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    ミプ 死ネタ

    ありふれた結末 『あー! あー! レディース&ジェントルマン、こちらはミラージュ航空……なんてな! 冗談だよ。お前の事だから、どうせこれだって後からめんどくさそうに聞くんだろうけどさぁ。ちゃんと飯は食ってるか? 放っておくとお前はすぐに何も食わずに居ようとしやがるだろ? その度に俺が何回言ったって聞きやしないんだ。いい加減学習したって良い筈だろ。分かってんのか? クリプちゃん』
     時折ノイズが走る音質の悪い声の背後で、人々のざわめきが微かに聞こえてくる。
     そうして電子音と共に流れ出す本物の飛行場アナウンスは、もう少しでソラス行きの飛行機の搭乗が始まるというのを空港全体に伝えているようだった。
     『おっと! もうこんな時間かぁ。お前が食べてないだろうってのを見越してちゃーんとお土産もたくさん買ってるからな。本当は先に送っちまおうかと思ったんだけど、絶対にお前がおか……お? キレるのは目に見えてるから、流石に止めておいた』
     そう言いながら、後日、自宅に届けられた大量の冷蔵品に俺がどれだけ苦労したと思っている。
     微かに洩れる笑みはそのままに、相変わらず喋り続ける男の声だけが薄暗い室内に流れ出す。
     『まさかこんな長丁場になるなんて思ってなかったけど、良い勉強になったよ。お前に教えて貰わなかったら知らずにいた有名な医者にも会えたしな。まぁ、この話は帰ってからすればいいか。……それよりも、だ。最近、急な仕事ばっかりで寝れてないって言ってただろ? 食事だけじゃなくて、おねんねの手伝いも必要か? あぁ、でもこれは極秘事項なんだが……』
     ふ、と声のボリュームが下がる。
     微かな沈黙の後に流れる言葉を、俺はもう既に知っていた。
     『俺も隣にお前が居ないとちょっとばかし落ち着かないんだ。いつからそんなに有能な抱き枕になったんだよ。って、おいおい、この留守電、時間短すぎないか? もう終わりかよ。待ってくれって、まだ一番大事な事を伝えてないんだ』
     不満げな声と共に、柔らかく笑んだ気配がする。
     画面の向こうでお前が笑う顔は、驚くくらいに想像がついた。
     『明日には着けるから迎えに来てくれるよな? 着いたら連絡する。早く会いたいぜ、テジュン。……愛してる』
     「……俺もだよ」
     プツリ、と途切れた音声に向かってそう囁きを返す。

     もしも未来を予測出来る能力を持っていたなら。そうして、過去に戻れるとしたなら。
     俺はすぐさま電話を折り返して、その飛行機には乗るなと叫んでいただろう。
     けれども、喉から血が出る程に喚き、胸を掻き毟るくらいに焦がれた程度ではそんな奇跡めいた能力は当然手に入らず、あの男がアイツの三人の兄と同じく空の藻屑もくずと化した事実は消えなかった。
     母親の持病に関する新たな知見を持っていると噂になっていた名医に会いに行くと言って、二週間家を開けたアイツは、そのまま愛しい母親を遺して旅立ってしまった。共に住んでいた俺すらも、遺して。
     笑えないくらいの呆気ない幕引きに、人生なんてそんなモノなのだと絶望感に浸されながら今後について考えを及ばせていたのは、随分と昔の話だ。

     脱け殻になりかけていた俺を支えてくれたのは、大切な友人達と自分の元からの目的である復讐。それから、アイツが遺した母親の存在だった。
     入院していたあの人に話をしに行った時、あの人はアイツと似た優しい目で罪悪感の重さに泣き崩れた俺を見詰め、『貴方は悪くないわ』と青い瞳に涙を溜めてこちらを慰めてくれた。
     結局、義母の病は治らないままではあったが、自分の中で出来る事はなんでもした。だからとは言わないが、彼女はアイツの記憶を失い切る前に少しずつ衰弱を重ね、そのまま安らかに旅立っていった。
     そこまでしても、ミラージュの代わりになれたかどうかは今でもわからない。

     時は流れ、俺は本来の目的である自らの無実の証明を終えて、ミラとミスティックとの再会を果たした。
     血に汚れたAPEXゲームは終了し、レジェンドとしての仕事も終えた。
     残ったのは顔に埋め込んだ顔認証阻害用のデバイスと、眠りが浅いせいで服用し始めた睡眠薬。それから少しだけ厭世的になった自分の思考。
     けれど、死にたいとはもう思わなかった。
     逆にここまで生き延びてきたのだ。どうせならアイツの分まで生きねば、向こうで叱られるような気がした。
     ベッドに横たわり、サイドチェストに置いてあるスマートフォンの光度の低くなった画面を手探りで操作する。
     度を強めた眼鏡に変える程ではないが、近頃、少し視力が落ちてきた上に老眼まで出てきて色々と見えにくくて仕方がなかった。
     『あー! あー! レディース&ジェントルマン、こちらはミラージュ航空……なんてな!』
     だとしても、この音声は画面など見ずとも再生出来た。
     写真を見れば姿は思い出せる。けれど、声というのはどうしても記憶から早めに抜け落ちてしまうのだという。
     その点、ミラージュは酷くお喋りな男だったのが幸いして、様々な記録が残っていた。
     だから睡眠薬の効きが悪い時は、子守唄代わりにこの音声を聞きながら眠る。そうすれば、ミラージュに抱き締められたような気分のまま、滑らかに眠りへと落ちる事が出来るからだった。
     『……明日には着けるから迎えに来てくれるよな? 着いたら連絡する。早く会いたいぜ、クリプト。……愛してる』
     うとうととし始めた思考の中で、『お前こそ、早く迎えに来いよ』と、その声に返事をしかけて止めた。
     瞼の裏にミラージュの笑う顔が見える。今夜は珍しく夢にお前が出てくるのなら、もう少し頑張れそうだ。
     やっぱりコイツには敵わないのだと、そんな事を思った。
     「……おやすみ、エリオット……また明日……」
     寝入り端に囁いた挨拶の言葉は、柔らかな枕へと吸い込まれていく。
     そうして、穏やかな眠気を引き連れた男の影を追いかけるように、ひとときの浅い眠りへと落ちていった。
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