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    いろいろ置き場(現在全部ローラン)
    「できた」タグが文
    Pass:ローランの誕生日(Roland's birthday mmdd)

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    オリロラ/全年齢

    焼き焦がすもの
    「よく言えば利口だし、悪く言えば……、全部が傷つく準備になっているんだろうな」

    ~注意点~
    ダズムン5合わせ新作
    アンジェリカ加入前のチャールズ事務所
    かなりオリヴィエ→ローランだと思う
    うすぐらエモな感じ オリロラは冬の季語

    #Library_of_Ruina
    #LibraryOfRuina

    焼き焦がすもの 確かに、チャールズ事務所は北部の風土に漏れず華やかな印象のある事務所で、それなりに有名ではあるが、まさかこんな舞踏会のようなものにまで縁があるとは。
     並んだ豪勢な食事に手を付けて、周りの煌びやかな貴族たちを眺めながら、オリヴィエは改めてそう思った。

     巣の、とりわけ翼の関係者が集まる夜会に、一般人が招かれるはずは無い。つまり今回も例によって任務なのだが、内容は隠密での護衛だ。翼の重役も出席しているであろうこの場にチャールズ事務所が選ばれたのは、実力もさることながら、事務所施設も、そしてそこに所属しているフィクサーも華やかに見えるからなのだろう。
     オリヴィエも燕尾服を身に着けて、小脇に杖を抱えていた。杖に刃物を仕込んではいるが、傍から見ればそれなりな貴族に見えることだろう。アストルフォが見立ててくれたものだ。彼もこの会場のどこかにいるはずだが、すっかり馴染んでいるのか見つからない。

     どこかで怪しい動きが無い限り、下手に動くことは出来ない。貴族たちのように交流を求めて歓談する必要もない。今オリヴィエに出来るのは、あらゆる食材や技術、そして特異点が使われた食べ物をつまみながら、辺りを見渡すことだけだ。食べたことのないものばかりで、任務のため酒を飲むことが出来ないのが残念だった。

     耳を澄ませてみれば、周りから聞こえてくるのは商品の遠回しな宣伝だとか、自分の屋敷の庭の話だとか、そういった話だけだ。誰かと誰かが巣の外へ駆け落ちしたらしい話は度胸があるなと思ったが、裏路地ではなく別の巣で見つけられたというオチがあった。巣の人間にとっての巣の外は、別の巣の中なのだろう。

     住む世界が違っている。
     ここは安全なのだ。
     今日はきっとこのまま何も起こらないだろう。依頼主に予告状があったわけでもなく、ましてや巣の中での暗殺は現実的ではない。もし運よくそれを成功させたとしても、死ぬより辛い報復を受ける事だろう。
     主催が個人で持っている護衛もいるようだ。そうなれば自分たちチャールズ事務所の面々は、主催が保身のために依頼した過剰な戦力なのだろう。何もないならそれが一番だが、金持ちの考えることは分からない。

     そういえば、ローランはどこに行っただろうか。ローランは巣への移住を願う一方で、その住人たちを僻むような態度を取ることがあった。全てを賭けて煙戦争へ参加したにも関わらず、その報酬であるはずの居住権を揉み消されているのだ。この光景を見てふてくされてはいないだろうか。
     ローランについてオリヴィエが知っている数少ないことの中で、食べるのが好きらしいことがあった。きっと誰も気づいてはいないだろうが、この会場に入場した当初も、ローランは平静を装いつつ並んだ食事から目が離せなくなっているようだった。

     無理に溶け込もうとせずそのまま食事をしていれば、オリヴィエが不安になることは無かっただろう。しかしローランはどこにも見当たらない。オリヴィエが目立たない程度に辺りを見渡せば、遠くでアストルフォが知らない人と会話をしているのだけが分かった。

     オリヴィエは広間を出て、廊下に足を踏み入れる。そこにも参加者は何人かいたが、騒がしさは一気に遠のいた。ローランの姿はそこにもない。一体どこへ行ったのだろうか。自分がここまで気にする必要はないと思う一方で、気持ちだけは不安になっていく。どこかの窓から吹き込んでいるのだろうか、冷たい風がその気持ちを際立てる。ひとまずオリヴィエはその風が吹き込む方へと歩くことにした。


    「ここにいたのか……」

     ローランはバルコニーにいて、空を眺めていた。ローランがこういう場で問題を起こす人間だとは思ってはいないが、それでもオリヴィエは安心する。

     いつもの服がスーツなおかげで、ローランはそれを着るだけで済んでいる。首元にスカーフを巻いている以外は普段の服装だ。それより仮面を外しているほうが見慣れない。正体を隠しての任務ゆえ仮面を外すこと自体に問題はないが、いつもそれを離さない様子を見るに心細いところもあるだろう。振り返った顔は少し疲れているようだった。

