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    ミラプトワンドロ/お題『桜』

    砂埃 たなびく星の桜花 「ッ……知ってるか、クリプちゃん」
     「なんだよ」
     「『桜の木の下には死体が埋まってる』……らしいぜ? ヴァルキリーからこの間、アイツの地元の星でずっと語り継がれてる怖い話だって教わったんだけどよぉ」
     「……それは、今言うべきセリフか?」
     口腔内から血の混じった唾を草の生い茂る地面に吐き出したミラージュが、それと共に投げ掛けてきた言葉が耳奥へと滑り込んでくる。
     手入れの施されているのが素人目にも分かるくらいに滑らかな表面をしている青々とした芝生の上に花のように散った赤い痕跡から目を背け、俺はバックパックからシールドセルを取るとすぐにそれを使用し始めた。
     もたもたしていられる状況では無かったからだ。
     けれど、幸いにも俺達を追ってきていた敵部隊はこちらの姿を見失ったのか、それ以上追いかけてくる事は無かった。
     「つめてぇなぁ。折角、和ませてやろうと思ったのに」
     「和んでいられるような状況だと考えられる、その楽観的な思考に色々と力が抜けそうだ。……気を遣って頂いてどうもありがとう」
     【BONSAI PLAZA】と大きく刻まれた巨大な壁面の横、白い人工石の傍らに佇む一本の桜の木の下でどうにか傷だらけの身体を寄せ合い隠れているという状況なのにも関わらず、無遠慮な言葉を発した男に眉をしかめて皮肉を返す。
     そんな俺の表情に気がついているだろうにヘラヘラと笑ったミラージュは、俺と同じようにバックパックからシールドバッテリーを取り出すと、それを両手で抱えるようにして起動させ始めた。

     周りから聞こえる銃声や、嫌でも鼻に入り込んでくる火薬の匂い。
     ヒューズが起爆させたらしいマザーロードと、それに呼応して落とされるジブラルタルの防衛爆撃の音がすぐ近くで聞こえていても、隣に居るミラージュという男は何てことの無いように言葉を紡ぐ。
     怪談話に身を縮ませて耳を塞ぐようなタイプの人間ではあったが、【ゲーム】中に起きるこのような一種、異常ともいえる状況にコイツが怯える事は少なかった。
     そもそも俺よりも前からこの狂った【ゲーム】に参加してずっと生き残っているのだ。日常的にこういった戦闘をしていれば、自然と戦いの合間にくだらない世間話を行う事も容易くなる。
     それは俺だって似たようなモノだった。
     「そりゃ随分と酷い言い草だぜ、偏屈爺さん。俺だって傷つくんだぞ? ……でもさ、本当にピッタリなシュ、シ、シチュエーションだと思わないか?」
     「俺は、お前とここに並んでデスボックスになる気なんてない」
     「俺だってそうだよ。ただの例えってか、なんか思い出してさぁ」
     「以前から思っていたが、お前のそういう時に思い出す内容は不吉過ぎる」
     ピシャリと言い切った俺に、洒落の分からない奴だとでも言いたげな顔をしたミラージュは、大仰に肩を竦めた。
     それだけで隠れている桜の木の陰から押し出されそうになり、その無駄にデカい図体をどうにかしろと思う。
     そんな思いを口にしなかった代わりに、ミラージュの方へと体を寄せると、スペースを開けるようにミラージュが肘を引っ込めたので、それ以上は言わないでやる事にした。
     「しっかし、一体何部隊集まってきてるんだろうな。ここに全部隊居るって言われても信じられそうなくらいのお祭り騒ぎじゃないか」
     「……ドローンが展開出来るようになるまではまだ少し時間がかかる。EMPも、あと三十%程度だ」
     「んん……、俺、これでシールドセル残り二個しかないわ。クリプちゃんは? 回復足りるか?」
     使用しきった空のセルを地面に置いてから、今度は注射器を取り出す。
     そうして、手首に注射器を挿し込みながら、シールドバッテリーでシールドをチャージしているミラージュへと視線を向け直した。
     セルが二つしかないと言ったミラージュの瞳は、言葉とは裏腹にそこまで悲観的な色をしていない。……この男はいつだって、そういう傾向があった。
     ちゃらついていて、簡単にバレるような嘘や軽薄な冗談をその唇に乗せるクセに、クロークなんていう他人を助ける場面で一番に効果を発揮するパッシブを自らに搭載している。
     ミラージュという人間を深く知らない相手からすれば、もしかしたら、その滲み出るうさん臭さから身勝手な男に見えるのかもしれない。
     実際に、俺はこうしてクリプトとしてこの【ゲーム】に参加するまでミラージュの事をテレビ画面越しに、常にキザで、ナルシストじみたバカなヤツだと思っていた。
     でも、現在の俺の中では、コイツの評価は自分でも驚く程に変化していた。
     「俺も、もうセルが一つしかない。バッテリーは一本だけだ」
     「おー、そいつはやばいな。これは本当に桜の下に二人揃って埋められちまうかも」
     ヒュウ、と軽く口笛を吹いたミラージュはチャージし終わり空になったバッテリーを遠くの舗装された地面の方へと放り投げる。
     鮮やかな青色をしたバッテリーは、カラン、と軽い音を立てて白い地面の上を滑り、遠くの方へと転がっていった。
     そんなバッテリーの行く末を追うのを止めた俺は、一度天を仰ぐ。
     抜けるような青空の下で咲き誇る大輪の桜の木から舞い落ちる淡い花弁が周囲を染め上げて、戦場だというのにも関わらず、随分と美しい光景を演出していた。
     「なぁ、クリプト」
     「……なんだ」
     「どうする? この後」
     またもや軽いノリでそう言ったミラージュの頬には拭いきれなかったらしい飛沫のような血が付着しており、砂埃で汚れた黄色のキルトが空から射し込む光によっていっそう眩しく見える。
     そして、傷付き汚れているのは俺もだろうと、見なくても分かる戦闘服の前を軽く一度叩くと、持っていた注射器を地面へと投げ捨ててバックパックから再び新たな注射器を取り出し手首へと打ち込んだ。
     プシュ、という軽い音と針の刺さる微かな刺激の後に身体の痛みが取れていく。これで持っている注射器の数も残り一つだけ。
     シールドも回復も枯渇しているに等しい。
     本当は一旦引いて物資を集めに行きたい所ではあったが、戦っている合間にリングは縮小し、周りを多くの敵部隊に囲まれつつあった。

