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    チィカマ

    成人済みの腐。夏五夏(生産はもっぱら夏五)。夏油傑に沼っているモノガキど素人です。画像小説とか、途中書きとか、諸々置き場。

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    チィカマ

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    離反回避ルートif 弊社の離反回避はフリーランス術師夏×教師五です。
    夏の実家に五が行く話。夏の実家の解像度を高めたら続きを書く。

    「予定通りで大丈夫そう?」
     任務を終えて後部座席で足を組んでくつろいでいると、スマホのロック画面が明るくなり、見慣れた差出人からのメッセージが一言入った。
    「うん、もうすぐ高専戻る。家にはあと30分くらいかな」
     僕は、メッセージを打ち終え、この後控えた予定を反芻する。嬉しいような、恥ずかしいような。少し緊張感も入り混じって、久々の高鳴る胸にぞくぞくした。思えば、自分が緊張するなんていつぶりだろうか。いや、正確に言えば緊張なんて生まれてこの方、したことがないのかもしれない。例えば、強い相手を目の前にした興奮から、武者震いしたことはある。アドレナリンが抑えきれなくて、この先にぜったい爽快感が待っているということのわかる類の興奮。そうそう、「ちょー気持ちいい」ってやつだ。
     でも、僕が今直面しているのはそれとは明らかに違う。ふとした瞬間に手に汗が湧き出てきて、堅苦しい気詰まりで息を止めているような感覚。きっとこういうのを経て、人は大人になっていくのだなと思うようにする。大丈夫、世の中のカップルにできて僕にできないことなんてないんだから。
     高専に到着し、簡単な帰学報告を提出すると、僕は横着して自宅に最短ルートで帰った。次の瞬間は家の玄関だ。カードキーをかざすと、ピピピッとすでに解錠済みの緑色のランプの反応が帰ってきた。
     ガチャリと扉を開けると、見覚えのあるダークブラウンのローファーが一足、真ん中に揃えて脱がれていた。靴を脱いでリビングに向かうと、黒髪の後頭部がソファの背から覗いた。
    「おかえり」
     傑は、振り向かずに僕に声をかけた。「ただいま~」とアイマスクを外しながら返事をして、僕はソファを覗き込む。何やらごついハードカバーの本をぱらりとめくって、コーヒーに口をつけていた。
    「悟、服あっちに置いてあるから」
     傑の親指が示す方向に目を向けると、コート掛けに、オフホワイトのハイネックニットと、紺の揃いのジャケットとパンツが掛けられていた。そう、ちょうど3日前の夕食時のことだった。僕が今日のために和装の訪問着を用意したと伝えたら、食べていたものを詰まらせてむせるぐらいに傑がびっくりしていた。
    「うちは一般家庭だから、それはさすがにやりすぎかな」
    「じゃあ何着たらいいってわけ?この間潜入調査で使ったシルクのオーダーメイドスーツ?」
    「あれはパーティ用でしょ。レッドカーペット歩くんじゃないんだから…。なんでこう、もう少しカジュアルな発想ができないのかな。まがりなりにも教師だろ?君は」
    「じゃあ、いつもみたいなスウェットとかでいいの?流石にダメでしょ?」
    「うーん、よし、わかった。私が悟の手持ちから用意しておくから。たしか君、直前まで出張だったね?」
     そういうわけで、傑が今日のコーディネートを用意してくれたってわけだ。手持ちの中では一番シンプルで、大人びたチョイスだった。ジャケットの下はあらかたワイシャツなので、あまり普段着ない組み合わせ。傑に用意してもらった服を持って、浴室に向かう。

