Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    marusudaregai

    @marusudaregai

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 5

    marusudaregai

    ☆quiet follow

    ジューンブライドということで、結婚について話すラギ監ちゃん

    設定:
    元の世界に帰れず、そのままTWLで就職した監。
    学生時代からラギーとお付き合いしていて、今は同棲中。
    お互いのことを「ラギーさん」「ユウ」って呼んでいます。
    いつまでも先輩って呼ばれたくないし、くん付けもおかしいかなって思っただけッスよ。
    ついでに口調も少し砕けた感じになっています。

    ##ラギ監

    私の家オレはさ、それこそユウのことが好きって気が付いていたときからその可能性を考えてたんスよ。
    ユウと付き合うってなったときだって、何かがあったら絶対に助けるって決めたし、もし、この世界から突然いなくなったら絶対に探し出すって決めたんスよ。
    もし、ユウが元の世界にいたくなったらそのときはオレもついていく。
    それくらいの覚悟はあるんスよ―


    ―*―*―*―


    「素敵な式でしたね!」
    今日はNRCにいたときにお世話になった先輩の結婚式だった。
    ラギーさんの友人でもあって、二人で参加させてもらった。
    「そうッスね、アイツ、泣きすぎて顔ぐちゃぐちゃだったけど、シシシッ」
    私たちの家に着いて、ダイニングでそんな会話を交わす。
    「でも幸せそうでした」
    「ユウはさ、どう思う?結婚とか」
    「え?素敵なことだと思いますよ?」
    「いや、そうじゃなくて、したい、って思う?」
    「え、」
    これはつまり、そういうことなんだろうか。
    ラギーさんも考えているのだろうか。
    嬉しい。
    嬉しいんだけど、元の世界の光景が頭をよぎる。
    嬉しいのにな。
    ―不安だな
    「それは、そう、ですね」
    歯切れの悪い私を見てなにかを感じ取ったラギーさんはそれ以上追及はしてこなかった。
    代わりに「なんか飲む?紅茶、入れようか」と言ってキッチンに入っていった。

    ―・―・―・―

    友人の結婚式に出た後、なんとなく、ユウに結婚についてどう思うか聞いてみた。
    オレはNRC卒業後、無事に一流企業に就職して、生活も安定してきたから、そろそろいいのではないかと考えていた。
    気が変わってるんじゃないかと期待した。
    あのころから―
    同棲する前にも同じ質問をしたときからは―

    もちろん、今、こうして一緒に暮らしていてそれも十分幸せだけど、結婚していた方がいいと思うことも多い。それにユウとの子供も欲しいと思ったりする。
    だからユウのためらいがちな返事には少しだけ残念に思う。それでも仕方がないと思うのは彼女が違う世界からの人間である、という事実があるから。
    紅茶を淹れながらまぁ、急ぐことでもないか、と考え直す。
    オレらなりのスピードで、別に。


    金曜日。
    オレはいつも通り出社する。
    今日はユウも仕事と言っていた。
    「おはざーッス」
    そう言って自分のデスクに向かう。
    「お、ブッチ、おはよ」そう言うのは目の前に座る一つ上のオルクスさんだった。
    「おはざッス」
    オルクスさんはオレの顔を見るとまた仕事に戻った。
    椅子に腰を下ろしてパソコンのスイッチを入れる。昨日までの作業を思い出しながら準備を進める。
    「そういえば、ブッチ」
    「なんスか?」
    「今日、海外赴任者に声がかかるらしいぜ?」
    「へぇ~、ちなみに情報源どこッスか、それ」
    「この間たまたま人事の辺り歩いてたら聞こえたんだよ」
    「信憑性あるんスか?」
    「今回は信じてくれてもいいぜ?なにせ俺が直接聞いた話だし」
    オルクスさんはバチンとウィンクをしてくる。
    そういうことするから信憑性がなくなるんだろう。
    「お前、海外赴任の声がかかったら行くだろ?」
    「そッスねぇ」
    海外赴任。
    新たなプロジェクトを任されるということ。
    自分の力が認められるということ。
    それは出世が約束されるということ。
    ―それと、この土地から最低三年離れるということ。


