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    絵を描くオタク

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    ウォンカン プラべ移行
    ぐだぐだ喋る二人

    ねぇテジャンヘウォンメクが「ね-テジャン」と言うと、俺の心臓は跳ねるように作られている。
    心臓から冷水が溢れて肉壁を伝い、水が汗となって額、指先、背中に噴き出す。どうか、どうか、と情けない事を思っては、酷い自己嫌悪に陥った。もし記憶が戻ったらあいつは俺になんて言うだろうか。あいつの事だ「カンニム様、ちょっと話したいことがあるんですけど」という言葉など使わないだろう。きっと日常の延長線上、俺の命令に冗談を飛ばす時のあの軽快なリズムで、「ねーテジャン、俺を殺してどうだった?」とか言うのだろうか。

    だからあの日、あいつが俺に「ねーテジャン」と言った時も、俺の心臓は死してなお生き急いでいた。

    「ね-テジャン、未練ってなんですか」
    「…未練?なぜ俺に聞く」
    「なんでって、暇そうだから?聞いてくださいよテジャン、さっき会った亡者が『俺にはまだ未練があるんだ!』って煩くてさぁ~それで気になったんです」
    「なるほど」
    「どういう意味です?」
    「亡者なら現世でやり残したこと…心残りのことだ」
    「ふーん、じゃあ俺に未練はないってことですね。そもそも現世の記憶がないんだから、後悔のしようがない!いやぁ、ラッキーだったな。俺にあるのは転生あるのみ!」
    ヘウォンメクは嬉しそうに、両手を天に掲げるとパンっと一打ちした。
    そんなヘウォンメクの顔を俺は見ようともしなかった。できるだけ普段通りの顔をして、ぶっきらぼうに「ほら、いくぞ」と言った。後ろからヘウォンメクの軽快な足音が聞こえてきて何故か安堵をおぼえる。

    「ねーテジャン」
    暫く歩いて、ヘウォンメクが雑談をはじめた。
    「なんだ」
    「質問しても?」
    「お前は小学生か?質問する前にちょっとは自分で考えたのか」
    「テジャンに未練はありますか?」
    咄嗟にヘウォンメクの方を振り返ると、「ほら俺には分かりようもない質問でしょ」と言わんばかりに、笑顔を浮かべていた。質問されたからには答えなければならないと、脳がフル稼働する。心臓も脳も忙しすぎる。

    どうしたらヘウォンメクが納得する答えが出せるかばかり考えた。俺じゃなくて、あいつが納得するものを。
    「…俺に未練はない」
    違う。
    本当は—
    『俺には、未練など持つ資格がない』
    「いいね、テジャンは現世で自分のしたいことをやり切って死んだってことか」
    ヘウォンメクがその内容を聞くことはなかった。
    やりたいこと、あれは本当に俺がやりたかったことなのか?
    歩調は悠然で、真っすぐ前方に引かれた白線の上を歩くように脚は動くのに、眼はいっこうに目指すべきところを見つけられず彷徨っていた。何度が瞬きをして、渇いた目を潤す。ヘウォンメクは予想通りの回答でつまらなかったのか、最後に一言「テジャンらしいね」と言った。
    「らしいだと!」
    思ったよりも大きな声が出て、ヘウォンメクの形の良い眉がぴくっと上がる。
    「あれ?俺なにか変な事いいましたか。千年も一緒なんですよ、あんたの性格ぐらいなんとなく分かりますよ」
    ヘウォンメクの困ったような表情を見て、急に冷静になる。
    「お前は俺のどこを見て、『らしい』と思ったんだ?」
    「ん—本当は未練たらたらのくせに未練ないとか言っちゃうとこですかね」
    「なんだと!」
    「ほらぁ、そうやって怒るとことか図星丸出しですよ」
    自分で自分の傷を抉るとはまさにこのことだった。
    「それでも、お前は俺の過去を聞かないんだな」
    口をついて出た言葉は、諦めと後悔と懺悔が入り混じった弱々しいものだった。またしてもヘウォンメクの顔を見ることができない。俯いていると、ゆらゆらと影が近付いてきて俺の身体を包み込んだ。「テジャン、顔をあげて下さいよ」頭上からあいつの声が聞こえる。
    「テジャンが現世でどんなことをしたか、俺はどうでもいい。いや嘘、めっちゃ気になるよ。でも…」
    あいつの呼吸が聞こえる。ゆっくりとした息遣いで俺とは正反対。昔を思い出すようだった。
    「俺は今のテジャンしか見てない。この千年あんたと、そしてドクチュンと過ごした時間、あんたが俺にしてくれた色々なことを大切にしたい」
    本当に俺とは正反対だなと思った。
    昔も今も俺は変わらず弱く、あいつは強かで潔い。
    「そうか、そうだな」
    「理解していただけましたか、カンニム様?」
    にんまりと笑って満足そうなヘウォンメクの顔を見て、思わず目を瞬かせた。そうしていないと、瞳から何かが零れ落ちてしまいそうだった。「ドクチュンが待ってます。さっさと行きましょう」そう言って駆けていくヘウォンメクの背中を見つめる。
    「ヘウォンメク!」
    「なんです?」
    「今は楽しいか?」
    「もちろん」
    ヘウォンメクは片腕を天に突き上げ指いっぱいのピースした。
    「ならいい」
    そう言うとヘウォンメクは「ははっ」と笑った。

    実はこの時ヘウォンメクが小声で「テジャンも楽しいでしょ」と言ったのだが、後ろを歩くカンニムには知る由もなかった。また、それと同じでカンニムがこの時思っていたこともヘウォンメクに伝わることはなかった。

    お前の目に映る俺がどうか正しくあれるよう、お前の言葉で導いてくれ。
    いつか今を振り返って未練などないと言えるよう、今度は私が語るべきことを語ろう。
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