    「母さんと父さんがね、悟に会いたいって言うんだ」
     申し訳なさそうに眉を下げて、傑が僕にスマホの画面を見せてきたのはちょうど3か月前。なんでも、傑が入学してからずっと僕に対して興味を持ってくれていたみたいで、実家に帰るたびに彼の両親は「傑の友達にもご飯食べにおいでって伝えて」と言付けていた。だけれども、僕も傑も普段は学校と任務の往復でそもそも忙しかった。正直言って、僕は全くノリ気じゃない。僕たち2人の休みの合う日なんて、一年に片手で数えるほどもない。そんな貴重な休みを、2人っきりのイチャイチャタイムに裂けないなんて冗談じゃない。
     それに、僕は政抜きに家に行くっていうイメージがどうしても湧かなくて、どうも避けてきたのだ。誰の子どもの術式がどうのとか、次の当主はどうするかとか、そういう話のないお家訪問って一体何するわけ?
     そうこうしているうちに10年の月日が流れてしまった。そんな折での、傑の一言である。僕はいつもみたいに「出張が続いてるからねぇ」とお茶を濁したが今回ばかりは傑がどうやら乗り気だったようで、しつこく僕の予定を把握して「この日なら大丈夫だよね?」と何度も確認してきた。
     傑の頼まれごとには、僕はめっぽう弱い。もともと好きな人を喜ばせるのが好きだし、それが傑となればなおさらだった。そこで、まずは張り切って僕が贔屓にしている呉服屋で訪問着を取り寄せてみた。それなのにいきなりダメだしだ。僕は一気に行く気が失せたけれど、さすが10年僕と関わっているだけある。僕が完全に臍を曲げる手前のタイミングで僕の服を用意すると提案して、まぁ傑がしてくれるなら行ってやってもいいか、という気持ちになったのだ。

     軽くシャワーを浴びてから服を着替える。洗面所で少し掌にワックスを取り出して、髪の毛を整えた。一度服を着てしまえば、その格好に合わせて自分のパーツを微調整するくらいは朝飯前だ。よし、これで文句ないでしょ。僕は傑の待つリビングへと戻った。

    「お待たせ〜」
    「うん、似合ってるね」
     傑は、ソファの肘掛けに肘を立てて、こちらを振り向いた。彼は僕と色違いの黒のハイネックのニットを身に纏っていた。下はグレーにバーガンディの差し色が入ったタータンチェックのパンツ。
     サングラスを胸ポケットに差し込んでぼんやり突っ立っていたら「こっちにおいで」と声をかけられるので迷わず傑の正面に立つ。手を引かれて膝をかがめたら額にキスされた。次の瞬間、そのまま抱きしめられ、傑の分厚い胸板にすっぽり収まった。反射で僕も傑の背中に腕を回す。傑は僕が帰ってくると、よくハグをしてくれるけれど、温かい体温を感じながらほんのり香るビターなタバコの匂いに包まれてはじめて、ようやく帰ってきたと実感する。
    「そろそろ行かなきゃね」
    「ん」
     「そろそろ」と言う割には、傑の腕の力が一層強くなる。僕のうなじに傑が鼻を埋めるので僕も傑の肩に顔を預けた。
    「悟」
    「ん?」
    「嫌じゃない?」
    「何が?」
    「嫌だったら、やめてもいいんだよ」
    「何言ってんの?」
     僕はくいっと傑の顎を掴んで、傑に僕の方を真っ直ぐ見るように促した。
    「嫌だったらここまで完璧なお出かけモード、してないでしょ」
     すると傑がふっ、と笑って「ありがとう」と言いながら唇にフレンチキスを落とした。
     僕は名残惜しくて、今度は自分から口付ける。角度を変えて柔らかな唇をしばし堪能した。傑がキツく僕の唇をちゅうっと吸って、おしまい、と唇を離す。前言撤回、このままセックスになだれ込めるのなら、行きたくないんだけどな…。と邪なほうに天秤が傾く僕の気持ちをよそに、傑はすぐに体を離して、ソファから立ち上がった。ソファの背に掛けていた、カーキのミリタリージャケットを羽織って、襟を整える。僕も、コート掛けにぶら下がったチェックのベージュのコートに袖を通した。

