オールドシャーレアンの一角に建つ、バルデシオン分館。エオルゼア各地からバルデシオン委員会へ持ち込まれた様々な依頼や事例報告等々、処理しては増えてを繰り返すそれらは星の終末の危機を乗り越えてもなお減ることを知らず。今日も今日とて所属員達は積み上げられた書類や資料と格闘していた。
そんな中で、いつもにも増して黙々と仕事を捌く青年が一人。
赤毛の耳はピンと立ち、淡く光る鮮やかな紅玉の瞳は文字を追って左右に動き続け、両手の指先は方やペンを高速で走らせもう片方は分厚い本のページを次々捲ってゆく。
この青年、普段は至極穏やかで人当たりの良い空気を纏っているのだが、今の彼の背中が放つ気配は鬼気迫るものがあった。
「グ・ラハ、今の資料のチェックはそろそろ終わりそうかい?」
「ああ、もう少しだ。あと一割といったとこかな」
「そうか、それじゃあその後でアラグ帝国史研究者の観点から意見を聞きたい事例が――」
「悪い!今日はちょっとこれ以上無理!」
新たに報告が上がってきたアラグ帝国時代の遺跡の資料を手に彼――グ・ラハ・ティアに話し掛けた職員は、いつになくピシャリと断られて普段の彼との違いに目を丸くした。
「うふふ。終末ならぬ週末のラハ君へのお誘いは高確率で失敗するわよ」
「クルルさん」
呆気にとられた職員に、クルルは笑いながら声を掛けた。手招きをして少し離れた所に移動すると、片目を瞑ってみせる。
「毎週必ずとはいかないみたいだけれど、週末はあの人の家に帰る約束してるんですって。救星の英雄さんを一人占めなんて妬けちゃうわよね」
「ははぁ、成る程。あの方相手じゃあ、勝ち目はありませんね」
暁の英雄、光の戦士。様々な二つ名で呼ばれるかの冒険者は、今やこのオールドシャーレアンでも有名人だ。
国の存亡に関わる活躍を見て来たであろう他国の民に比べ、この街の人々の彼への態度は比較的気安い。(ちなみに本人はかえってそれが気楽で良いらしい)が、逆に言えば『わが国の英雄殿』と言う先入観が無いシャーレアン人を現在進行形で次々と陥落させていっており、その姿は正に『天性の人誑し』である。
そんな人気者の冒険者の「恋人」。そこだけは共に戦い抜いた暁の仲間以外には上手く隠しているものの「英雄の熱烈なファン」という部分では隠す処か意気揚々と語り始める為、委員会の職員を始め青年を少しでも知る者には既知の事実であった。(むしろその「英雄オタク」っぷりが深い関係の方を上手くカモフラージュしている節がある)
「では、この件は週明けに改めるとしましょうか。ワーカーホリック気味の彼の貴重な休日を邪魔するのも申し訳ないですしね」
「ふふ、そうしてあげて頂戴。あんまり無理させちゃうと、あの人に叱られてしまうわ」
事実、本人の気質もあるのだろうがグ・ラハの仕事振りは委員会内でも随一で、古株の職員も舌を巻く程だ。時折寝食を忘れかけ、委員会の中には「そろそろ休め」と進言する者もしばしば出てきている。そんな様子に、話に聞いた水晶公とはきっとこんな様子だったのだろうな、と密かにクルルは苦笑いしていた。
ぱんっ、と勢い良く本を閉じる音が響く。
「っし、終わった悪いけど今日はここまでで帰るな」
「はーい、お疲れ様。あの人に宜しくね?」
「ん!じゃあまた来週な!」
手早く荷物を纏め、一秒でも惜しいとばかりにその場で移動魔法を詠唱し始める青年を、二人は微笑みながら見送ったのだった。