冷えた空気が汗ばんだ肌を摩っていく。
今夜は随分と静かだと、横たわったままのベッドの生温さを掻き抱いて、薄暗い部屋の中で湿っぽい息を洩らす。
背後から投げかけられる視線の熱さは強いのに、何も話さない後ろの男をいじらしく思った。──暴きたいのなら好きにすればいいのに。
ぼんやりとした思考の中でそんな事を思う。それを願う自分も、案外いじらしい人間なのかもしれないと自嘲めいた考えが過ぎった。
大量の酒を飲んで、勢いよく雪崩れ込んだパラダイスラウンジの仮眠室の中央に置かれたベッドは、当然の事ながらシングルサイズだ。
流石に今宵誰かを誘い込む予定が無かったのだろうそこに敷かれた白いシーツには、この店の主が昨夜使っていた痕跡が残っていた。だからこそ、酔ったフリをしてその上に敢えて飛び込んだ。
使い古されたベッドが軋む音が耳を打って、飛び込んだ先の寝具にはむせ返るくらいの匂いが芯から染みついていた。
着ていたコートを投げ出して、履いていたブーツを蹴るように落とした。それから、纏っていたシャツも剥ぎ取って。
まるで自宅にでも帰ってきたような性急さで着衣を解いていく間、こんな俺を見て欲しいのと、やはり見ないでくれ、というなんとも相反する気持ちが脳内を満たしていくのが心地よかった。
わざと行った背徳的なその行為の方が、こちらにバレていないとでも思っているのか、次第にアルコール濃度を強められていくカクテルよりもずっと俺を酔わせてくれた。
こうでもしなければ、俺達は触れ合う夢すら見られない。酒のせいにして、普段は見せない自堕落な空気感を纏わせて。
アホみたいな会話で笑っていたかと思えば、ふとした時に絡む視線の泥に足を掬われた。
掬われたというよりも、わざと転びに行ったという方が正しいのかもしれない。
嘘っぽい理由を並べ立てるくらいなら、最初から嘘をついた方が良い。その方が都合が良いだろう? なぁ、ミラージュ。
「……クリプト」
掠れた声が聞こえる。シングルベッドの上に、もうひとつの影が落ちて、また軋んだ。
サイドチェストの上に置かれたライトのスイッチが着けられ、暗かった部屋に誘蛾灯に似た光が灯る。
肩甲骨を太くも乾いた指が辿る度、ジクジクと腹の奥が疼いて苦しい。
際限なく欲しがるガキなのは俺の方だと認めたくない。だから、さっさと喰い付いてこいと、見えない位置なのを良い事に唇を舌先で湿らせた。
「テジュン」
俺の後ろで寝転んだらしいミラージュがこちらの腹に手を回した。
荒くなり始めた呼吸に混じって囁かれる名前に、眠ったフリをしていた体が勝手に震える。
臀部に擦り付けられる獣欲と、耳裏に落とされるリップ音に、履いているデニムと耳を覆うデバイスが邪魔だと今までに無いくらいの焦りを感じた。
早く、早く、食らいついてくれ。それを言いかけて、ハクハクと薄くなっていくような空気を取り込む。
【ゲーム】の中で勝ち負けを気にする俺達は、ベッドの上でだって勝ち負けを意識してばかりだ。
コイツにだけは負けたくないと思う。この関係性に勝ち負けを持ち込むのもどうなのかと思わなくはないが。
「なぁ、本当は起きてるんだろ? ……マジで寝てたとしても、もう遅いけどさ……」
悪い奴だな、と余裕ぶった笑いと共に甘く囁く声が鼓膜を擽る。
回った腕に指を這わせて、微かに爪を立てた。鈍感なようでいて鋭い。コイツのこういう所が嫌だった。人の機微なんて微塵も察せない、愚かな男だったらよかったのに。
けれどそれと同時にバカみたいだな、と考える。バカとバカが混ざったら、結局それ以上になる事は無いのだろう。
ならば、今夜くらいは素直になってしまっても良いのかもしれない。
抱き締めてくる腕の中で体を動かす。向き合った先には発した言葉とは違って、余裕無さげな顔をしたミラージュが俺を見返していた。
眉尻を下げて、腹に力を込めて目元を潤ませる。酒気の混じった呼吸を吐き出して、艶を帯びているだろう唇を動かす。
こちらとしても、渾身の素直さを差し出してやるのだ。その分、ぶら下げられた肉を必死で求める姿を見せて欲しかった。
「……だったら、もっと悪い事、したくはないか?」
わざとらしく笑いながら内緒話でもするように囁きつつも突き出した唇を、一瞬で表情と余裕を無くしたミラージュが噛み付くように全て塞いでいった。