    昼前―
    「ブッチ、ちょっと」
    そう上司のエルファさんがオレを呼んで手招きする。
    オレの上司は男性が強いこの会社で珍しく女性で出世を果たした人だ。すごく親身に相談に乗ってくれたり、とにかく頼りになる人だった。
    ユウの事情も知っていて、女友達が少ないユウも頼りにしているようだった。
    「お疲れ様です。なんですか?」
    「ブッチ。単刀直入に言うと」
    ごくりと喉が鳴るのがわかる。
    「はい」
    「君に海外赴任のお誘いが来ている」
    ガツンとオレの頭で何かがぶつかる。
    海外赴任。
    それは出世。
    それは挑戦。
    それは自信。
    それはユウと離れる可能性があるということ。
    「急な話だけど、半年後から。詳しくはこの紙に書いてあるけど」
    エルファさんがオレに紙を渡してくる。
    「新たなプロジェクトを担当してほしい。大体三年。延びる可能性もある。ブッチは色んな国でバイトの経験があるうえに言語にも強いから声がかかった。移動費、向こうでの生活費、家賃とかは会社持ち。基本は一人用のマンションだけど、結婚やパートナーシップ申請している場合は家族と住める家が補償されるが…君はまだ結婚、してなかったよね?」
    「そ、ッスね、はい」
    「今は彼女と同棲してるんだっけ?」
    「はい」
    「同棲、だと補償はもらえない。二人で住むなら家賃の半額は出せるけど」
    「一回考えてみます」
    「ブッチならすぐ返事をすると思ったけど」
    「いや、まぁ、オレ一人だったら即決でしたけど、やっぱ、ユウとはちゃんと話したい、というか、ユウの意見も聞いておきたい、というか」
    「そうか。初めて会ったときとは変わったな。あんな荒れてたのに」
    そう言ってエルファさんは微笑んだ。
    「いや、まぁ、そッスね、変えられたんスかね」
    「君の彼女は太陽みたいな人だからなぁ…できるだけ早く返事はほしいけど、まぁ、来週くらいまでに聞ければいい」
    「わかりました。失礼します」
    「ん」
    エルファさんは手をふっとあげてオレをちらっと見るとまた仕事に戻っていった。


    「はぁ」
    自販機コーナーに行ってブラックコーヒーを買う。
    海外赴任か。
    オレは行きたいけど、ユウはどうだろう…
    「ブッチ、大丈夫かよ?」
    「お疲れ様ッス。なんのことッスか」
    「いや、あんなデカいため息ついてたら心配になるだろ」
    「オルクスさんが人の心配とか、明日は槍でも降るんじゃないッスか?」
    にやにやしながら言うと先輩は心配して損したとでも言うような顔になる。
    「先輩に失礼すぎないか?お前」
    「いやだなぁ!めちゃくちゃ尊敬してますよぉ」
    「ったく、調子のいいやつだな。ま、あんま抱え込みすぎるなよ」
    そう言って先輩は去っていった。
    スマホを取り出してユウとのチャットを開く。
    『今日の夜、少し話があるんだけど、時間ある?』
    すぐに既読になった。
    『?ありますよ?』
    というメッセージと可愛いらしい黒猫が首をかしげるスタンプが送られてくる。
    オレはハイエナがグッと親指を立てるスタンプを送っておく。


