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    ミラプト/スーツミプ

    ※いつも通りの捏造

    ネクタイネタと予約時に相手の名前呼ぶネタ

    君に首ったけ 首元に締めたネクタイは気に入りのモスグリーン。
     それに合わせてイエローゴールドで作られた目立ちはするが、しつこくないデザインのタイピン。
     纏ったスーツは、俺のファンなんだと言って、いつもよくしてくれるオーナーが仕立ててくれたダークブラウンのダブルスーツ。
     胸ポケットには嫌味の無い程度に忍ばせたチーフが慎ましく咲いている。
     我ながら、かなり良い男に見えるだろう。
     勿論、スーツを着ていても着ていなくても俺は良い男である事は間違い無いのだが。
     しかしながら、俺との待ち合わせ場所で苛立ったように立ちながら手首の腕時計型デバイスを弄って微かに眉をしかめている恋人の姿に、俺は自分が負けているような気がしてならなかった。
     俺は足早にクリプトの方へと近付くと、ホッと息を吐き出しながら声をかける。
     「間に合った! 良かった」
     「……全く……ギリギリじゃないか。お前が呼びつけたくせに」
     「悪かったよ……仕事が立て込んでて……てか、お前、そういう格好出来たんだな」
     「……はぁ? バカにしてるのか? 待たされた上にそう言われる筋合いは無い」
     「ち、違うって! その……なんだ……似合ってて……いいと思う」
     いつもは下ろしている前髪は撫で付けるように後ろにセットされ、俺と同じくダブルボタンのネイビーカラーのスーツを纏ったクリプトは、普段以上にクールな男に見えた。
     コイツが冷静そうな見た目とは裏腹に感情的なのはもう分かりきっているが、ここで帰られたら困ると慌てて弁解すれば、機嫌が少し戻ったらしいクリプトが小さく鼻を鳴らす。
     その上、襟元でキッチリと結ばれたマスタードカラーのネクタイは以前に俺が贈った物なのが、この素直ではない恋人の可愛らしい点なのだと伝えたら、今度こそ帰ってしまいかねないと発言しそうになった口をつぐむ。
     その代わり、俺が黙った理由を照れているからだと思ったらしいクリプトが口端に緩く笑みを浮かべた。
     「お前が俺の服を褒めるなんて、明日は空から槍が降ってきそうだな」
     「そりゃお前が今まで着てた服を思い出してみるんだな。大体、殆ど俺が買い足してやったんだろうが」
     「別に頼んでない」
     「へーへー、そうでしたね。俺がお前にいい服着て欲しかっただけですよ。お前、マジで素材いいんだからもったいないだろ。宝のも、……も、……」
     「持ち腐れ」
     「そう!それだ」
     いつも通りの他愛無いやり取りをしながら、待ち合わせ場所に指定したプサマテの中心街にある広場に設置された華美な噴水の前から、整備された石畳の道を二人で歩んでいく。
     絶え間なく吹き出す噴水は下からライトアップされ、宝石のように水しぶきが輝いており、プサマテの中でも比較的施設の揃っている大通りなのもあって、周囲は高級ブランド店やアウトランズの中でも飛びっきり有名なシェフがキッチンを切り盛りしている飲食店ばかりだった。

     これからクリプトと食事をする予定であるテンメイは、この大通りの中でもさらに最上位の店の一つだ。
     『何故、わざわざこんな場所を選んだ』とメッセージで店とドレスコードを伝えた時にクリプトから返ってきた答えを見て、俺は自分でも随分と気合が入っているのをその時初めて気が付いた。
     今までの恋人と記念日を過ごす時は俺の店であったり、ソラスでそこそこ美味い店を探してはそこに行ったりが常だったのだ。
     しかしながら記念日なんて何とも思っていないのだろうクリプトを誘い出すには、これくらい上等な店で無ければ断られるような気がして怖かった。
     『かなり前からどうにか予約を取ったんだ』と伝えれば、画面越しだというのに呆れた顔をしているクリプトが幻影で浮かぶくらいにそっけない文字で了承してきたクリプトに、俺は内心、不安になりながら『ちゃんと来いよ』と伝えたのは一ヶ月前の事だ。
     まさか俺が遅れそうになるなんていうのは予想外だったが、どうにか間に合ったのは良かった。

     これから行くテンメイは高級店らしさを全面に出しているからか、タワービルの最上階に位置している。
     そのタワービルの正門である、これまた巨大なガラスで出来たドアを開けてくれる正装したスタッフの横を通り抜け、不審者が居ないかと常に眼を光らせている警備員の傍らを抜ける。
     どうやら俺達はこの建物内部に居ても問題無いとキチンと認められたらしい。
     そのままタワー奥のエレベーターホールへと向かえば、人が来るのを察したかのように広い奥行きに毛足の長い絨毯を敷き詰められたエレベーターがライトに照らされて表面を金に光らせた扉の奥から現れる。
     他に乗り込む人間も居ないのもあって、中に入った瞬間にクリプトの方をチラリとうかがえば、同じくこちらを見ているクリプトと視線が絡む。
     非日常感、それから、いつもよりもめかしこんだクリプトの姿が鼓動を速める。
     俺の家で寝起き時のクリプトのだらしない姿もグッとくるものがあるが、こういうカッチリした格好のクリプトも良いものだ。

