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    柊・桜香

    好き勝手書いてはぽいぽいしています。物によってはピクシブにもまとめて行きます。

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    柊・桜香

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    泣いてる黒こりゅが見たくてこりゅにちょっと大けが負って貰いました

    「そこまで!」

     カァン、と小豆長光が振り下ろされる木刀から倒れ込んだ影打を庇う。ボタボタと汗を落とす影打がギッと目を剥いた。それを見ながらゆっくりと首を振り、もう終いだと木刀の鋒で肩を軽く叩く。

    「っはぁー、でもだんだん気迫が増してきたなぁ。俺もうかうかしていられんよ」
    「大般若は、まだまだちからをのばさないと。しゅぎょうからかえってきたんだから、もっとがんばらないと、あるじもおこるよ」
    「分かっているさ。ここのところ、ずぅっと出ずっぱりだ」

     やれやれと首を振る大般若長光に、影打は床を拳で殴りつけた。その顔が余りにも不憫で、大般若は彼に目線を合わせる。

    「影打の小竜景光」

     はっと目を開いた影打は、大般若の顔を見た。

    「お前さんは強い。もちろん顕現したときに比べれば段違いに強くなっている。それはそうさ。――でも及ばない事実も受け止めなきゃならん」

     影打は、それは分かっているとばかりに頭を振った。唇をかみ切らん勢いで食いしばり、震えている。ぼた、ぽたと汗とは違う物が落ちていく。それを振り払うように更に強く頭を振った。
     理由を分かっている小豆も大般若も、それ以上強く言えない。影打をここまで追い込ませた元凶は、今はまだ手入れ部屋にいる。
     数日前、久方振りに部隊がからがら帰還した。政府が期限を決めて調査任務を各本丸に通達。但し敵の戦力が不明であることから、率先して参加していたのは偵察を兼ねた部隊を組める実力もある本丸だった。とは言えこの先参加することになるだろうからと、審神者は先鋒隊を結成し、政府が定めた地点より前までの偵察をさせていた。極となった物が中心で、偵察が得意な短刀、脇差。どの戦場でも安定した力を出せる打刀。そして万が一の戦力として太刀。しかし本丸の警備を怠るわけにもいかず、極修行から帰還していた小竜景光も組み込まれた。
     偵察として送り込まれた彼らの力量は、未知の戦場であっても深追いをする事は無かった。しかし無傷で帰ってくることも無いだろうと、審神者はじめ本丸の物達も覚悟していた。
     だが、想定よりも部隊の損害はおぞましい物だった。
     初めに異変に気付いたのは短刀達だった。それから大太刀、青江派。一気に本丸内の空気が張り詰められ、護りの要である審神者の側を固めた。そうして転移装置が動き、先ず現れたのは頭から血を被った謙信景光だった。
     何事かとどよめいた刀剣達の空気に臆すること無く、彼は簡潔に状況を報告し本丸を緊急時の体勢へ移行させた。それから大倶利伽羅に背負われた陸奧守吉行、傾れるように飛び込んできた堀川国広と厚藤四郎。どれもが浅くない傷を負い、辛うじて部隊が機能して帰還できていたことが幸いだった。
     打刀の中でも古株の陸奧守が戦線崩壊に追い込まれるほどの重傷であったことも彼らを戦慄させたが、大般若が叫んだ言葉で誰もが顔を青ざめた。

    「小竜は!小竜はどうした!」

     部隊に組み込まれていたのは、隊長の陸奧守、謙信、厚、堀川、大倶利伽羅、そして小竜の6振り。太刀で修行の許可が下りていた刀剣の中で一番練度が高く、同じく長船派の燭台切や大般若と共に本丸の主戦力としても指折りである彼の姿が、見えなかった。

    「小竜は、小竜はぼくたちをさきにかえすために、しんがりに」

     謙信が震える声で言った。刹那、転移装置にまで走る黒い影。影打の小竜景光が、太刀を手に駆けた。それを慌てて追う大般若と長義。そのまま戦場へ跳ぶ気かと誰もが思った。
     影打が転移装置に触れた途端、時空断裂の光の中から、小竜がその姿を現した。髪も衣服も乱れ、途切れかける意識の中でしっかり持っている己の太刀。それが折れてはいない事を明確にしていた。
     だが他の刀剣と同じく彼も満身創痍。肉が裂けた箇所から血は流れ続け、腕には幾本かの矢が刺さったまま。影打が小竜を抱きしめるように支えると、口元が緩みその手から小竜景光がするりと滑り落ちた。
     普段は開放されない簡易手入れ部屋も開けられ、それこそ三日三晩審神者や手伝える物達は彼らの手入れに掛かりきりだった。その間の指揮は古参である刀剣達が執り、本丸はその間臨戦態勢へと移行していた。
     異常事態が解けたのは、最も重傷だった陸奧守と小竜の手入れに目処がたった数日前。その間は最小限の偵察を彼の地へ向かわせ僅かでも情報を収集するに留めていた。その戦場も開放期限を迎え、程なく経路は閉じられる。その時を以て、本丸も通常態勢に戻ると通達された。
     先鋒隊が戻って以降、影打は出陣を希望しそれ以外では鍛錬に明け暮れている。