    「大丈夫か?」

     オリヴィエは仕込み杖を置いてローランに近づく。ローランは不機嫌そうな顔をしているが、それに構わず隣に並んでみる。

    「……サボってるわけじゃないよ」

     ローランは白い息でそう言った。手すりに手を掛けると氷のように冷たく、オリヴィエは思わず手を引っ込める。

    「こんな所にいて寒くないのかよ」
    「寒いけど……。でもあんまり、中にいたくないんだよなぁ」
    「でも最初は並んでた食事を凝視してただろ」
    「なんで知ってるんだよ……」

     オリヴィエはローランと同じく空を眺める。遠くにはひと際輝く星が見えた。冷たい光が寒空を照らしている。
     巣の中から星はあまり見えないようだ。空に見えるのはそれとわずかな星だけだった。寂しげな空がこの屋敷と都市を包んでいる。

    「……オリヴィエ、」
    「なんだ?」
    「あー、いや……」

     ローランは何かを言おうか悩んでいるようだった。他人と一定の距離を置きつつも物言いは遠慮しない。そんないつものローランとは違って見える。髪を整えて仮面を外しているのも相まって、少し幼くも見えた。

    「言ってみてくれ。近くには誰もいなかったし大丈夫だ」

     オリヴィエは僅かに優しい口調になってしまう。オリヴィエにはローランに対してどうしても世話を焼きたくなる瞬間があって、それが今らしい。本人に知られたらきっと怒るだろう。心配しつつもこんなことを考えているなんて、伝わらないで欲しいと思う。
     ふとローランは白い息をひとつ吐いて、空に手を掲げる。何をしているのだろうと思えば、その手にはこの巣へ入るための業務ビザが握られている。

    「この紙があるだけで……。あんなに美味しいものを食べて、あんな気楽にいられて、何も苦しみなんてないみたいになるのって…。知ってたけど、本当に、なんなんだろうな……」

     暗い寒空の下で、ローランの声がやけにか細く聞こえる。ちょうどその紙きれの影に、一番輝いていた星が隠れた。

    「ローラン、お前も分かっているだろうけど、それは……考えちゃいけないことだ。特に今は。それは出口のない迷路のようなことなんだ」

     オリヴィエが予想した通り、ローランはあまりの煌びやかさの前に機嫌が悪くなっているようだった。

     与えられた機会の良い所だけを受け入れていればいいのに、別の面が見えた時、ローランは稀にそうなれない時があるようだった。
     そしてオリヴィエはそれをローランの欠点として一蹴することは出来なかった。ローランはいつも自分の事をあまり語らない。いつしか、自分には語るような事が無いなんてことを言っていたが、そんな中で、この掴みどころのないわずらいが、ローランの根源のようなものにも見えた。そしてそれはなぜだか、オリヴィエには悪いものに見えなかったのだった。

     ローランは業務ビザをポケットに突っ込んだ後、手すりに手を掛ける。冷たいだろうに、気にせずローランは言う。

    「……ここから飛び降りたい」
    「はあ!?」

     オリヴィエは思わず少し大きな声を出してしまう。飛び降りたい? あの会場にそこまでローランを追い詰めるものがあったのだろうか。それとも何かが蓄積された結果なのか?
     焦りながらローランの顔を見ると、ローランは少し申し訳なさそうな顔をする。

    「いや、違う。死ぬとかじゃなくて……。巣の中に入れたんだし、もうここから脱走して、どこか行方を眩ませたくなったんだよ……」

     ローランはどんな酷い目にあっても、行き過ぎた自棄を起こすことは無かった。命を投げ出すような話ではなくて、オリヴィエはひとまず安堵する。
     だが、聞き捨てならないことも言っている。

    「ここから飛び降りてどこかに行って、そのまま行方不明になりたいだって?」
    「うん……」
    「ローラン。ここは巣だ。翼の無いやつが何を越えた所で、ここではただ落ちるだけだ」

     業務ビザを持ち逃げすれば不法滞在になるだろう。逃げたところで翼の役人達は永遠に追ってくるはずだ。
     それは命を投げ出すことと、そこまで変わりはしない。

    「お前がそんなことしたら、俺は事務所になんて説明すればいいんだよ」

     冗談で言っているであろうことは分かっている。だが、そう言わせてしまうほど、ローランが精神的に参っているのも分かってしまう。いつも仮面を付けているために、こういう場で見たくないものまで見てしまうのだろうか。
     ローランの仮面は外部からの認識が曖昧になる仮面だ。それなら、内部からの世界はいつもどう見えているのだろうか。そこは、踏み込んではいけない領域なのだとオリヴィエは思っていた。誰にでも触れて欲しくない事はあるだろう。その内部、素顔が晒されていたとしても、特に何も気にしないようなふりをしながら、ローランの表情を伺う。ローランは冬の夜の空気をすっと吸う。

