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    凛潔/ホットペッパーのイメチェンネタ

    ブッシュ・ド・ノエルは無いけれど 髪に触れていた手が離れ、代わりにビニール製の袋を被せられる。
     人の良さそうな笑みを浮かべ「少しお時間置きますねー」と言い残し、少し離れた場所に座っている蜂楽の方に向かった男性美容師の背を鏡越しに追いかけた潔は、そっとため息を吐いた。
     全然悪い人ではないし、向こうはプロで、こちらは仕事だ。
     まさかサッカーを極める為に入った"青い監獄ブルーロック"でイメチェン企画をさせられる羽目になるとは想像もしていなかったが。

     改めて顔を上げた潔は、目の前の鏡に映る見たことの無い自分の姿を見分するように視線を彷徨さまよわせた。
     元々、サッカーばかりしてきた上にそこまで美容に興味が無かったのもあって、子供の頃から父親と同じ床屋に行っていた潔はパーマをかける事すら初めてだ。
     たぶん今回集められたメンツの中で、美容に興味を持っていそうなのは玲王と千切くらいだろう。
     現に、店に来てからもその二人は余裕綽々しゃくしゃくといった様子で担当の美容師と会話しており、時々笑い声も響いてきていた。
     今回の企画を申し出た企業の計らいもあって、"青い監獄ブルーロック"からそこまで離れていないものの、それなりに高級な店に放り込まれた潔は言われた通りに椅子に座っただけ。
     「こんな風にしてみようか」と提案されたスタイル写真は、今の髪型とはかなり違う大人っぽい印象で、本当に自分に似合うのかも分からないまま頷きだけを返した。

     それからはあれよあれよとカットやパーマなどの工程が進んでいくのを眺めるしか出来ない。
     実際、玲王や千切、それから誰とでも仲良く話せる蜂楽とは違い、まだ緊張が解けないまま。
     最初から話す気が皆無だろう凛や、ずっとスマホでゲームをしている凪も潔からすればこの雰囲気に馴染んでいるように見える。
     他のメンバーもいるから一人きりよりはまだマシだと思いながらも、潔は改めて落ち着いた店内の内装と、眠気すら誘う柔らかいBGMから来る居心地の悪さを誤魔化すようにクロスの下で着ているジャージの袖を指先で伸ばした。

     ふと、誰かの視線を感じたような気がして鏡の中に目を向ける。
     すると潔からは離れた場所に座っている凛が丁度、潔の視界の端に映り込み、思わず浮かびかけた笑いを必死で押し殺した。
     完全に担当してくれる美容師に任せるという事で、お互いにどんな髪型になるのか知らない。
     だが恐らく凛も人生初のパーマをかけるのだろう。シレっとした顔で雑誌を読んでいる凛の頭上では、潔にとっては初めて見る円盤状の機械がクルクルと回っていた。
     普段は端正な顔立ちを隠す長く重ためな前髪は後ろに撫でつけるようにされ、珍しく額を晒している凛は心なしか不機嫌な表情にも見える。
     一体どんな風に変わるのだろう? 最初から綺麗な顔をしている凛は、きっとどんな髪型でも似合うに違いない。

     ぼんやりと観察しながら考えていた潔の気配を察したのか、雑誌から目を離した凛と潔の視線が鏡越しにパチリと合わさり、一瞬だけ潔の耳に入り込むBGM音が消えた。
     他の誰にも分からないだろうかすかな唇の動きをなぞるように、目が勝手に細まる。
     (……み、……る、な……? 『見るな』って事か)
     潔が凛の言葉を解読したのと同時に、眉根が顰められ、明らかに煩わしそうな顔になった凛はそのまま再び雑誌に視線を落とした。
     釘を刺された手前、これ以上凛の感情を逆撫ですると後が怖い。
     「お時間経ったので、一度確認しますねー」
     それに加えてどこからともなく現れた担当の美容師に声を掛けられ、その後、潔と凛の視線が重なる事は無かった。

     □ □ □

     美容室のすぐ近くにある撮影用スタジオは大掛かりなセットなどを組む部屋も併設しており、全体の大きさがどの程度なのかは分からない。
     けれど撮影の度に連れてこられるのと、"青い監獄ブルーロック"に比べれば狭いのもあってまだ初めての美容室よりかは場慣れしていた。
     そんなスタジオの一室でレフ板に囲まれ、カメラのフラッシュが焚かれる度に指示されたポーズを取る。
     最初の頃はあまりのライトの眩しさと、たくさんの大人に囲まれて行われる撮影が恥ずかしいやら、どうしたら良いのか分からないやらで大の苦手だったが、もうすっかり潔はこの一連の動作に慣れ切ってしまっていた。
     