    「ただいま~」
    がちゃりと家の扉を開ける。
    早く帰ろうと思っていたのに、集中できなくって結局いつもより遅くなってしまった。
    「ラギーさん!おかえりなさい!」
    ユウが笑顔でひょこっとキッチンから顔を出す。
    オレはいつも通り先に着替えてからダイニングに向かう。
    「今日はお肉です!」
    テーブルには食事が並んでいた。
    ユウの作る食事のほとんどはニホンショクと言うらしい。
    最初は馴染みが味だったのに、今では落ち着く味になっている。
    「今日もおいしそうッスね~イタダキマス」
    「いただきます」
    彼女に言われて始めたこの『イタダキマス』という言葉もいつの間にか馴染んでしまった。
    「この間おばあさまに貰ったものを少しアレンジしてみたんですけど、どうでしょう?」
    「美味いッスよ!あれがアレンジでこんなに変わるのか、ばあちゃんにも教えてあげたいッスね」
    「好きな味だといいですけど」
    「オレは好き」
    「よかったです」
    そんないつも通りの会話を交わしながら食べる。
    その後、食器はオレが洗って、その間にユウがお風呂を洗う、いつもの流れ。

    「それで、ラギーさん、改めて話ってなんでしたか?」
    オレらは再び席について向かい合う。
    彼女は緊張した面持ちでこちらを見ている。
    「あのさ、海外赴任しないかって話をもらったんだよね」
    「え、おめでとうございます!先に言ってくれてたらもう少し豪華な食事にしたのに!」
    「そういうのはいいッスよ」
    「明日。明日は少しだけ豪華にしますね!」
    彼女はにこにこと笑って何作ろうなんて考えている。
    「それは嬉しいッスけど、そうじゃなくて」
    「なんでしょう?」
    「海外赴任って最低でも三年間なんスよ」
    「あ」
    そこまで言ってユウは何かを察したようにおとなしくなる。
    NRCみたいに鏡を通して移動ができればいいけれど、世界はそんなに甘くない。
    一流企業とはいえ、一般企業にそんなものはないのだ。
    オレは少し顔を上げて彼女の方を見る。
    さっきまであんなに楽しそうだったのに、ひきつった笑顔に少しの不安が見える。
    「えっと、確認するまでもないとは思うんですけど、ラギーさんは行きたいんですよね」
    「それはまぁ、そッスね。これはチャンスだから。でも、オレはユウとも一緒にいたい」
    「じゃあ、私はついて行きますよ」
    「いいんスか?」
    「もちろん。この世界に私の故郷もないから」
    ―ラギーさんがいるところが私の家です
    かわいいこと言ってくれちゃってまぁ…
    オレは彼女の座っている方に寄っていき、後ろからぎゅっと抱きしめる。
    「ありがとね」
    「はい」
    ユウから心臓の音が聞こえてきて、いつまでも慣れずにこれだけで緊張してしまう彼女が愛おしくて仕方がない。
    「あのさ、結婚してたらユウも簡単に一緒に行けるようになるんスけど…」
    「結婚、ですか?その、籍を入れる、ということですよね」
    「そ。入国するのに許可証がいるんスけど、今のままだと入国できるかわからない。でも、籍を入れていたらオレと一緒に行けるようになるんス。それに移動費とか家賃も全額補償されるんス」
    「なるほど」
    「元の世界のことがあって決められないのはわかるから別に絶対とは言わないッス。オレとしてはある程度稼ぎもあるから今のままでもいいとは思ってるんスけど、一緒に行くには手続きとかが難しくなるかもしれない。どう、思う?」
    そう、彼女は異世界から来て、この世界に戸籍はない。
    スラムにだってそんな人はたくさんいるけれど、違う国に行くとなると話は違ってくる。
    「…ちょっと考えたいです」
    「ん」
    「すみません」
    「大丈夫ッスよ。オレの方こそ、こんな形になってごめんね」
    同棲を始めたときにオレは結婚前提にしたいと話した。
    けれど、ユウからの返事はとてもいいとは言えなかった。
    『元の世界があるので、その、嬉しいんですけど、素直に頷けないというか、すみません』
    そのときは別にそれでよかった。でも、今は違う。
    できれば結婚していた方がいい。でも、彼女の気持ちを第一にしたい。

    ―・―・―・―

    ラギーさんに海外赴任のお誘いが来た。
    それはとっても嬉しいことなんだけど。
    なんだけどなぁ…
    お風呂の浴槽に体を預けると口から出た空気がぶくぶくと音を立てる。

