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    天晴れさん

    @hareyoru14

    @hareyoru14 であぷした小話や絵をアーカイブ。
    味付け(CP)は各キャプションでご確認の上お召し上がりください(*´▽`*)

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    POIPOI 17

    天晴れさん

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    小話アーカイブその8/前半。【※後半はR18】
    光公 ひろ公。
    前回(https://poipiku.com/3952686/7270383.html)から続いてますが単体でも一応読めます。
    こちらだけ読む分にはネタバレ等ございませんが、前回分はキャプションを見て大丈夫か確認してから読んでね。

    秋の訪れを感じ始めた近頃は、日の沈んだ後の風が少し冷たい。折角湯船で温まった身体が湯冷めしないよう部屋着をしっかりと着せ――何せこの英雄は人に対して物凄く繊細な気配りを見せるくせに自分の事となると「頑丈だから」と一気に無頓着になるのだ――椅子に座らせると、開いたままだった両開きの窓を閉めた。男が乾いたタオルで改めて髪を拭っている間にキャベツとベーコンを小さめに刻んで鍋に入れ、水を注いでキッチンストーブの上へ。持参したバスケットから幾つかの小瓶と袋を取り出すと、そのうち一つの瓶に男が目を止めた。
    「それ、何だ?」
    「ああ、これか?ちょっとした調味料なんだが」
    水晶公が瓶を軽く振ると、濃いめの狐色をした細かい粒がさらさらと音を立てた。蓋を開けて差し出せば香ばしい香りが鼻腔を擽る。
    「スパイスが幾つか……甘い匂いは……オニオンと他にも野菜、肉も使ってるかな?」
    「ふふ、流石だな。ミーン工芸館の新作だそうだ。あなたにも是非試して欲しいと言っていたよ」
    「へぇ……このまま味見しても平気か?」
    「ああ、加熱して仕上げているそうだからね。ただ、わりと塩辛いから程々にな?」
    瓶を傾け掌に中身を少量乗せてやると、そろりと舌先を伸ばして掬い取る。口に含んだ途端強い塩気と共に旨味と幾つもの香りが広がった。思った以上の複雑な味に、男の職人としての一面が顔を出す。
    「ミックススパイスと言うより……これ、もしかしてブイヨン……いやコンソメか?」
    「ご名答。スープの材料を丸ごと磨り潰して煮詰め、水分を飛ばしたのだそうだ。保存食開発の一環で出来たものらしい」
    「凄いな。お湯沸かして溶いたらそのまま十分スープになるだろ、これ」
    「ふふ、あなたが本気で作った物には敵わないだろうけれどね」
    男がその手腕を存分に発揮し、水晶公の為に手間隙かけて仕込んでくれた極上のスープを思い出す。しかし、当の本人は「そうとも限らないぞ?」と己の顎に手を当てた。
    「完全に澄んだ見た目にはならないだろうが、食材ごと煮詰めているからか香ばしさもあるし旨味も十分だから、普段の飯に使うならこっちの方が良さそうだ。手軽だから出先や――ああ、自警団の駐屯地なんかでも喜ばれるんじゃないか?」
    「成る程……なら、例えば幼い子供が居る家庭等でも、時間を掛けず食事の用意をする助けになるかも知れないな」
    「そうだな。この形状ならスープ以外の味付けにも使えそうだし、色んな人が重宝するだろう。本当に凄いな、お前が育てたこの街の皆は」
    「ああ……自慢の子供達さ」
    心底感心した様子の男に、つい水晶公の頬が緩む。早速瓶の中身を匙で掬い、湯気を上げ始めた鍋の中へぱらぱらと振り入れひと混ぜし蓋をすると、男の背後に回って髪用のブラシを手に取った。風魔法エアロ炎魔法ファイアの流れを応用して温風を起こし髪を乾かし始めると、ぺたりと寝ていた毛先が乾くにつれてふわりと起き上がり軽さを取り戻してゆく。
