じゅ、と吸い上げられる舌先から繋がって落ちる唾液から目を背ける。
全身濡れていて、本来なら冷える筈の身体が火照り始めていた。
こんな場所で盛るなんて冗談じゃないと言ったのは俺だったのに、湿り気を帯びた前髪を垂らしているミラージュに手を引かれれば、抗えなかった。
潮騒の音が鼓膜を揺らす。
日差し避けに着ている白地に鮮やかな蛍光緑のラインが入ったラッシュガードが皮膚に張り付く。
追いやられるように潜り込んだ岩影。ゴツゴツとしたその形が背中に当たる感覚に、ここが外なのだと嫌でも意識させられて喉が鳴った。
ストームポイントにある海を眺めながら、今度のオフにレジェンド達でBBQでもやらないかと言い出したのは、目の前の男だった筈だ。
海ではしゃぐような歳でも無いからと拒否するのは簡単だったが、コイツがやりたいと望んでいたパーティーに参加出来なかった(そもそも、その存在すら知らなかったのだから仕方がない)のを盾にされれば、溜め息混じりに了承の意を伝えるしか出来なかった。
結果的に、強制参加させられるような形にはなったが、たまにはこういう催しも悪くは無いと考えていた。
ミラージュの驚くくらいにピッタリとフィットしている水着姿を見るまでは。
『なんなんだ、それは』と言った俺に『何か変か?』と答えたミラージュは、なんて事の無いような顔で俺を置いてオクタンやランパート達と一緒に海へと繰り出していった。
何か変か? なんて、そんなのは分かっている。可笑しくなっているのは、俺の方だ。
「クリプト」
影になっていても分かるギラついた瞳が俺を射貫く。
後ろにある固い壁面に全てを凭れさせるのは痛いからと言い訳をして、そろりと両手をミラージュの身体に回した。
そのまま楽しそうに砂浜や海の中で転げ回っていた筈の身体を擦る。
今時、黒いビキニって、なんなんだよ。バカが。
無意味に苛立つ頭の望むままに、滑らせた両手でハリのある尻を撫でてから揉みしだけば、顎先を広い手で鷲掴まれた。
無理矢理に上向かされて、少し開いた唇を余すところ無くピタリと張り合わせるように塞がれる。
恐ろしい海の生物じみた舌が、ぬるぬると我が物顔で中をねぶっていくのに身を任せれば、鼻から抜ける呼吸だけに思考が染まっていく。
「ふ、ぁ……ぅ……ッあ!」
「あーあ、もうこんなにしちゃってどうすんの、お前」
やっと好き勝手にまさぐられていた唇が離れ、気が緩んだタイミングで、ミラージュの手が股ぐらに沿わされる。
本当ならゆとりのあるサーフパンツは、水に濡れているせいか、はたまた興奮で持ち上がっている下腹部のせいか既に主張を激しくしていた。
ダメだ、こんな場所で。と微かに残る理性が警鐘を鳴らす。
そこまで離れていない距離で、酒が入っているからか盛り上がって騒いでいる同僚達の声が聞こえる。
『酒が足りなそうだから買い出しに行ってくる』と、俺を引き連れて立ち上がったミラージュと俺がいつまでも戻らなかったら、誰かが不審に思うだろう。
「だーいじょうぶだって。酒、まだまだいっぱいあるからさ」
「! ……じゃあなんで……」
見上げた先、自らの厚い唇を舐めあげたミラージュと目が合う。
蠱惑的な表情と仕草に、ぞわりと背筋が震えた。布地越しに下から上へとなぞられれば、勝手に腰が浮き上がる。
肉もろくすっぽ食っていないのに、これではコイツに喰われる方が先になってしまう。
「俺が、見られてるのに気が付いて無いと思ってたのか?」
「なっ、……ちが……」
「あんだけ遠い距離でも分かるくらい、お前の視線が熱かったよ。ホントに、穴でもあいちまうかと思った」
「……バカ、……そんな、ワケ……」
「……俺の水着姿、興奮した?」
顔を寄せられ、耳元で秘密の話をするように甘く囁かれる。
今は近くに誰も居ないのに、それなのに、もしかしたら見つかってしまうかもしれないという背徳感が増していく。
コイツのペースに乗せられて堪るかと思うのに、気が付けばラッシュガードの隙間から差し込まれた掌が少しだけ砂のついた素肌の上を撫でた。
非日常な空間に巻き取られて、いつもよりも少しだけ開放的な気分になっているだけだと、掌に吸い付くような臀部を揉み込む。
「俺は、しちゃったんだよな。だからさ、……なぁ、クリプト……」
「っぁ……ひ、……」
「……一回だけ。……な? お願い」
頭の中で天秤が揺らぐ。
ここは屋外だ。でも、ここにはレジェンド達しか居ないプライベートビーチだから、一般人は入ってこられない。
買い出しに行くにも戻るにも、こんな顔と格好でなんて戻れやしないだろう。
それに今日は絶好の海日和と言えるくらいに温度が高くて、手に触れているミラージュの水着は乾き始めていた。
――――こんなのは全部言い訳だ、自分の理性を捨てさせる為の。
「……一回だけ、な」
はぁ、と溜め息半分でそう言えば、暗がりの中でも分かるくらいにニィ、と笑ったミラージュが噛みつくようなキスを仕掛けてくる。
結局、凭れかかった岩肌の少し尖った箇所が当たるのも無視して、湿っぽい水音に溺れるようにミラージュの背中を掻き抱いていた。