贈りたいのはチョコレートより過激で甘い「今日の吸血鬼は『愛は呪いに勝る』っていう奴だったんだけどさ」
「それで貴様はまた性懲りも無く催眠にかかったのか」
「好きな相手が猫に見える催眠をかけられたらしいんだよ。その相手と両思いになると解けるみたいなんだけど、今のところ猫なんてお前以外見かけてないんだよなぁ。催眠なんて本当にかかってんのか?」
「質の悪い冗談のつもりか……?」
「ふへ、にゃーにゃー言っててかわいい」
「くそ、認識阻害が五感にも及んでいるのか? おい馬鹿、俺だ。猫ではない、というかこの状況で猫を見かけたら正体を疑わんか馬鹿ルド」
「にしてもお前、子猫なのに凛々しい顔してんなぁ。目も金色だし、黒くて格好いいな!」
「……」
「わ、尻尾ぱたぱたしてる。へへ、照れてんのか?」
「照れとらんわ阿呆、くそ、ロナルドのくせに俺を辱めおって……!」
「でもお前、こんな路地裏にいたら寒くね? 首輪は……あれ、このマスク」
「ようやく気付いたか。そうだ、貴様が抱えているのは黒猫ではなくこの俺、」
「すげー、最近の猫の首輪って色々あるんだな」
「ウオオオ馬鹿ルド馬鹿めええ!」
「でも飼い猫なら交番に届けねえと。きっと家の人も探してるだろうし」
「馬鹿、やめろ、俺を姫抱きして運ぼうとするな、というか持ち上げるな降ろせウオオオ」
「わっ、何、ここ離れたくねえの? しょうがねえな……じゃあ家の人が来るまで待ってような」
「かえりたい……」
「ところでさぁ。あ、いや、別に聞かなくてもいい話なんだけど」
「……猫相手に何を話す気だ、貴様は。いや俺は猫ではないが。ああくそ、この醜態を記録できんのが歯痒くて堪らん」
「俺の友達にさ、昔からやたら突っかかってくるというか、まあやべー奴がいるんだけど。そいつが毎年律儀にバレンタインの日にも嫌がらせしてくんの。せろ、俺の嫌いなもので攻撃して泣かせてきてさあ、割とトラウマだし何度も止めろって言ってんだけど。でもその後に、絶対にチョコレートもくれるんだよな。しかもこれが手作りで、めちゃくちゃうめーの」
「……」
「最初はただの友チョコだと思ってたし、多分そいつも他意は無かったと思うんだよ。俺以外の友達にも同じのを配ってたしさ」
「……あれはただの嫌がらせに決まっているだろうが。貴様好みの可愛い女子などではなく宿敵の俺からのチョコだぞ。そこは悔しがるはずだろうに、貴様は、」
「でもあいつからのチョコは、正直めちゃくちゃ嬉しかったんだよ。だって馬鹿みてえじゃん。あんなに手間暇かけて嫌がらせして、チョコも丁寧にラッピングまでしてさ。妹が作ってるの見たことあるけど、俺だったらあんなの絶対無理だし。それを本命相手じゃなくて俺に渡してくる馬鹿なところが憎めないんだよ」
「誰が馬鹿だ、嫌がらせにも気付かん馬鹿のくせに」
「そうやって律儀に嫌がらせしてくるのもある意味健気に見えなくもないっつーか。嫌じゃないって、思っちゃうから駄目なんだよなぁ。……だから俺、今年はちゃんと言ったんだ。いい加減俺にチョコ渡さなくていいぜって。でもあいつ泣きそうな顔して、あれ以来RINEの既読もつかなくなって」
「……」
「どうしよう。俺、あいつを傷つけるつもりなくて。本命じゃない俺なんかに手間暇かけるなんて勿体ないって思っただけなのに」
「……俺の作ったものを俺が渡したい相手に渡して何が悪い。そんなことも分からんのか」
「それに、いい加減好きな奴から義理チョコもらい続けるのもしんどくなってきてさぁ」
「それを言うなら俺は何年本命相手から義理のホワイトデーが続いていると思っている。他意はないのだろうが、毎年クッキーを贈られる俺の身にもなれ」
「俺、どうすればよかったんだろ。はぁ、やっぱ俺ってこういうのとことん向いてねぇな。好きな相手を大事にするのって、何でこんなに難しいんだろ」
「貴様のそれは大事にするのではなくただの自己完結だろうが。大体、貴様があんな簡単なチョコで馬鹿の様に大喜びするから、俺は!」
「うわ、急に暴れてどうしたんだよ。危ねぇから落ち着いて、 あ、」
小さな鼻がもどかしそうに口元に押し付けられた。唇に感じた生温かい感触と、満月みたいな目に息が止まる。
あれ、何かこの黒猫、あいつに似てる気がする。そう思ったのと、目の前の黒猫が消えて、代わりに真っ赤な顔をした半田がロナルドの肩を掴んだのはほぼ同時だった。
素直になれない黒猫から数年分のバレンタインデーの答え合わせをされるまであと数秒の出来事である。