電車にまつわる都市伝説ごった煮目が、覚めた。
ゆらゆらと冴えきらぬ頭が心地よい揺れと全てを置き去ってく走行音を認識し、一護はここが電車の中だと理解する。
「…………は?電車???」
一気に意識が覚醒し、顔を上げれば確かに己は電車に乗っているようだ。
──そんなはずはない。
有り得ない出来事に眉間の皺が更に深くなる。なにせ、自分に電車に乗った記憶はないのだ。
そう確信しているのに目の前の光景が現実を突きつけてくる。
真っ暗な外。──トンネルの中だろうか?
点滅している掲示板。──故障でもしてるのか?
自分以外誰も乗客がない車両。──もしかして回送中かもな。
文字化けした広告。──印刷ミス印刷ミス。
……………………。
「はぁーーっ……マジかよ」
努めて良いように良いように考え、目を逸らし続けたが、諦めて受け入れる。
どうやら面倒な事に巻き込まれたようだ。
***
まず、手荷物が1つもなかった。
財布もスマホも代行証もなにもない。
これだけでもうここが普通の電車ではないことが分かる。
一護的には代行証がないのが1番手痛かった。
次に窓が開かない。
外は変わらず真っ暗で、トンネルの中だとしても電灯の光がないのはおかしい。
映らない掲示板、読めない広告は見ていても仕方ない。むしろ、ジッと見ていると不安な気持ちになり吐き気がしてくる。
「別の車両に行くしかないか」
先頭車両がある方向か、後方か……後ろだな。
そうと決まればさっさと取っ手に手をかけ、少し重たい扉を開ける。
一見、自分が居た車両と変わらない伽藍とした車内。そこに見慣れた影が2つあった。
「井上!チャド!」
座席の対角線上に俯いて座っているのは一護の学友で戦友でかけがえのない仲間たちだった。
慌てて近い井上に駆け寄る。
息は──ある。
すー、すー、と小さな寝息が聞こえた。
安堵の息を吐くと後ろで座席がギシリと軋んだ。
「ム……一護?」
「チャド!?無事か!?」
「体に不調はないが……俺はお前たちと電車に乗っただろうか」
「いや、俺もそんな記憶はない」
「んん〜〜〜あれ?黒崎君???なんで??え?電車!?」
一気に騒がしくなる車内に自然と肩の力が抜けていくのを感じた。
自分は思ってたよりこの状況に参っていたらしい。
***
軽く話し合ってみたが、“分からない”ということが分かった。
なんでここにいるのか、そもそもこの電車はなんなのか全く分からない。
分かったことと言えば2人がいた車両は最後尾らしく、後ろの扉は鍵がかかっていて開かないということだけ。
「とりあえず他の車両も見てみるか」
***
結果。次の次の車両で石田と出会った。
お互いガラっと戸を開けた瞬間、目が合い、あっ……とアホ面を晒した。
情報交換をしてみたが、やはりこれといったものはなかった。
なんでも石田は先頭車両で目が覚めたらしく、運転車両には入れなかったためそのままこっちに向かっていた最中だったらしい。
どうしたものかと頭を悩ませていると石田がカチャリと眼鏡を上げた。
「……君たちもなんとなく解ってるんだろう?」
唐突に意味不明なことを言った石田に噛み付くことは簡単だった。
だが、誰もしなかった。何も言わなかった。
眉を顰めた。目を伏せた。困ったように笑った。
それは、石田が言っていることが正しいと解ってるから。
「これは、“夢”だ」
ご、ごーーー、と電車は全てを置き去っていく。
***
それに気付いたのはチャドだった。
「音が、変わった」
「音?」
「あ、本当だね!このくぐもった反響音って……」
「トンネルか」
電車が音を響かせながら走る。
今、トンネル内ということは今まで外だったのか、と気付き口を噤んだ。
一つも光のないあんな真っ暗な場所は世界中どこを探してもない。
「これが、」
トンネルに入ったが未だ闇しかない窓の外を睨む。
「これが、“夢”だとして、楽観視できるような状況でもないよな」
「普通の“夢”とは違うだろうね。だけど“夢”だ。“夢”なら解決策は1つ」
「起きればいいんだね!」
井上が嬉しそうに答える。
それが問題なのだと、彼女だって理解している。しかし、だからと言って悲愴にならない所が彼女の強いところだ。
じゃあ、起きるためにはどうすればいいのか。それを考えようとしたところでスピーカーから『ジ、ジジ……』とノイズが流れる。
『ごジョウしゃ、ありガとうございマス。車掌が切符を拝見に周ります。ゴ準備下さい』
ブツン……とアナウンスが切れると同時に座席から立ち上がる。
「やけにタイミングがいいな」
「ム、監視されてるということか」
「いい気分はしないね。で、君たち切符は?」
「あるわけねぇだろ」
「説明したら見逃してくれないかなぁ」
「話の通じる人であることを祈るしかない」
こんな電車で車掌をやってる奴が真っ当なヒトであるとは思えねぇけどな、という言葉を飲み込んで無意識に代行証を求めてポッケを触る。舌打ちが出そうになった。
「前からだ」
静かに響く石田の声に意識を切り替える。
走行音に紛れてコツコツという音が段々と近づいてきた。
「さ、猿?」
戸を開け入ってきたソイツは真っ黒な車掌服を身に纏い、猿の面を身に付けていた。
『切符を拝見します』
ぞわりと怖気が走る。
本能がコイツは幽霊でも虚でもない別のなにかだと告げる。
『切符ヲ拝見しマス』
「ごめんなさい。私たち気付いたらここにいて、だから、切符持ってないんです」
『切符ヲ』
「え、えぇ……どうしよ」
「残念ながら話の通じる相手じゃなかったってことだ」
***
ここから猿と鬼ごっこ。
鬼ごっこ中に駅に停車、慌てて降りれば知らない駅。みたいな?