    「影、どうしたんだ?」

     部屋に戻り、暫くそのままだった影打に、謙信は声を掛けた。未だ全快していない謙信の様子に、影打はゆっくりと頭を振る。

    「小竜の、ことだよね」
    「――……」

     何もかもお見通しといった口調で、謙信はそうかと息を吐いた。
     あの戦場で、自分達短刀や脇差を庇い真っ先に脱落した陸奧守に代わり、小竜が臨時で指揮を執った。その際の撤退指揮も小竜が独断で決めたことで、その理由を謙信は言われずとも分かっていた。
     この本丸の小竜景光は、どうも己よりも仲間を優先するきらいがある。決して己を蔑ろにしている訳では無い。だが、自分の生存は作戦成功の条件外である事が多い。極となったことでその傾向はなりを潜めてはいたのだが、今回のような事でそれが出てしまったのだろうと謙信は考えていた。

    「影。影が、なにをかんがえているのか、ぼくわかるよ。ぼくもおもってる。でもいまの影は、まえの小竜とおんなじだ」

     びくりと、影打が目を震わせた。

    「影も、小竜も、つよいよ。それに小竜は、しゅぎょうにもいった。あぶないところもわかっていて、ちゃんとじぶんのことをさくせんにいれれるようになった。でもね、影、いまの影は、まえの小竜と、おなじ。とってもあぶないよ」

     ぎゅうと握られた拳を、謙信は子供のような大きさの手でぽんぽんと軽く叩いた。更に深く項垂れた影打を前に、謙信はすくりと立つ。

    「影、おみまいいこう!」

     顔を上げない影打に、謙信はその頭を撫でた。重い色合いの髪色であっても、ふわふわとした手触りだ。

    「小竜のおみまいいこう!おきてないかもだけど、それでも!」

     そこで漸く顔を上げた影打の表情は、なんとも情けない迷子のような目をしていた。



     小竜がいるのは通常の手入れ部屋では無く療養部屋として誂えられている部屋だ。審神者の部屋からも近く、流れる空気に霊力は一番良く解けている。故に、重傷であった刀剣の最終的な療養場所として使われている。

    「おや、謙信さんに黒小竜さん。こんにちは」
    「石切丸さん!こんにちは!」
    「――。――」

     先に部屋に居たのは、石切丸だった。内番での姿から、様子を見に来たのだろうと分かる。神社に奉納されていた来歴のある大太刀や集合体の刀剣は、元々持ち合わせている霊力量や神威を持つことが多い。その為最終的な霊力調整を担っていた。
    石切丸が来ていると言う事は、そう言うことなのだろうかと影打は思った。

    「ああ、実を言うとここに来ていたのは陸奧守さんがそろそろ『終わる』頃合いでね。その調整をしていたんだ。彼の方は、もう少し掛かるようだよ」
    「小竜、まだかかるの?」
    「修繕は終わっているから、あとは霊力の回復だけだよ。大丈夫、もう暫く休めば回復するさ」

     大丈夫だよ、と石切丸はそう言った。すいと目を向けると、そこには修繕のために着せられていた薄い緑の浴衣の袷が見える。顔色も良く、肉体の方も治っているようだった。

    「さて、私は行くよ。――大丈夫、と言っても気は済まないだろう。主には言っておくよ」

     謙信が手を振って見送る。その間も影打は、眠っている小竜を見つめていた。目覚める気配の無い彼に、指が触れる。ふと、瞳が揺れた。それを隠す様に目を閉じ、祈るように手を組んだ。
     感じる霊力は、安定している。掻き消えるほどに消耗していた分も回復しており、後は本当に目覚めるまで時間の問題だった。

    「影」

     僅かに震える影打。何も声を掛けることが出来ない謙信は、ただその様子を見ていた。
     こちらの気持ちなど知る由もない太刀は、今は微睡みのどこにいるのだろう。
     不安げな目で見つめる影打の瞳には、うっすらと翳る小竜の姿がただ映っていた。