    結婚。
    そう。彼についていくには籍を入れた方がいい。
    否、いれないといけないと考えるべきだ。
    ラギーさんは『手続きが難しくなる』と言ったけど、難しいどころの話ではない。
    海外に行くには許可証がいる。
    私だけではそれを取れない。
    ラギーさんの妻です、と言わないと無理なのはわかりきっていた。
    ここに来たときは学園のコネを使ったけれど、今回はそんなわけにもいかない。

    これまでだってラギーさんから結婚というワードは出ていた。
    同棲を始めるときだって、『結婚を前提に』と言われた。
    ラギーさんはしたいんだ、とそのとき思った。
    先週の結婚式に出席した後だって、少し話題に出していた。
    反面、私は結婚について考えるとどうしても元の世界のことがちらつく。
    もし、私が突然元の世界に戻されたら
    もし、戻れるようになったら
    もし、元の世界に留まりたくなったら
    ―私はどうするんだろう?
    ―ラギーさんはどうするんだろう?
    そんな不安が思考を占めていって、考えたくなくなる。
    どこかではもうずっと戻れないままなんだから無理でしょ、と思っていて。
    でも、どこかでは十五年以上元の世界で生きて突然ここに来たんだからもしかしたら、と思っている。
    お風呂に浸かってぐるぐる考える。
    ―私はどうしたいんだろう


    ―翌日
    「いってきます!」
    「いってらっしゃい、エースくんとデュースくんとグリムくんによろしく~」
    「は~い」
    今日は土曜日でたまたまエース、デュース、それにグリムと休みが合ったから会うことになっていた。
    三人は隣の国にいて、比較的国境に近いこの場所へは電車で来れる。
    私は行けないから、代わりに三人(二人と一匹?)が来てくれる。
    昨日の話の続きをラギーさんとするべきなんだろうか、と悩んでいたら、気分転換にもなるし、行ってこればいいんじゃないとラギーさん言われた。
    彼にはなんでもお見通しなんだ。
    そして私はずっと彼の優しさに甘えている。

    「そいや、お前、先週、サバナクローの先輩の結婚式、出たんだろ?」
    「エースは情報通だなぁ」
    「そうだったのか?」
    「うん。すごく素敵だったよ」
    グリムは興味なさそうに「ふーん」と言ってお昼ご飯を食べていた。
    「結婚ねー、オレらも考える年だよなぁ」
    「そうだな、そろそろ、な」
    エースもデュースも今では素敵な彼女さんがいるからやっぱりそういうことも考えるのだろう。
    「やっぱり考えるものなの?」
    「え?あーまぁね、そりゃあ考えるっしょ」
    「そうだな、もう二十代も後半に近いし」
    「そうなんだ」
    私の口から出た言葉は自分で思っていたより暗い音だった。
    「ユウ、大丈夫か?」
    さすが四年間ずっと、文字通り四六時中一緒にいただけあって、グリムは何かを察したようだった。
    「あー、ラギー先輩のこと?」
    「なんかあったのか?」
    グリムの反応を見て他の二人も異変に気が付いたのだろうか。
    こんな時ばっかり察しがいいんだな、この三人は。