     ようやくカメラマンからオッケーのサインが出て、少し汗ばんだ身体を冷ますように第一ボタンの開いているワイシャツの襟元に指先を引っ掛けて風を送り込む。
     「ありがとうございました」
     そのまま礼を述べつつ、カメラの前から逃げるように退くと、周囲の大人たちが微笑ましいものを見るような表情に変化する。
     他の奴らは一体どういう反応をしているのだろうという疑問を抱えながら、潔はやっと終わったという解放感に包まれていた。
     「お疲れー」
     「おう、千切も頑張って」
     そんな潔とすれ違いざまに軽い口調で言った千切が颯爽と三つ編みにアレンジされた髪を靡かせ、撮影場所に立つ。
     パシャパシャとまた始まったカメラのシャッター音と、きまぐれな千切の気持ちを盛り上げる為なのか、潔を相手にしていた時よりも少々勢いのついたカメラマンの声を聞きながら、潔はそっと撮影部屋から離れる為に足を動かした。
     撮影が終わった後にどんな仕上がりなのかを確認する事もあるが、確認してもしなくてもプロが選んだ物の方がどうせ正解だろう。
     今日は朝から新しい経験を次々とさせられたのもあって、ドッと疲れてしまった。
     一度控え室に戻っても良いかを聞くために、どこかに居るであろう帝襟を探す為に廊下を進む。
     蛍光灯に照らし出された廊下には様々な機材が雑多に置かれており、それらにぶつからないように恐る恐る歩く潔の靴音が他に誰も居ない場所に小さく響いていた。

     しばらく進んでいくと、廊下の端の方にある窓から外を見ている誰かの姿が見える。
     スラリとした長身に似合う黒のセットアップに、上質な生地で仕立てられたブラウンのワイシャツ。
     一見すると芸能事務所に所属しているモデルか俳優と見紛う恰好の凛が、どこか気だるげな表情のまま虚空を眺めていた。
     疲労は確かに感じているが、こういう機会でも無ければ凛と直接話をする場が無い。どこかはやる気持ちを抑えながら、一直線に凛の元へと向かう。
     「凛」
     軽快な足音を立てながら近寄ってきた潔の存在に気が付いたのか、壁に凭れ掛かっている凛が明らかに面倒くさそうな表情を潔へと向けた。
     「……なんでこんな場所まで引っ付いてくんだよ」
     「別にお前を探してたワケじゃねぇし。帝襟さん探してたら、お前が居たから」
     「だったらわざわざ近寄ってくる必要無いだろ」
     「でも、こういうタイミングが無いと話せないじゃん。……それに凛がどんな髪型になったのかちゃんと見てみたかったしさ」
     その言葉に何も言わずに黙り込んだ凛の髪は、普段の艶やかで丸さを帯びたヘアスタイルとは異なり、ふわふわとしたパーマが全体的にかかっている。
     だが、けしてパサついた印象は無く、窓の外から射し込む淡い光を反射する程の輝きを放っていた。
     「見てどうすんだよ。……そもそもずっとこっち見てただろ。クソ潔」
     「すーぐクソって言うんだからお前はぁ。大体、凛だってこっち見てたろ」
     「見てねぇ」
     雰囲気の鋭さと近寄りがたさが髪型で緩和されているせいなのか、凛から飛んでくる暴言も比較的穏やかに潔の鼓膜を撫でる。
     そうして、こっそりとカマをかけただけだったのだが、戻ってきた返答に最初に感じた視線の主が凛であった事を察してしまう。
     本当に見ていなければ、何の話だと疑問符と呆れの混ざった言葉が飛んでくるのを潔だけは知っていた。
     でもこれ以上、そこを深堀りするのは本当に凛の怒りを買い兼ねないとさらに凛に近づいた潔は、壁に凭れ掛かったままの凛を見上げる。

     やっぱりどんな髪型をしていても凛は似合ってしまう。
     流石に機械を当てられている時はちょっとした面白さもあったが、それでもこうして完成したふんわりと柔らかい質感を強調したヘアスタイルも悪くない。
     「マジでお前、ムカつくくらい何でも似合うよなぁ。しかも、こうやってふわふわしてるの、結構可愛いし……」
     「?」
     「うわ! キレんなって! ちゃんとカッコいいんだけど、なんつーか……触りたくなる感じする」
     実際に触ったりすれば、それこそ鉄拳制裁が来そうなのもあって、潔は伸ばしかけた手を引っ込めてヘラリと笑ってみせた。
     一旦撮影は終わったとはいえ、勝手に触れて崩したら自分達では直せないのを思い出したからだ。
     「……まぁ、本当に触ったらダメだよな。まだ撮影するかもしれないし」
     自身に言い聞かせるように呟きながら手を引っ込めた潔を見下ろしていた凛の眉根がさらに寄る。
     うっすらとメイクを施され、淡く色づいた唇が何度か迷うように動いたが、結局舌打ちだけを零した。
     凛とする会話はけして穏やかで優しいやり取りではないものの、緊張しきっていた潔にしてみれば気を遣わなくて良いのもあって、逆に心が楽になる。
     それに加えて、どれだけ激しい殺意を向けられてもなお、"糸師凛"という人間はずっと傍で見ていたくなるほどの魅力を放っていた。