    (意外と柔らかくて手触り良いんだよな……)
    ふと、摘まんだ毛先を指先でもてあそぶ。冒険者という職業柄、汗や砂埃にまみれるのは日常茶飯事だ。その所為か、端から見ると彼は一見固そうな髪質に見える。
    直接触れて初めて分かるであろうこの感触を知る人は恐らく少ない。それを知っている、知れる位置にいる、という事がささやかな優越感を水晶公にもたらしている――そう知ったら、この人は笑うだろうか。
    「そういえば、このやり方も元々あなたがやっていたのだったな。レヴナンツトールに買い出しに行った帰り、雨に降られて……」
    懐かしい記憶を呼び起こされてふと笑う。ノアの仲間として過ごしていた、水晶公にとっては遠い昔の思い出のひとつ。二人して雨に降られ、その時は冒険者が濡れたグ・ラハの髪をこうして乾かしてくれたのだ。当時魔法を扱った事の無かったグ・ラハは、なんとも器用なものだといたく感心したものだ。
    「そういやそうだったっけ……懐かしいな。俺に教えてくれたのはヤ・シュトラなんだが、きっと元祖はお師匠さんの方のマトーヤなんだろうな」
    部屋の掃除も箒の使い魔がやってた位なんだ。そう男が言えば、それは是非伝授願いたいものだと水晶公の耳がぴんと立つ。
    「出所はかの偉大な魔女の技か……成る程。おかげでライナが小さい頃にも大助かりだったよ。――いつか礼を伝えなければね」
    伝えてくれ、とは敢えて言わない。ひっそりとのせたその想いの意図は男にも正しく伝わったようで、肩に乗せた手にそっと手が重ねられた。指先を絡めながら乾いたばかりの黒髪に頬を擦り付けると、くすぐったそうな声が溢れる。
    「ん……良い匂いがしてきたな」
    「ああ、そろそろ頃合いかな。後はショートパスタを入れて数分煮るだけだ。簡単だろう?貴方の口に合うと良いのだが」
    「そんなの、旨いに決まってる。この街の皆と、お前とが作ったんだからな。――現に今もう、匂いで旨い」
    「ふふ、それは何よりだ。是非ゆっくり味わっておくれ」
    小指の爪ほどの小さな貝殻型をしたパスタが、水晶の手から星屑のように滑り落ちて琥珀色に沈む。やがて十分に温まった鍋からコトコトと音が鳴り始め、耳に心地よく響いた。
    温かな食事は、いつだって幸せの象徴だ。身体を満たすのは勿論、人の生活において五感全てを同時に使う行為は、実は然程多く無い。それ故「食事」に関する事柄は人の記憶に残りやすいと言えるだろう。
    生きる為に、僅かな食料を奪い合う時代も見てきた。毒さえ無ければ草や木の皮すら食み濁った水を啜り、それすら無くなれば命は餓えと乾きに呆気なく失われていく。
    けれど、そんな中でも労りあい、分かち合った記憶がある。小さな種から育てた花が初めて実を結び、涙を浮かべて喜びあった記憶がある。火を熾して、誰かと並んで料理をした記憶も。
    味は勿論、匂いや食感、あるいは共に食卓を囲んだ人の顔や声。時に鮮明に思い出される幾つものそれは、水晶公の百年の歩みを支えたものの一つだった。

    ――そしてそれは、きっとこの英雄も同じ事。

    心を苛む記憶があるならば、今日このひとときの記憶がそれを打ち消す事もあるはずだ。
    妖精王が夢の中で彼に花の香りを届けたように、泡にはじける爽やかなハーブの香りが、人々の想いが込められた温かな食事の香りが、きっとこの先彼の支えとなる。――そこに寄り添う、水晶公自身の存在を含めて。そう自負できる位には、彼に愛されている自信が今はあった。
    「さてと、皆に惣菜類も色々貰ったんだ。貴方にも是非食べて欲しい、とね」
    温め直した温野菜のサラダに削ったチーズを振りかけ、軽く焼いたソーセージを添えればたちまち立派な一品料理だ。出来立てのスープパスタと並べ、グラスには軽めのワインを注ぐ。
    「さぁ、冷める前に召し上がれ」
    「ああ」
    ほんの少しだけ合わせたグラスの澄んだ音が、二人きりの晩餐の始まりを告げた。
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