     ふぅと目が覚めた。とても自然に、まるで眠りから覚めるように。だが己は分かっている。己は、あの熾烈な戦場を破撃し辛うじて五体満足で逃げ帰ってきたのだ。
     己が買って出た殿だったが、結果こうして目覚めることが出来たのは重畳だと、小竜はほんの少し口を歪めた。
     今は何時だろうと身体を動かすと、ふと自分のものではない音に身体が止まる。自分のものと似通った自分のものではない霊力に、あたりがついた。
     顔を動かすと、行灯の明かりに照らされた影打が小竜を見ていた。目一杯見開いて、それから顔を勢いよく下げ、暫くしてから恐る恐る目を向けてくる。

    「影。ただいま」

     それにはっとしたのか、影打は大慌てで部屋の扉を開ける。やたら大きな音がして、それから走って出ていき、少しして不寝番であったろう前田藤四郎を担いできた。
     驚いた表情の前田だったが、目を覚ました小竜を見て影打の様子に合点がいったのだろう。ポンポンと体を叩き、それから下ろすように伝えてから小竜の身体を診た。

    「霊力もほとんど戻っていますね。お疲れさまでした、小竜さん」
    「いや、迷惑をかけてしまったね」
    「朝にでも最終調整をしましょう。まだ休んでいてください」

     まだ夜も深くなりますから、と前田は会釈をしてから部屋を出た。それを見送り、小竜はほうと息を吐く。診てもらう為に起こしていた身体は、脚付きの寝台にある背凭れに寄り掛かった。かなりの間眠っていたらしく、小竜の身体は鉛のように重かった。そこで漸く時計が見えた。鶏鳴の刻であり、まだ身体を休める時間だ。

    「影、部屋に戻って休みなよ。俺ももう少し眠るから」
    「……」
    「影」

     ゆっくり、小竜は影打の方を見る。黒の前髪は、カーテンとなって彼の表情を隠している。

    「影、休むんだ。俺は、――、かげみつ」

     顔を上げた影打を見て、小竜はガンと頭に衝撃が走った気がした。
     ポロポロと頬を転がり落ちる粒は服を濡らし、赤くなった瞳の外は痛々しい。ただ瞳だけはしっかりと小竜を睨み付け、言葉を持てない彼は怒りを向けて抗議した。
     青ざめた小竜は、しかし己のしでかしたことを改めようとは思わない。あの場での最善を判断した。そうでなくては誰かが折れた。たとえお守りがあろうと、本丸に戻るまで再度折れる危険もある。
     刀装の残り具合、体力、頑強さ。それを勘定して、小竜は己が殿を務めると判断したのだ。
     だから、小竜は影打の抗議も甘んじて受けた。

    「こりゅうかげみつ」

     名を呼ぶ。小竜や謙信の号にある刀工の名には、景が入っている。転じて影となったもう1つの己は、小竜と似ていてそして正反対だった。
     正しく景の通り、小竜景光という光に照らされた影打小竜景光。心は優しく、酷く脆く、しかし強い人間のよう。
     ぐわりと口を開け、言葉にならない声を上げる。ぼふぼふと布団を叩き、幼子のように膨れた。

    「心配をかけてしまったね。ありがとう。待っていてくれて」
    「――!〜〜!!」
    「うん、うん。そうだね」
    「――――!!」
    「うっわそこまで言う?ちゃんと折れない算段は入れていたよ」
    「〜〜、――!!」
    「そこは信用してよ!?」

     言葉がなくても、言いたいことはわかってしまう。亜種とはいえ根っこは同じ刀剣だからだろうか。それとも、影打が己の一部だからだろうか。
     散々罵倒され、泣きじゃくられ、それでも最後は目いっぱいの笑顔を向けて。

    「――――、――」

     おかえり、小竜
     紡ぐことはできずとも、形を真似ることは出来る。紡いだ形に、小竜は影打を抱きしめた。

    「うん。ただいま、小竜景光」



     翌日。

    「うん、そのくらいだね。あとは味を見て、足りなければ調整していこう」

     小竜と揃いの内番着を着ている影打が、歌仙兼定に習いながら食事の用意をしていた。肉体は修復できたとはいえ、数日間飲まず食わずの小竜に通常の食事は体に負担が大きい。数日は慣らしの為、粥や姫飯、柔らかいうどんが中心の食事を摂る。
     その用意をしたいと影打が歌仙に願い出て、こうして厨の片隅で小竜の為に食事を作っている。

    「君はこちらの手伝いもしてくれていたから、飲み込みが早いね。後は献立をともに考えるだけでも良さそうだ」

     歌仙の言葉に、影打はひらりと桜を舞わす。今朝は梅干しを混ぜ込んだ粥に香の物、豆腐と葱の味噌汁、そしてだし巻き卵が数切れ。どれも量は少ないが、今の小竜ではこれでも食べ切れるかどうかだ。
     膳を整え、歌仙に頭を下げた。

    「ああ。いってらっしゃい、終わったら、昼餉の献立を考えよう」

     そう見送る歌仙に、影打は花綻ぶ表情で返した。
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