     窓際に立っているからか、ひんやりとした冷気が足元に滞留している。
     外はコートを羽織らなければ寒いくらいの温度であり、特段何かあるわけでもないが、絵心が言っていたようにもうすぐクリスマスが近づいてきていた。
     どうせクリスマスも"青い監獄ブルーロック"でサッカー漬けなのは変わらないのだろう。
     もうサンタにプレゼントを貰う年でも無いが、潔はぼんやりと企画が無ければ絶対に拝む事の出来なかったであろう凛の普段とは違う髪型を見られたのだけは、絵心に感謝していた。
     「……お前は……」
     「……ん?」
     舌打ちを放ってから何も言わなかった凛が不意に囁く。
     相変わらず眉根は寄ったままだが、それが怒っているというよりも何かをこらえているように見えて潔は思わず首を傾げた。
     フィールドの上だけではなく、エゴイストだらけの集団生活でも自分の意思を貫き通す凛が言い澱む事自体が酷く珍しい。
     「いって!?」
     言葉が飛んでこないかわりに、まっすぐに伸びてきた指先につい瞼を閉じた潔の額にパチン、と強い衝撃が走って、その痛みにすぐさま額を押さえる。
     不意打ちのデコピンを食らったのだと理解した時には、バカにしたように鼻を鳴らした凛が潔を見下ろしていた。
     「え、なに、なに!? めっちゃ痛いんだけど!」
     「無防備なのが悪い」
     「当たり前の事をしただけだが?」とでも言わんばかりの態度の凛にあんぐりと口を開けた潔は額を押さえていた手を外し、そのまま指先を凛へと伸ばすがそれはあっさりと避けられてしまった。
     「ッ……避けんなって」
     「やらせるワケねぇだろ、タコ」
     「俺だけなのずりぃじゃん」
     「知るか」
     またもや伸びてきた指先から逃れようと顔を振った潔の片方だけ掻き上げられた前髪が揺れ、わずかに赤みを帯びた額があらわになる。
     隙をついてもう一回チャレンジしようと潔が伸ばした手を凛が覆い隠すように掴み取り、握り込んだ。
     無言で向かい合い、手前に引っ張ろうとする潔と掴んだまま離さない凛の攻防。
     このままでは分が悪いと、もう片手で凛の指を外そうと試みる潔をまたもや鼻で嗤った凛は、やっと握っていた手を離した。
     「手も小さけりゃ力も弱いのか、雑魚潔」
     「あーもううっせぇ! お前がデカすぎるだけなの! ほんっと腹立つな」
     頬を膨らませ、肩を怒らせた潔はすぐにムッとした表情を止めて窓の外に視線を向ける。

     室内外の気温差に薄く曇っているガラスの向こうには、クリスマスの空気を纏っている町並みが広がっており、"青い監獄ブルーロック"では見る事も無いイベントらしさが垣間見えた。
     「てかさー……クリスマスだからってイメチェンさせられたけど、俺達って別にクリスマスのイベントなんてひとつも無いんだよな」
     「サッカーに全く関係が無い上に、こんなぬりぃ事やらされてる時点でクリスマスもクソもねぇよ。最悪なだけだ」
     「あはは。……ま、それはそうなんだけど」
     「……ケーキでも食いたいってか」
     曖昧に言葉を濁そうとした潔に、珍しく凛が疑問を投げかける。
     すぐ傍らに立つ凛にもう一度目を向ければ、柔く波打つウェーブの前髪の奥から複雑な感情を宿したターコイズブルーが潔だけを見つめていた。
     「いや、ケーキもめっちゃ魅力的ではあるけどなー。凛の見た事ない髪型が見れたから、今年はそれだけで良いかなって」
     「は? ……んだそれ……キモい事言ってんじゃねぇぞ」
     「え、なに、凛、もしかして照れてる?」
     「そんなワケねぇだろ。死ねバカ潔」
     「うわ!! お前に本気でやられたら死ぬから、無理!」
     ふへへ、と笑いながら揶揄からかった潔の額にすぐさま向けられた凛の指先にグッと力が籠められる。
     先ほどのデコピンなどとは比較にならないくらいの殺気と力を感じ取った潔は慌てて踵を返し、廊下を逃げていく。
     次第に遠ざかっていく足音と黒いスーツを着た背を追いかける事はせず、狙いをつけていた指をジャケットのポケットにしまった凛はまた外へと視線を向けた。
     既に薄暗くなりつつある外界を鮮やかに彩るようなイルミネーションがぽつぽつと灯り始めている。

     そんな外と中を隔てるガラス窓には、普段は隠されて見えない凛の耳元がほんのりと赤みを帯びているのがしっかりと反射していた。
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