    昨日の話を思い出す。
    二人に話したら少しはすっきりするだろうか。
    答えは見つからなくても答えに近づけるだろか。
    「ユウ~?大丈夫なんだゾ?」
    「話したくなければいいが、僕たちも話くらい聞くぞ?」
    「そーそーお前はいつも溜め込みすぎなんだよ」
    「えっと、じゃあ、聞いてくれる?」
    そうして私はラギーさんの海外赴任の話と結婚の話をした。
    「まぁ、それは籍を入れた方が良さそうだけど」
    「おい、エース、そんな簡単な話じゃないだろ?ユウ、大丈夫か?」
    「あ、うん、大丈夫。エースの言うこともわかるから」
    「だろ?海外赴任があるにしても、ないにしても、ラギー先輩もそろそろ将来のことは考えてるだろ」
    「うん」
    「まぁ、そうだな、ブッチ先輩は何より安定を好みそうだし」
    「うん」
    「でも、オマエら、ユウには元の世界があるんだゾ?そんな簡単じゃないってさっきデュースも言ってたんだゾ?」
    珍しく正論を言うグリムの言葉に誰も何も言えなくなる。
    その沈黙を破ったのはエースだった。
    「思ったんだけどさ、それってマリッジブルーに近いんじゃないの?そりゃあ、ユウは異世界のことがあるからちょっと違うかもしれないけどさ」
    「まりっじぶるー…」
    「そ。オレの兄貴の奥さん、オレの義理の姉貴もそんな時期あったみたいだし。まぁ、まだ結婚が明確に決まってないのにマリッジブルーって言うのも変かもだけど」
    「あぁ、それに近いのかもな」
    「そうなのかな?」
    「まぁ、本当にそうかはさておき、ちゃんとお前の気持ちをラギー先輩に話した方がいいのは確かだろ」
    「そうだな、ブッチ先輩のことだから、ある程度はわかっていそうだけど、ちゃんと話した方がよさそうだ」
    話したことは、ある。
    一回だけ、同棲を始めるときに『元の世界があるので、その、嬉しいんですけど、素直に頷けないというか、すみません』って言った。
    「はぁ~お前なぁ!なんでいつもはもっとズバズバ言うのにこういうときだけそんな曖昧なんだよぉ」
    ラギーさんと話したことがあることを伝えるとエースはあからさまに心配そう顔をした。
    「ほんとにな」
    「そうなんだゾ」
    デュースとグリムにまで言われる始末。
    「でも、話したよ?」
    「だぁ~!それは会話じゃないんだよ。ユウ、いい?話すっていうのは言葉のキャッチボールなの」
    「え、うん、そうだね?」
    急にどうしたの、エース。
    「お前がラギー先輩としたのは一方的に考えを言っただけ。いや、考えを言ったなんてものじゃないな」
    「あぁ、それはユウの考えの大前提を言っただけだ」
    「そ。お前、デュースにも言われてんぞ」
    「エースは失礼すぎるんだゾ?」
    「グリムに言われたくはないけど?はぁ、まぁそれはいいんだよ。ユウ。デュースが言った通り、お前がラギー先輩に言ったのは『私の気持ちのベースはここです』って言っただけ。それで具体的に何が不安かは言ってないの。だからラギー先輩もそれ以上踏み込めないし、聞けないの。わかる?」
    そう、なのだろうか?
    ここまでエースが言うってことはそうなんだろうか。
    私はラギーさんと話していない?
    そうかもしれない。
    『不安だ』とはっきり口にしたことはない。
    「そっか。そうだね、今日、話そうかな」
    「そうした方がいいんだゾ!」
    「ありがとね」
    「いーえ」照れたように言うエース。
    「どういたしまして」素直なデュース。
    「そんなことより早く食べるんだゾ!」ブレないグリム。
    三人に話したら少しだけ、答えに近いた気がする。
    気持ちに名前が付いたらなんだか気が軽くなった気がする。

