叔父さんと甥っ子 ◆
「なあ〜Macau叔父さん!やろうって!!」
「…………」
「なあなあな〜あ!やっぱり叔父さんが一番なんだよ〜っ!」
「Venice!黙れッ…誤解を招くような言い方をするな!」
Macauはモスグリーンのソファから性急に身を起こすとVeniceの口元を塞いで辺りを見回す。今、二人がいるのはPeteとVegas、そして甥であるVeniceが暮らす家のリビングで、かつてはMacauも暮らした広い庭のある白くて大きな、あの一軒家での一幕。
大学を卒業した後、この家に戻り4年ほど暮らしたMacauだったが、自身の事業が軌道に乗ったことを切っ掛けに独り立ちをし、今では高層マンションでの一人暮らし。
実家と言える家はここ以外にない。マフィアの分家を追われた俺たち兄弟が"家"を失ってから実に19年もの時が流れた。
ここはいつ来ても温かみがあって俺にとっての家族そのもの。兄貴とPeteと暮らした、この家が大好きだ。だが帰ってくると決まってこれが始まるせいで、最近はなかなか落ち着けない。
「叔父さんてば!?聞いてる??」
口を塞ぐ俺の手を引き剥がしながら、可愛く頬を膨らませる目の前のこの子供は見れば見るほどPeteにそっくり。まさにミニPete。
ふっくらとした頬とまあるく大きな瞳。笑うと三日月型に弧を描く目元と薄っすら浮かぶ笑窪がまさに、それ。唯一、違う点を挙げるなら日に透けると少し茶色味のかかる猫っ毛ストレートな髪質ぐらい。
「やらないと何度言えば分かる。兄貴に聞かれたら…いや、、、Peteに聞かれたら俺の命は確実になくなる」
だから口を閉じてろと宥めすかし、掴まれたままの手を払って引っ込める。分かったか?と、念押しのひと睨みを効かせて、またソファへと身を投げ出す。
夕方のワイドショーが流れるTVに視線を移した俺とソファの肘掛けに尻を乗せ不貞腐れる学校帰りのミニPete、もといVeniceの間に重たい沈黙が横たわる。
随分と大人しい。目線だけを横へ動かし、甥を一瞥する。この恐ろしく似てるPeteとVeniceの二人に血の繋がりはない。
何故かって?Veniceは兄貴たちが迎えた養子だからだ。正直なところ、最近では彼らに血の繋がりがないと言っても誰も信じない。小さかった頃はそれほど感じなかったが、一緒に暮らせば似てくるものだろ、と兄貴は笑う。
なら兄貴にも似て然るべきなんじゃないかと思う俺だったが、突っ込んでみたことは今までに一度もない。あ、ちなみに性格は誰にも似てない。自由奔放な小悪魔だ。Pete曰く昔の俺に似てるらしいが、全く違う。
「Peteは買い物でしょ。しばらく帰ってこないしDaddyは車洗うって〜」
兄貴…俺が一時間前から待ってること知ってるよな!?仕事の話しにきたのに、呑気に洗車かよ。しかも今日に限ってVeniceを迎えに行った兄貴とこいつが一緒に帰宅とはタイミングが悪い。
「叔父さんがタイプなんだって昔から言ってるじゃん!どうしたら分かってくれるの???」
「Venice、お前いくつになった?」
「再来月で16だけど、なに?」
「そうだよな。お前はまだ15の鼻垂れなガキで俺はお前の叔父さんなんだ」
「だから?ってか、鼻垂れじゃないしッ!」
「あーはいはい。Veniceは大人だったな。なら聞き分けろ。俺は家族とは寝ない、分かったか?」
Veniceがこんなことを言い出すのは今に始まったことじゃない。初めて告白されたのは10年前、俺は26歳でこいつは5歳だった。
Veniceは生まれてすぐに兄貴とPeteの元へ、やってきた。当時まだ大学の寮にいた俺は週末しか帰れなかったが、こいつが可愛くて仕方なかった。どこをどうしたつもりはない。愛情の注ぎ方を間違えたのか、受け手であるVeniceが変わり者だったのか。この家で一緒に暮らした4年間だって普通だった、はずだ。
俺が家を出て行く日、小さな子供は俺を好きだと言って離れなかった。それからも幾度となく繰り返されてきた光景は見慣れたもので、Peteや兄貴の前でも大好きだ愛してる付き合ってとのたまうVeniceを適当にあしらってきた。
そう…今までは。それが、ほんの少し前。疲れが溜まってたせいか、このソファでうたた寝しているところを襲われ、冗談じゃ済まされないと気づいてからは断固拒否の姿勢を貫くことを余儀なくされてる。
もちろん未遂で済んだが、俺は普通に家族として可愛がってやりたい。はぁ…頭が痛い。
「家族だからダメなの…?」
俯くVeniceから、しおらしい声が聴こえてくる。
「そうだ」
「年の差じゃなくて…?」
「年の差は問題じゃない。が、子供に手を出す趣味はないからな。勘違いするなよ」
「子供子供って…Phiにとって何歳からが大人?」
「せめて20だろ。捕まりたくない」
「20歳…?」
それなりに恋人やらセフレやらがいるMacauだったが、年下にはあまり興味がない。Veniceの影響も大きいだろうが、この前一夜を共にした子が後から19歳だったと聞いて項垂れたことを思い出す。タイトなスカートから覗く足が綺麗な子で大人っぽい雰囲気だったから騙された。
「いや、、、同じぐらいの方が落ち着く。若いと話も合わないしな」
「…………」
「お前は大事な甥っ子で可愛い弟みたいな存在なんだ。だから俺なんか追っ掛けてないで同世代の子と付き合ってほしいんだよ、な?」
「………家族じゃ…」
「Venice?」
"You mean it's okay,If we weren't family?" そんな呟きが聴こえてきたことに思わず慌てて身を起こす。
「お前、今なんて──…」
「何でもない。あと4年だね、待ってて♩」
肘掛けから立ち上がり、くるりと身を翻して部屋へと消えて行く背中に揺れるバックパックは俺が贈った去年の誕生日プレゼント。
まるで浮かれるようにゆらりと揺れる、それを見た瞬間。背筋にぞくりっとした悪寒が走り、Macauは二の腕を摩る。
「へ、部屋の温度あげるか…」
ローテーブルに手を伸ばし、エアコンのリモコンを手にしたところでCell Phoneのコール音が鳴り響く。
液晶に表示されている名前は"Pete"。夜飯の相談か?なんて、呑気に構えて電話に出たことをMacauは直ぐに後悔することになる。
『Macauuu!!?△$×¥&%──…!?」
そこには受話口を突き抜け、鼓膜が破れるのではないかと思うほどの剣幕で怒鳴り散らすPeteがいた。
「Pet──…」
「お!ま!え!Veniceに何言ったんだッ!?F**k you!」
「P…Pete?いやッ!ちょ…お、落ち着いて? ………P'Pete???」
「…………黙って座って俺が帰るまで、そこで待ってろ」
「………ひッ…」
「いいか、分かったなMacau?」
ああ神さま仏さま。どうやら俺は今日、死ぬようです。