     今日の【ゲーム】の舞台はオリンパス。
     他のアリーナよりも全体的に華やかさが際立つこの星は、背の高い建造物が多く、遮蔽用として使える壁が数多く存在する。
     そして、広いアリーナではあるものの、フェーズランナーやトライデントなどの移動手段が豊富な為か、知らぬ間に周りを敵部隊に囲まれているなどザラだった。

     最初に降りたったフェーズドライバーにて降下エリアが被った一部隊と戦闘後、物資を整えて銃声の響くボンサイプラザに向かおうと提案したのはミラージュからで、俺はそれに渋々ではあるが頷いた。
     しっかりと装備は揃っていたし、そこで嫌だと言う程に俺も腰抜けではない。
     勝つ為に無駄な戦闘を行わないという基本的な理念は持っているものの、だからと言って戦いが嫌いなワケではないのだ。
     そして、今回のミラージュの提案に同意した事に関しては、ここで戦わないという選択肢を選ぶと、その後、ミラージュからずっと文句を言われるのが嫌だったというのもある。
     とかく、口に手足が生えたようなこの男は待機状態で居られないらしく、ハイド中でもそわそわと落ち着きが無い。
     オクタンやランパート程ではないが、子供の様な一面をこの男も持っていると理解したのは、【APEX】に参加してから随分と早い段階であった。

