真打。影打。
　作刀において、数本打った後、最も良い出来の物を依頼主に渡す方を真打と、対してそれ以外を影打と呼んだという。
　歴史に名を残し、今に伝わる刀剣達が真打と呼ぶ物であるのなら、必ずその影には幾振りかの刀が存在するだろう。
　本体から光を受け出来るものが影であるのならば、審神者の力によって励起される可能性もある。



「……これはどう見ればいいのかなぁ」

　遠征任務から帰還した小竜景光は、自室で眠りこける影を見て苦笑いを浮かべていた。ぴゃうと身体を震わせた同工の短刀は、慌てた様子で小竜を見た。

「ち、ちがうんだ小竜！ぼくが影にむりをいってしまって」
「大丈夫だよ謙信。謙信はそんな刀じゃないって分かってるからね」

　防具をそのままに、畳の上で寝転がる自分と瓜二つの太刀を見て小竜は微笑んだ。
　髪の色味は漆のような黒、瞳の色は己と同じ紫水晶。まさしく影と呼ばれるに相応しい容姿だが、それだけではない。彼の衣服は、小竜景光と類似する装飾も含め全て黒の色で染まっていた。
　極稀に顕現する、黒い色味の亜種刀剣。審神者は彼らを影打ちと呼び、転じて本丸は影本丸とも呼ばれていた。
　顕現条件は分かっていないが、現時点では蛍丸、小狐丸、小竜景光の亜種刀剣が顕現している。そして彼らの共通点は、言葉を発せないという事だった。
　すやすやと眠る影打の小竜景光は、その身体に合わないであろう寝方をしている。くるりと身体を丸め、腕も曲げ、なんなら首も少し内に寄っている。
　よく働くこの影打は、きっと小竜が遠征任務に出ている間もこの本丸の雑事を引き受けていたのだろう。鍛刀運は良いとされる審神者だが、その実励起できる数はまだ少ない。量より質といったところだ。

「きっとまた俺のいないうちに無理をしていたんだろうね。謙信、影が眠れるようにしてくれてありがとう」
「そう、かな。でも影、やすんでっていってもだいじょうぶって」
「――ああ、うん、後は俺が見ておくよ。そろそろ八つ時だから、お菓子をもらっておいで」

　半ば後ろ髪を引かれる思いだろうが、大丈夫だからと手を振ると謙信ははたはたと駆けていった。
　大分静かになった部屋で、小竜はすとんと腰を落ち着けた。天気が良いからと開け放ちにされた障子戸からは柔らかな日差しと風が吹き込んでくる。目元ですら黒と紫の化粧でわかりにくいというのに、目の下にはうっすらとクマが出来ていた。

「お前ねぇ」

　眠っていてきっと聞こえて無いであろう相手に、小竜は大きく息を吐いた。
　顕現してからずっと、この太刀は小竜の後ろをついて回った。他の亜種と間隔を空けて顕現し、練度は未だ新入りの時分と然程変わらない。
　きっと己の力量不足に、焦っていたのだろうと分かる。
　亜種だからと言って、刀解するつもりならとっくに審神者はしていただろう。そうしていないのは、審神者の慈悲では無く１つの刀剣として審神者が認めたという事だ。そうだというのに、きっと先に顕現していた小竜景光という存在が、影打の小竜景光を焦らせたのだろう。
　そうだと思っているから、小竜は彼に言葉を掛けられない。

「……謙信を困らせること、するんじゃあないよ」

　漸く出た言葉は、素っ気ない物だった。
　ただ彼の黒髪を撫でる手付きだけは、ゆっくりと慈しむ物だった。
　お前はお前でいいんだよと、言うように。



・影打小竜景光
本来の意味での影打では無く、「黒いカラーリングだから」と言う意味で使われている。顕現してから大体は小竜の後ろにくっついて回り、さながら親鳥とひな鳥のようだと揶揄されていた。
言葉を発することは出来ないが文字は理解し書けるため、意思疎通は余り困らない。なお戦場では異質な気で明瞭に分かるらしい。
同工の刀剣である謙信景光はそれが無くてもなんとなく考えていることが分かるらしい。
通常個体の小竜のようになりたいと頑張る頑張り屋の真面目さん。精神年齢は小竜よりも少し幼め。
区別のために彼だけは景光と他の刀剣達から呼ばれている。一部からは「黒小竜」と呼ばれている。謙信と小竜からは「影」と呼ばれている。