれもテジャンを起こすなよ』ヘウォンメクの念は通じたようで、ハヤンサは直ぐにカンニムの上から退いた。
「テジャン!」
脚の痺れから解放されたヘウォンメクが急いでカンニムの側に寄る。無防備なテジャンを見下ろすのはとても新鮮な体験だったが、それよりも、猫のように丸まったカンニムの手に握られたハヤンサのふわふわの襟巻の方がヘウォンメクには衝撃だった。
「なんだこれ……」
カンニムはもぞもぞと寝返りを打つと、ふわふわの毛皮に顔を埋め、その肌触りの良さに口元を僅かに緩めている。
「何…これ……」
ヘウォンメクは思わず口元を覆った。
「めちゃくちゃテジャンが可愛いんだけど!!!!!」
ヘウォンメクのくぐもった声が静かな室内に鈍く響いた。
「そうだろう、兄上は可愛い」
ハヤンサとヘウォンメクの会話が漸く成立した感動的な瞬間だった。