    夜―
    夕飯を食べ終わって、また、昨日みたいにラギーさんと向き合う。
    今度は私が話す番。
    「あの、ラギーさん」
    「なんスか?」
    「私、結婚できることは、嬉しいんです。その、やっぱり小さい頃からの憧れっていうか、なんというか」
    「そう、だったんスね」
    今までなんとなく察しのいいラギーさんには伝わっていると思っていた。
    けれど―
    「でも、前にも言った通り、私はこの世界の人間じゃなくて、どうしても元の世界がちらつく、というか」
    「うん、知ってる」
    これは前言ったから、知っている。
    「それで、あの、不安なんです」
    「不安?えっと、寂しいとかじゃなくて?」
    「寂しい、ですか?」
    「そう。オレ、てっきり家族のいないところで結婚するっていうのが寂しく感じるのかなぁって思ってたんスけど…」
    考え方のベースを伝えていても、捉え方は人それぞれ。
    きちんと話さなきゃいけない。
    「それは…それは考えたこともなかったです」
    「じゃあ、なんで?」
    「もし、仮に、
    もし、私が突然元の世界に戻されたら
    もし、戻れるようになったら
    もし、元の世界に留まりたくなったら
    私はどうするんだろう?
    ラギーさんはどうするんだろう?
    って思ってしまうんです」
    「あぁ、だから
    だから、素直に喜べないんスか?」
    「そう、です。はい」
    「困ったちゃんッスねぇ」
    「嫌に、なりましたか?」
    「ん?ぜぇんぜん!むしろ、これだけで嫌になると思ったの?」
    ふるふると頭を左右に振る。
    「でしょ?」
    ラギーさんは立ち上がって、昨日のように私を後ろから抱きしめる。
    ラギーさんの心臓がばくばく言っているのが伝わってくる。
    心配、かけちゃってたのかな。
    話、って言われて怖かったよね、昨日の私みたいに。
    「そもそもさ、ユウ。今、ユウが不安に感じていることは全部仮定でしょ?
    こうなるかもしれないっていう。」
    「そう、ですね。でも、」
    「待って。最後まで聞いて?」
    開きかけた口を私は閉じてラギーさんの声を聞く。
    「ユウが元の世界に戻るかもしれないっていうのは今に始まったことじゃない。
    オレはさ、それこそユウのことが好きって気が付いていたときからその可能性を考えてたんスよ。
    ユウと付き合うってなったときだって、何かがあったら絶対に助けるって決めたし、もし、この世界から突然いなくなったら絶対に探し出すって決めたんスよ。
    もし、ユウが元の世界にいたくなったらそのときはオレもついていく。それくらいの覚悟はあるんスよ」
    ―今ユウが話したことは全部仮定なんだし、どうなるか誰もわからないッスよ
    私は途中から涙が止まらなくって、感情がごちゃごちゃで、なにがなんだか、よくわからなかった。
    ただ、頷くことしかできなくって
    ただ、ラギーさんの声を拾うことしかできなくって
    「だから、大丈夫ッスよ、そんなに不安に思わないで」
    ―ね?
    そう言ってラギーさんは上から私のことを覗くように見た。
    「あーあー、こんなに泣いちゃって」そう言って涙を拭ってくれるラギーさんの手は優しくて、暖かかった。

    早くちゃんと話していれば、と思った。
    そしたら、ラギーさんの覚悟だってもっと早く知れたかもしれない。
    不安なんてすぐに消えたかもしれない。
    ―なんて、どれも仮定なんだけど。


    「泣き止んだ?」
    「うぅ、はい」
    「また泣く?」
    「もう大丈夫です」
    私はソファで目の上に水で湿らせたタオルを置いて冷やしていた。
    隣にはラギーさんが座っていて心配そうに声をかけてくれる。
    「あーあ。もっとちゃんとした場面で話そうと思ってたのになぁ」
    「えっと、ごめんなさい?」
    「それ、そんなに反省してないでしょ」
    目の上に置かれたタオルをどかして声のする方を見るとラギーさんが少し不貞腐れたような顔でこちらを見ていた。
    「だって、私は不安だったから」
    「そッスね、早く話した方がよかった?」
    「いや、そういうことじゃなくて」
    いつもの会話に近づいた気がする。
    じゃれ合うような会話。
    「それで?お悩みは解決したわけ?」
    「えっと、そうですね。おかげさまで」
    「よかったッス。じゃあ、答え聞かせてよ」
    「答え、ですか?」
    「ん。オレと結婚、してくれる?」
    「もちろんです!」
    そういうと隣に座っているラギーさんに引き寄せられて腰を抱かれる。
    「また泣いちゃうんスか?」
    「違います。いや、違わないんですけど、これは嬉しいから」
    「シシシッわかってるッスよ」
    ちゅっ
    ラギーさんが私の頬にキスを落とす。
    「泣き虫さんッスね」
    「ラギーさんの前だけです」
    「おやまぁ、嬉しいこと言ってくれるじゃないッスか」
    腰に置かれたラギーさんの腕に力が入って、彼の頭の重みが肩に乗る。
    私も負けじとラギーさんに寄りかかる。