    「オリヴィエも一緒がいい」

     確かにそう言うのが聞こえた。
     もしこれが喧噪の中だったなら絶対に聞き取れない言葉だった。

    「どういう、つもりなんだよ」
    「分からない……」
    「分からないってなぁ……」

     夜の闇は仮面の代わりにローランを覆い隠してくれていたのに。
     ただ、いたら便利そうだとか、戦力になるだとか、そういう意味なのだろう。オリヴィエが人知れず望む意味なんて、どこにもない。
     それでも、ローランのその実現しない夢へ僅かに心が揺るがされたなら、オリヴィエの瞳には銀の星では照らしきれないはずの表情も見せられてしまう。そこには憂いの中でも破滅できないローランの強さと弱さが重なって見える。

    「二人で逃げるのか……」

     フィクサーとしてここまで積み上げてきた経歴を二人で投げ捨てて、巣の中で逃げる生活を思い浮かべる。上手くやったとしても一年すら逃げきれないだろう。
     想像ですら恐ろしそうなものなのに、なぜだか、解放されたような光景が一つ思い浮かんだ。
     巣の中で町はずれの小さな部屋を借りて、ただローランと生きる。
     それだけなのに、なぜだかその想像をすぐ脳裏から手放す事に惜しさを感じてしまう。別の事で気を紛らわそうとすれば、よりによって、先程の会場で聞こえてきた話がふと脳裏をよぎる。知らない誰かが誰かと逃げ出したという話だった。

    「二人で逃げたら……、駆け落ちみたいになるだろ」

     思わずローランへ伝える声に溜息が混ざってしまう。こんなことを言うはずではなかった。オリヴィエの脳裏を過った空想は、振り払っても靄のように残り続ける。解放される夢想。ローランと生きるだけの虚構。
     冷静を美徳とする者ならば、心の中でも決して追ってはならない幻なのだろう。

    「じゃあそう思われてもいいよ……」

     ローランは伏し目ぎみにか細く答える。
     本当に何の意図も無いのだろうか?
     その頬が朱に染まっているのは寒いからでしかないのに、オリヴィエの心をじりじりと焼く。意図が無くたって、喧噪に搔き乱されたその心ごと庇いたくなる。踏み込んではいけない領域の前で、佇むことしか出来ないのだろうか。この刹那にローランが落ち行けない夢を見ているのなら、一瞬だけでも、とオリヴィエは手を伸ばしてみる。そしてローランの肩を掴む。どうせ醒める夢なのだから。

    「ローラン、」
    「うん」
    「冗談なのは分かっているんだ。お前がこういう話をいつも夢で終わらせられるのは助かるし、その夢の残滓できっと心を傷めるのも俺は分かっている。よく言えば利口だし、悪く言えば……、全部が傷つく準備になっているんだろうな」

     回りくどい言葉を終えて、ローランの肩に両手で腕を回す。そのままただ包み込む。ローランが苦しまないよう、夢とうつつを曖昧なものに変える慈愛を、この一瞬だけなら傍まで踏み込めるという利己の言い訳にする。抱きしめても、冷え切った空気の中で感じられるぬくもりは何もなかった。ローランの背中をさすって、落ち着かせるようにする。
     ローランは何も言わない。ただ深く息をするのがすぐ近くで聞こえた。

    「俺は夢じゃなくても、近くにいてやるから……」

     視界の彼方に銀の星があって、現実に引き戻される。オリヴィエは手を放してローランから離れる。そこにある紅潮は寒さ以外の意味を持たないし、緩んだ眉間は不機嫌が治まっただけ。そうやって自分に言い聞かせなければならないくらいの現実に少し眩暈がする。
     煌びやかな場所とその人混みの中では決して揺らがなかったのに、この暗闇で惑ってしまう心から引き下がる。

     ローランの投げやりな妄言だったとしてもそこに自分がいてよかった。そう思うだけで済まさなければならない。もしローランの表情に自分の解釈以上の意味があったとしてもだ。
     近くにはいてやれるだろう。ただ、それより先へは進めない。ローランにある踏み込めない領域は、ローランが拒むものでもあり、そしてオリヴィエが拒むものでもあった。

     近づきすぎれば心を焼き尽くされてしまう。ローランに与えるだけの存在になりたくなる。そんな気配がその領域にはあって、オリヴィエは踏み入ることが出来ない。

    「ごめん。ありがとう。もう落ち着いたから……」

     ローランがそう言うのを聞いて、安心する。安心以外何もないことにしなければならないのだから。

    「そうか。じゃあ、戻るよ。お前も頃合いを見て戻るようにな」

     これでいい。ローランが何を思っているか、表情を見ないように急いで背を向ける。
     白い息が広がっては消えていくように、オリヴィエの脳裏にある二人の日々も薄れていく。

     もしその日々の夢を追いかけたのなら。ローランのように一瞬の夢で終わらせられる気はしない。
     そこにあるのは、破滅できないはずのローランを連れて、二人で笑って、悲しんで、そして落ちるだけの日々だった。

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