寝る子は育つ某ファストフード店にて
ガラス扉の奥を見てカンニムは少しの後悔を覚えた。この時間、店内は既に夕食を買いに来たであろう社会人や勉強会という名目で暇つぶしに来た学生たちでごった返している。いつも使っている喫茶店の静けさとは大違いだ。肩掛けバックの紐を握る手に力が入る。やはり別の場所にしよう、そう言うまいか悩んでいたところ、先に入ったヘウォンメクが振り返って何か言った。
「席あそこでいいよね?」
ヘウォンメクは口を縦横大きく開き、左奥のカウンター席を指差した。カウンター席か……壁際ならまだましだろうか。店内に入りヘウォンメクの後ろをカルガモよろしく付いていった俺は、さり気なく窓際の席に自分の荷物を置いた。そしてヘウォンメクにメニュー表を差し出し「ちょっと手洗い、先に注文しといてくれ」とだけ言って席を離れた。
さてここで、某ファストフード店に入る数時間前の会話を振り返ろう。場所は放課後の教室、学年2位が窓際の席で寝ている。そこに学年1位、つまり俺が来るわけだが……
「おーい」
「おーい」
「熟睡かよ」
学年2位、もといヘウォンメクは噂に違わずどこでも寝るやつだった。これでは俺が渡したメモを読んでいるのかすら怪しい。メモというのは俺が昨日ヘウォンメクに渡したもので、内容は「明日の放課後お前の教室で話したいことがある 以上」というものである。一応約束は守って教室に居てくれたわけだが、これでは肝心の話ができない。肩を叩いて起こすことも考えたが、風の便りでヘウォンメクの睡眠を妨げた者は、次回のテストの点数が下がるらしいと聞いたことがあり、それもできなかった。俺とて本来迷信は信じないタイプで今すぐ叩きおこしたい気分だったが、勉強の妨げになるかもしれないメンタル面の突っかかりはできるだけ避けたいのだ。ということで俺は寝ているヘウォンメクの真向いに椅子を置き、黒い通学鞄から英単語帳を三冊引っ張りだした。
ヘウォンメクが起きたのはそれから三十分経った頃だった。
目を細め大きく伸びをしたヘウォンメクは欠伸と「おはよう」が混ざったであろう「あはよお」をおおよそ俺が居ない天井に向かって言った。
「おはよう、僕が誰か分かるか?」
「ああ、ごめん、分かるよ。名前は確かカンニム君だっけ?」
「そうだ、メモのこと覚えてるよな?」
「アーあれね、覚えてるけど……」
「時間も無いし単刀直入に言うが、君は学年2位だろ」
「ああ、そうだったかな、多分、きっと、部分的にそう?」
「ははは」面白くない冗談はこの際スルーする。
「2位が何?」
「その、だな、自分で言うのもあれだが俺は学年1位だ」
「はあ、知ってるけど」
「おまっ!俺の順位は知ってるのに⁉なんで自分のは……いや今は関係ないか」
なんだろうこの感覚は。普段のクラスメイトとの会話が風船バレーなら、ヘウォンメクとの会話はドッチボール並みのテンポがあるし、気を抜いていると会話の主導権を明け渡しそうになる。
「そこでだ、学年1位2位同士……共に」
「共に?」
「なんで笑う」
「あれ、俺笑ってたかな。ごめんごめん、こういう顔だから気にしないで」
気を取り直し「僕と共に──」その続きを言おうとした時だ、ヘウォンメクの腹が「ぐう」と鳴った。あまりに模範的というかお手本どおりの腹の音で、俺は笑うとかより「ああ、腹の音がするな」という感想しかでなかったわけだが、ヘウォンメクの方はそうではなかったようだ。腹を右手で押さえながら机の上にあった俺の単語帳を自分の鞄にしまったかと思うと、今度は先ほどまで着崩していた制服の釦を上から下まできちんと閉めはじめた。因みにその間、二回は「ぐう」といわせていた。一体どんだけ腹減ってんだ。ヘウォンメクの身体の大きさとカロリー消費を脳内で計算しつつ、もしや無駄なカロリー消費を抑えるために寝ていたのかと馬鹿な推測を立てていたら、すっかり真面目な高校生の姿になったヘウォンメクが俺の手を取ってこう言った。
「俺と一緒にハンバーガー食べに行こうよ!」
そして現在、俺たち二人はこの言葉に導かれるように某ファストフード店にいる。