    さっきまであった不安はもうなくなっていて、そこにあるのは安心感だけだった。


    ―*―*―*―

    出国一日前―
    「よし」
    オレはいつもより少しだけいい服を着て鏡の前に立っていた。
    ポケットには少しの重みがある。
    「ユウ~準備終わりそうッスか?」
    「もう少しだけ!」
    声をかけると洗面台の方から声が聞こえてきた。
    大方メイクでもしているのだろう。
    昔、なんでメイクなんてするんだろうって思ったっけ。バイトとかでメイクをする側ではあったけど、いつも不思議に思っていた。
    けれど、今は違う。
    大好きな女の子が、
    愛しい人が、
    オレのためだけにオシャレをしてくれていると考えると、頬の筋肉が緩むのがわかる。
    あ~オレも変わったッスね…
    全部、ユウに変えられた気がする。

    「準備できました」
    ユウが洗面台からこちらに寄ってくる足音がする。
    「どう、ですかね?新しく買ってみたんですけど」
    そう言ってユウはふわりとワンピースを舞わせた。
    「似合ってるッスよ、本当に」
    「よかったです」
    ふんわり笑うユウは本当に綺麗だった。
    どこか儚げでいて、それでいて力強い。
    「ラギーさんはいつもかっこいいですけど、今日は一段とかっこいいです」
    照れたように笑いながら小さい声で言う姿は可愛かった。
    彼女を引き寄せておでこに軽いキスを落とすと彼女はふにゃりと笑った。
    「それじゃ、行きますか~」
    オレたちの出国前、最後の晩餐会へ
    二人だけの、ささやかな会へ

    ―*―*―*―

    「お待ちしておりました、ブッチ様」
    そう案内されたのはレストランの一画、街が見渡せる席、恐らくこの店で一番いい席と思われる場所だった。
    「どうぞ」
    ギャルソンが椅子を引いてくれる。
    「ありがとうございます」と言うと軽く会釈をされる。
    「本日はこちらのエトワールコースをご用意いたしました」
    本格的な一流レストランにそわそわしてしまう。
    ラギーさんを見やると彼は会社での付き合い上、こういう店に来ることもあるからか、緊張している様子はなかった。
    「以上でコースの説明となりますが、何か苦手なものやアレルギーはございますか?」
    「大丈夫です」
    「私も大丈夫です」
    「かしこまりました。ごゆっくりお過ごしください」
    ギャルソンは軽くお辞儀をして去っていった。
    「ユウ、緊張してる?」
    「えっと、はい。こんないいお店は来たことがなくって」
    「あー、そっか。まぁ、大丈夫ッスよ、いつも通りで」
    「はい」
    「シシシッ全然大丈夫じゃなさそうッスね」
    ラギーさんはいたずらっ子のように笑っている。
    それでもこの場できちんと様になるのは彼が一つ年上だからだろうか?

    「こちら、お下げいたします」
    そう言ってアントレが乗っていたお皿が下げられる。
    「どれも、すごくおいしかったです」
    「ほんとッスねぇ。さすがエルファさんオススメの店」
    「エルファさんのオススメなんですか?」
    「そ。この街で一番美味しい店教えてほしいって言ったらここのリンクが送られてきたんス」
    「ほぇ~さすがですね」
    「そッスね」

    しばらくの間沈黙が流れる。
    この間が心地よくなったのはいつからだろう?
    最初は話さなきゃなんて思っていたのに、いつの間にかそこにいるだけで落ち着いてしまったのは。
    「ユウ」
    ラギーさんの硬い声が沈黙を破る。
    「はい?」
    窓の外に向けていた視線をラギーさんの方へ戻す。

