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    ミラプト/バブルバスとメン落ちミ

    怪文書なので真剣に読まなくても大丈夫

    CIRCUS 虹色の橋、柔らかく抜ける風に運ばれた花の香り。
     澄み切った青空と、遠くに聞こえる笑い声。
     誰も彼もがここでは笑っている。
     だって久しぶりにサーカスがやってきて、たくさんのパフォーマンスをやっている。
     みんなが求めるエンターテイナーが粒揃いだ。
     そのサーカスの前では派手な姿のピエロが一人。みんなに風船を配っていた。
     赤青黄色、それから緑だってある。
     白い線の先に繋がれたそれらは互いにぶつかり合い、ふわふわと浮き上がって沈んでを繰り返す。
     束ねられた線の先を握るピエロは、風船と同じくカラフルな服を着て、その顔には笑顔の仮面。
     差し出されたその風船を彼らは順々に受け取って、その先にあるサーカスの天幕を潜っていく。
     今度は俺の番だと差し出した手に風船は来ない。
     代わりに渡されたのは、ピエロが被っていた笑顔の仮面だった。
     目の回りを赤く縁取られたそれは、くり抜かれた眼球の無い顔で俺を見つめる。
     俺はこんなの望んでいない。
     俺は、風船が欲しかったんだと思う。
     だってみんなの中で一番に出来の悪い子なのは知っていたから。
     明るい音楽が聞こえる。
     耳に響くギターと、ピアノ、それから優しい歌声。
     それに俺が心から満足して参加出来た事なんか一度だって無かった。


     欲しかったもの。
     正しかったこと。
     それらしく笑う事の慣れが首もとに押し当てられる。
     求めてやまない人。
     愛してやまない人。
     記憶なんていう曖昧なものが足首にすがり付いてそこを縛る。
     真実としてあったと感じていたい話。

     どちらもそれは目の前にあるクセに、俺を見たりしない。

     夢幻にしてしまいたくて仕方のない話。
     愛情なんていう不確定なものが手首をからめとってそこを縛る。
     愛せることのなかった人。
     消えて欲しかった人。
     泣き出したいくらいに苦しみを覚えても締まった首では声もでない。
     間違っていること。
     欲しくなかったもの。

     淡く色づいた白金の糸。
     さらりと長く揺れたその先にあるモノが遠くなる。
     三つ並んだ靴。
     くたびれたそれらが音を鳴らす事はもうない。
     俺の靴だけがどんどんと大きくなって、新しくなって、そうして古くなる。
     もう必要が無い筈なのに、みんなが使うんだから取って置かないと! と言った深みのあるアクアブルーの目が純粋な疑問を宿して俺を見る。

     ソラスに虹は出ない。
     どこへ行こうとも渇いた砂漠だから。
     ソラスに花は咲かない。
     あったとしても、それはこんなに甘い匂いなど撒き散らさない。
     ソラスにサーカスは来ない。
     俺が観たのはプサマテに行った時だ。
     ソラスにピエロは   。







     「……おい」

     投げつけられた不機嫌な声に目を開ける。
     顔を上げればバスルームの扉の脇にもたれ掛かって腕を組んだクリプトが俺を見ていた。
     黒いタートルに黒スキニー姿のコイツはまるで黒猫のようだと思う。
     そんな黒猫は、太い眉の下、これまた黒い瞳を細めさせて静かに呟いた。
     「いつまで浸かってる。死んでるのかと思ったぞ」
     「勝手に人を殺すな」
     「……そんな死にそうな顔をしてるくせによく言う」
     その言葉には反論が出ない。
     腕を動かした先、生温くなった湯がかき混ぜられる。
     いつしか少なくなった泡が両腕に纏わりついて、パチパチと小さな音を立てた。
     ローズとジャスミン、それからラベンダーにピンクペッパー。
     それらが混ざった甘くも重くはないフローラルな匂いが周囲を満たしていた。
     「……折角だしお前も入る?」
     「遠慮する。どうせぬるいだろ、もう」
     「ぬるいかな……どうだろうな」
     パシャリと指先を動かし揺れる水面。
     クリプトがドアを開けているせいで満ちていた匂いが出ていく。
     そうして細かい泡が、光を反射しては次々に消えていった。

     底の無い夢を見る。
     このバスタブがどこまでも深い海へと続いていて、そうして目を閉じればどこまでも沈んでいくような、そういう夢。

     名前も、立場も、勝手に背負っているような気になっているモノも、全部投げ捨ててしまえば楽になるような気がした。
     でもそれは出来ないのだと思う。
     やろうとすれば案外簡単なのだろうけど、俺は結局の所、痛いのも辛いのも忘れられるのも嫌だから。
     「ウィット」
     ドアに凭れたままのクリプトが組んでいた腕を逆にする。
     微かに傾げた頭、額にかかる前髪が揺れ動いた。
     何もかもを吸い込むような黒い糸。
     その短い一筋を目で追うようになったのはどうしてだったか。
     思い出せない。
     人間の記憶なんて適当な物だと思う。
     「……エリオット」
     耳当たりの良い声。
     低いけれど、けしてただ低いだけではない。
     俺が俺であるのを肯定する、そういう響きがコイツの声にはあった。
     意図しているかなんて知らない。
     知ったら知ったで、俺は嬉しくなるのか苦しくなるのか分からないから。
     でも、この男のこういう変に見透かしてくる所に俺は確かに救われていた。
     「早くあがってこい。……ホットワインでも作ってやるから」
     優しい声にひとさじの甘やかす色。
     境目が滲む俺をコイツだけは間違わずにとらえてくれる。
     甘えたくないと思っても、他に甘えられる相手も居ない。
     さりげなく差し出される手に、どんな時でも見ていると宣言されるその行為に、先に生じた怯えが期待に溶けていくばかりだった。

     虹色の泡、冷たく吹き込む風に掻き消される花の香り。
     濁りを帯びた水面と、近くに聞こえる囁きが一つ。
     俺とコイツだけがこの場所に居る。
     みんなが求めるエンターテイナーを、コイツだけは求めない。
     コイツが欲しがるのはその奥に居る、弱くて、天才でもない、一曲だけしか弾けないピアノの旋律をいつまでも忘れられない男。
     そんなモノに価値があるように思えないのに、それでも良いんだと言う。
     いつでも俺を見て、そうして、見つけてやるのだと、そう言って薄く笑うのだ。
     「待ってるからな」
     クリプトが呟き、ドアから離れていく。
     きっとこれからキッチンで未だに慣れないながらもホットワインを作ってくれるのだろう。
     シナモンが強めに効いたその風味は、俺が教えたレシピだった。

     ゆっくりと全身を包む湯から立ち上がる。
     へばりつくような泡をこそぎ落として、俺はバスタブの栓を抜いてシャワーの蛇口を捻った。
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