     そうしてボンサイプラザへと移動した後は、俺のドローンでこまめに周囲の敵部隊数を確認しながら戦闘をこなしていたものの、途中でドローンを破壊されてしまったせいで、今この場に何部隊居るかも分からない。
     倒した相手のデスボックスから物資を抜く前に、背後からレヴナントのデストーテムを使用した別の敵部隊の襲撃にあったのも痛かった。
     だからこの先の選択肢など、ほぼ決まり切っているようなものだった。
     「お前、弾は?」
     「これがなんと、そっちは潤沢にあるんだよなぁ。フラグもブン取れる分だけ持ってきたし」
     俺の問いかけにミラージュがバックパックからグレネードをおもむろに取り出したかと思うと、ピンを引き抜き、未だに戦闘音の続いている建物の方向へとそれを投げ込む。
     キン、という軽いピンの抜けた音を立てたフラグは、見事な半円の軌跡を描いて遠くまで飛んで行ったかと思うと、大きな爆発音を響かせた。
     それを皮切りに、フラグを投げ込んだ先の戦闘が一層激しさを増す。
     隣に居るミラージュの方へと顔を向ければ、同じくこちらを見ているミラージュと視線が絡んだ。
     ハラハラと風によって舞い落ちるピンク色の花びらが互いの視界に映り込む。薄紅の向こうには意志の強さを宿したヘーゼルの瞳が二つ。
     長い睫の奥で、瞬きの度に隠れてはまた現れるその目が、俺の心をいつだって揺さぶって離さない。
     【ゲーム】の中で見せるこの男の闘志に燃える瞳が好きだった。

     「ドローンも回復した。EMPももうすぐ発動可能だ」
     丁度いい具合にドローンも使用可能になった事を伝える為に唇を開くと、不意に黙ったままのミラージュの手がこちらへと伸びてくる。
     他の相手ならきっと顔を背けていただろうが、自分でも認めたくないくらいに呆気なくこちらの髪に触れたミラージュのグローブから出た指先が何かを払い落とした。
     払われた淡い桃色の一枚は、風に乗って瞬く間に遠くの方へと飛んでいく。
     いつの間に髪にまとわりついていたのだろうと疑問に思い、再度顔を上向けようと試みる。
     だが、それを阻むように、するりと頬を撫でられ、乾いた指先に宿る熱っぽさと硝煙の匂いに、意識の奥から浮かび上がってくる昨夜の交わりを思い出す。
     子供っぽい一面も、戦いの中で見せる好戦的な一面も俺は知っている。そうして、俺の上で俺を喰らわんとする、獣じみた色鮮やかな眼差しもまた、知っていた。
     どれもが"エリオット・ウィット"という男を構成している要素であり、クルクルとカレイドスコープのように変わるその表情の多さは俺には無いものばかりだ。
     「……了解。俺もアルティメットは準備万端だ。いつでも行ける。安心しろ、絶対、死なせないようにしてやるよ」
     どこか真面目な表情でそう言ったミラージュに、内心苦笑してしまう。先ほど自分で発した言葉を今になって、また思い出しでもしたのかもしれない。
     頬に触れてくる指先に軽く指を添わせ、手の甲を鼓舞するように叩く。
     その意味を理解したのか、頬から名残惜しげに離れた指先の向こうには、俺を見つめながら笑うミラージュの姿があった。

     コイツが俺を死なせないと思うのと同じく、俺はコイツを守りたいと願っている。家族以外の相手にそんな風に思うなんて、在り得ないと思っていたのに。
     どれだけ不利な条件でも、苦しい状態でも、負けられない理由が、倒れられないワケが、俺の隣に常に居る。
     だから、よく知りもしない星に伝わっている恐ろしい言い伝えなど、くそくらえだ。

     「……馬鹿言え。俺が、お前を死なせないようにするんだ。守ってやるよ、小僧」
     そう宣言してからホルスターに携えていたウィングマンを取り出し、構える。
     そのまま芝生より立ち上がれば、背中のホルスターからディボーションを取り出し構えたミラージュが同じく隣に並び立った。
     未だに戦いの音や煙は上がっている。ここから先は恐らく随分と大変な目に合うだろうというのが明らかに目に見えていた。
     けれど、例えどんな困難な道でもコイツとなら、きっと乗り越えてみせる。
     「いくぞ、ウィット」
     「あぁ!」
     こちらを隠すようにそびえ立つ桜からハラハラと降り落ちる花びらに別れを告げるように、俺達はしっかりとした足取りで地面を蹴って再び戦場へと舞い戻ったのだった。
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