    キラキラと輝く小さいもの
    店の薄暗い照明に照らされるそれ

    「あの、」
    「順番とか、おかしくなってるんスけど」
    「はい」
    「ユウ、これからもオレのいるところが家だって言ってくれますか?」
    それは半年くらい前に私が言ったことで―
    そんな些細な言葉を覚えてくれているのが嬉しくって―
    わざわざ、この場所を用意してくれたことが嬉しくって―
    私の好みにあった指輪を選んでくれるのが嬉しくって―
    はらりと涙が自分の目から零れ落ちるのがわかる―

    ―もちろん、ラギーさんのいるところが私の家です

    「ありがと、ユウ」
    「いえ、こちらこそ、ありがとうございます」
    「どういたしまして」
    静かに泣く私に向けるラギーさんの目は優しくって、とても心地がよかった。
    左手を差し出すと薬指にラギーさんの持っていたものがはまる。

    「失礼いたします。このコース、最後のお料理をお持ちいたしました」
    そう言ってギャルソンがプレートをテーブルの上に置く。
    大きなお皿に小さな料理
    その周りにはWish your happinessと書かれた文字
    ギャルソンの方を見やるとにっこりと微笑まれる。
    「おめでとうございます。お写真、お撮りいたします」
    「お願いします」とラギーさんが素早く返事をして、スマホを手渡す。
    「撮ります、三二一」
    カシャっとスマホから無機質な音が出る。
    「もう一枚、いいですか?」
    そういうギャルソンの方を見ると手には本格的なカメラが収まっていた。
    ラギーさんの方を見ると「なにか?」とでも言うような顔で微笑まれる。
    これも計画されていたのか。
    再び、シャッター音が響いた。

    「シシシッびっくりした?」
    ギャルソンが去ってからラギーさんに声をかけられる。
    「はい、すごく」
    「サプライズ成功ッスね!」
    「嬉しいです」
    「ん、オレも」

    デセールを食べ終わるころ、再びギャルソンが来た。
    コトリとテーブルの上に箱が置かれた。
    「失礼いたします。こちらは私たちからの些細なプレゼントとしてお受け取りください」
    そう言うと会釈をしてまた去っていった。
    「なんでしょう?」
    「開けてみな?」
    スマホより少し大きい箱を手に取り、蓋を開ける。
    そこには先程撮った写真がシンプルな額縁に収められていた。
    ラギーさんは少し緊張気味で、私は驚きで顔が引きつっているのがなんだかおかしい。
    それでも幸せそうに笑う私たち。



    『結婚する』ということに不安を感じていた。
    見えない将来が怖かった。
    けれど、彼と話したらなんてことはなくって、
    その不安はなくなって、
    見えない将来が少しだけ楽しみになった。

    ~End~
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    marusudaregai

    MEMOおそらく、既出の考察だけど、実写アラジンを久しぶりに見て、曲を何回か聞き直して、スカラビアの二人について思ったことです。

    これは考察ですか?????
    実写のアラジンを見て、曲を久しぶりに聞いて、思ったことなんですけど…

    カリムって、アラジンらしさもあるのかなと思いもしました。
    まず、運がいいこと。
    アラジンのバックグラウンド的に、普段から運がないと生きられない環境だから、すごい運がいいんだろうなというのがカリムと繋がってるかなあって。
    あとは少し能天気な感じのところがそれっぽいかも…?わからんけど

    ジャミルってジーニーに近い?
    Friend Like Me歌った後にジーニーが「まあ友達ではないんだけどね」的なこと言ってて、ジャミルじゃん~~~?!ってなりましたが、ジャミルさんはジーニー要素もあったりするのでしょうか……?????
    ジャミルってハキームっぽいところもあるのかな、とは思う。
    ジャファーがサルタンになったシーンでジャスミンが「ハキーム!」って言うとまだジャスミンのことを主人?って思ってるって意思表示してて、それってジャミルらしいのかなって。
    ジャミルの場合は一方的に嫌になっているけど、なんだかんだではまだ従者でいることを自分で決めたわけだし…

    カリムとジャミルの今後
    アラジンの実写って、ブロマンスっぽいところがあるん 685