     傑の実家に赴く道中、傑が見つけた小さなパティスリーに立ち寄る。ここのプリンは絶品なので、プリンが好きだと言う傑の母親への手土産を買う。
     閑静な住宅街にある小さなパティスリーは、上品な白い壁の真ん中に、ちょこんとしたダークベージュの落ち着いた扉が取り付けられた佇まい。店の前に立てかけられた黒板には今日の誕生日ケーキを注文した人たちの名前が連ねられている。
     手が込んでいて味も高級ホテルのケーキと全く遜色ないのに町のケーキ屋さんの価格帯であるところがたまにある。こういう穴場的な店を、傑はよく見つけてくる。この店も、有名パティシエのところで修行した、独立したての40代手前のシェフが切り盛りしている。中々本格的な洋菓子を並べていて、このあたりでは1番の人気店だ。
     色とりどりの宝石のようなショーウィンドウから、今日はお目当てのプリンと、少し日持ちのするウィークエンドシトロンを買って、店を出た。どちらともなく自然と指がふれあって絡み合い、手を繋いで駅まで歩く。

     電車を2つ乗り継いで、徒歩15分のところに、傑の実家がある。じつは、僕がここに来るのは2回目だ。
     1回目は、忘れもしないあの田舎の集落の任務で取り返しのつかない大事件を傑が起こした日。傑が双子の女の子2人を連れて失踪した日の夜更けだった。そんなことは忘れたいんだけど、やっぱり無理だよね。
     ガリガリに痩せ細った女の子2人の手を引いて、自分の家の前で呆然と立ち尽くしている傑の背中を、僕は見ていた。これ以上何をしでかすかわからないと、無我夢中で追いかけて、とりあえず見つけた。僕がこの場にいれば、きっと大丈夫だと思った。
    ふと、傑が僕の気配に気づいたのか、僕の方を振り向いた。
     「ご飯をね、この子たちに食べさせたくて。気づいたら家の前にいたんだ」
    僅かに聞こえるほどの小さな、掠れた声で傑はぽつりとつぶやいた。

     あとから傑は、あのとき僕がいなかったら、自分の両親を殺してから、台所を使って双子に間に合わせの食材で食事を与えていたかもしれないと話していた。完全に発想が犯罪者のそれだけれど、それくらい双子のことで必死だったんだと僕は思ったし、あの場に間に合ってよかったと心から思った。例えばきっとあの日、担任の言いつけ通りに集落の方での事態の収拾に加勢していたら、今日こんな風に、傑の家を訪ねることはなかったと思う。
     そのあと、とりあえず双子は僕の本家のほうで保護・隔離して、傑の望み通り食事と寝るところを与えてやることにした。傑には、これから自分のしたことについて後始末をさせなければならない。どんな理由があるとはいえ、村丸ごと自然災害を装って潰すのはやりすぎだ。村人の命にかかわる事態には及ばなかったのは、不幸中の幸いだ。しかし、明確な殺意を持って行われた傑の行為に学校も上層部もさすがに黙っちゃいなかった。極めて危険思想を持つ、要注意人物として認定された傑は、この後重い処分が言い渡されることになる。そのあたりの駆け引きを調整するのは僕の役目だ。
     はじめは双子と傑を引き離そうとした。しかし、双子は警戒心が強く、傑と離れようとしないので、仕方なく一緒に僕の本家の離れに連れて行った。餓死寸前の栄養失調状態であるにもかかわらず、双子は食事もろくに摂らないので、そのたびに傑を呼び戻さなければならなかった。傑も傑で、一度抱いた非術師への憎悪と嫌悪を簡単に手放すことができないみたいで、相変わらず生気のない顔をしていた。それに追い打ちをかけるように上層部から嫌がらせのような仕事を与えられていたので、ある時から失踪するという問題行動を繰り返すようになった。非術師を意図的に殺めないように監視するのが僕の仕事だったし、はじめのうちは、僕も心配になって探したが、だんだんと傑にはそういう時間が必要らしい、という考えに至り、放っておくことにした。
     ともかく、傑も双子も手がかかるが、僕にとってはいずれも守らなければならないかけがえのない存在だった。傑と双子がもっとも落ち着いて暮らせる環境を手に入れるのに必死だった。

     さて、そんな苦労を乗り越えて、ようやく念願叶って突撃夏油家の晩御飯である。僕は門扉の前で深呼吸して、傑と繋いだ指先に力を入れた。気持ちの悪い手汗が、にじんでいる。玄関先の門扉を開けて進む傑に手を引かれて、玄関の扉に立つ。繋いだ手を放して、傑が扉を開けた。
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