     そうして、あっという間に最上階に到着したエレベーターのドアが開かれたタイミングで、ポケットに入れていたスマートフォンが振動するのが分かり、それを取り出す。
     画面には先程まで打ち合わせをしていた俺のオリジナルブランドのバイヤーの名前が表示されており、何かこちらに伝え忘れた事でもあったのだろう。
     出るかを迷ったものの、とりあえずまた掛かってきても困るから、と通話ボタンを押す。
     バイヤーが伝え忘れた次回作に使いたい素材についての話を聞いた辺りでエレベーターから出てきた俺達を出迎えた店員と、クリプトのやり取りがスマートフォンを押し付けていない方の耳から入り込んできた。
     「予約をしていた、……ウィットですが」
     「お待ちしておりました、ウィット様。ご案内致します」
     この後に用事があってもう今日は電話に出られない、と伝える為に動かした唇が、勝手に笑みを浮かべそうになるのを押さえ込みながら電話を切ってポケットへとスマートフォンを戻す。
     予約していたのが俺なのだから、クリプトが"ウィット"を名乗るのに何も可笑しな点はない。
     だが、クリプトが自分のファミリーネームを名乗るのを聞いて、将来訪れるかもしれない未来を期待してしまうのは仕方の無い事だろう。
     クリプトはそんな俺の変化には気がついていないらしく、先を行く店員を追っていく。
     ポケットに手を入れていないからか普段よりも姿勢の良い後ろ姿を、俺もこの場を追い出されては堪らないと品を失わないように心掛けながら着いていった。

     □ □ □

     オマール海老やキャビア、それから牛フィレとフォアグラをふんだんに使用して仕立て上げられた丁寧なコースはどれも文句の付けようが無い品々で、最後に出された三種のベリーとチョコレートで完成されたデセールとそれに合うように淹れられたコーヒーを飲みながら目の前のクリプトへと視線を向ける。
     話す内容は【ゲーム】での印象的な出来事や他のレジェンド達の話題、それから互いの技術に関しての改善点を炙り出すのと、よりよくする為の提案。
     そういった話をクリプトとするのはよくある事ではあったが、こういうかしこまった場で美味い物を食べながら話をするのは自宅で話をする時とはまた違って悪くはない。

     しかし、ゆるりと手に持ったカップの中に注がれたコーヒーの黒い波を見ながら、この後にどう話を切り出そうかを迷う。
     プサマテからソラスに戻るにはまだまだ余裕がある時間帯だ。
     だが、俺はタワービルの横に位置しているこれまた高級ホテルのスイートに一泊だけ予約を入れていた。当然、二人で利用するという予約だ。
     明日は【ゲーム】もなく、俺もクリプトもまるっきりオフなのは分かっている。
     だからこそ予約を取ったのだが、ここまで露骨なのもどうなんだと今になって思い始めていた。
     クリプトとは【ゲーム】だろうがそうで無かろうが、言いたい事を言い合う仲ではあるが、これからお前を抱く為の場所に行きたいなんて言うのを切り出すのは男同士だとしても気を遣うものだ。
     パラダイスラウンジや自宅での飲み会ならば、なし崩し的にクリプトも俺もそういう雰囲気になるものだから、ここでつまずくとは思ってもみなかった。

     コーヒーももう飲みきりそうになる中で、先にカップをソーサーへと置いたクリプトがジッと黒い瞳で俺を見つめてくる。
     見慣れている筈なのに、見慣れないその姿に適度にアルコールが回った身体が熱くなる感覚があった。
     「……ウィット」
     このままじゃ、ケダモノだと顔を反らそうとしたタイミングで不意にクリプトが呼び掛けてくる。
     いつもよりも甘く聞こえるその声にすぐに顔を戻せば、襟元で結ばれたネクタイの結び目を指先でなぞるクリプトが上目遣いで俺を見ていた。
     格好いいのに、妙に色気のあるその姿に意識が集中していく。
     「これを俺に贈った意味を聞いても?」
     フ、と笑ったクリプトの挑発に、確かに向こうもその気なのだと理解する。
     服に興味がないクリプトに服をプレゼントするのはもはや日常茶飯事ではあったが、ネクタイを渡したのはこの店に予約を取った時だった。
     きっとクリプトは今日、身に着けてくるのを俺は予想して渡した。そうなるように仕向けた。
     こちらの感情を知っているクセに余裕めいた笑みをしているクリプトのスーツを今すぐ丁寧に剥ぎ取って、その下に隠された俺しか知らない肉体を味わいたい。
     「その秘密を知りたいか? ……なら、話すのにうってつけの場所がある」
     俺は手にもっていたカップをソーサーへと音を立てぬように置くと、自分の為だけに用意された最高の一皿を逃さぬように、チェックをする為に店員を呼ぶ事にした。
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