キュワライン ノイマンが食堂へ足を踏み入れると揶揄う様な笑い声と、それを咎める馴染み深い声が鼓膜を揺らした。
何事だ?と思いながらも学食の乗せられたトレーを受け取る。
今日の日替わり定食は白飯にミガルーサの照り焼きとお味噌汁、小鉢のお漬物、デザートはモモンの実だ。
そして未だ自分が食堂へ来たことに気が付いていない二人の元へ歩を進め、ケラケラと笑っている茶髪の癖ッ毛の前へ腰を下ろした。どうやら、二人も自分と同じ日替わり定食を頼んだようだ。
「食堂の入り口までお前の笑い声が響いてたぞ」
「あ、ノイマン!遅かったじゃん?」
「先生の手伝いしてきた。んで?なんでアルバートは唸ってるんだ?」
茶髪の癖ッ毛と金糸のウェーブを持つ友人、チャンドラとハインラインは再び視線を合わせて先程のやり取りを繰り返すばかり。
ついぞハインラインがチャンドラに飛び掛かりそうな仕草を見せた為、ノイマンは慌てて止めに入った。
「お、落ち着けって!チャンドラも説明しろ!」
「あっはは、いやね、これよこれ」
一頻り笑った後、チャンドラのスマホロトムが彼の鞄からひょこりと眼前に浮かび留まり、液晶に一枚の写真を写し出した。
─そこには青い瞳をこれでもかと披露し、驚きを隠せていない様子のハインラインと彼の金髪に埋もれるように花で彩られた体を巻き付けるキュワワーの姿が。
チャンドラが指をスライドしてみせると、今度は眉間に皺をこれでもかと寄せながらもキュワワーの好きにさせているハインラインが写っていた。
「え、かわいい」
「アーノルド!」
「だろだろ?」
素直に思った感想が口からまろび出るも、ハインラインはノイマンの名前を叫びながら頭を抱えた。
「野生の子か?随分人懐っこいな?」
「野生だったよ。ただ俺が近付くと逃げちゃうんだよ。アルバートだけト・ク・ベ・ツ、みたいでさぁ」
ニヤニヤと笑みを浮かべ、なー?と同意を求める声を上げるチャンドラの頭部をハインラインの掌ががっしりと鷲掴み、次の瞬間にはギリギリギリと音を立てんばかりに力が込められていく。
「ぁッギブギブ!イタタタタッ」
「揶揄うのはよせと何度も言っているだろう!」
「落ち着け!落ち着いてその掌を離せって!ほら!ここ食堂!やるなら後でにしろって!」
インドア派の学生とは思えぬ握力を発揮するハインラインの掌を何とか引き剥がしたものの、揶揄われ続けて怒りのボルテージが収まらない様子をどうどうと宥めつつ、しかしとノイマンは少し残念そうに言葉を紡いだ。
「でも、こんなに懐いてたのに置いて来ちゃったのか?ちょっと可哀想じゃな…ん?」
ノイマンが言い終わるよりも前に、ハインラインは真新しく輝くモンスターボールを掌に乗せて見せた。うん?とノイマンが小首を傾げると仏頂面を隠しもせず、制御ボタンを押してみろと告げる。
彼の掌の上で小さく揺れるボール。
滅多に絆されることのないこの同級生がまさか…?いや、案外ポケモンには甘いところのある奴だし…と半信半疑ながらもノイマンがモンスターボールの制御ボタンを押せば─
「きゅわわ~」
ぽわわんとした鳴き声と共に若草色の小さなポケモンが目の前に飛び出してきた。ノイマンが咄嗟に目線を合わせて「こんにちは?」と問い掛けると小さな身体をこれでもかと跳ねさせながらキョロキョロと辺りを見渡し、不安げに小さく鳴き声を上げた。
「こっちだ」
先程までの怒号なぞを一切感じさせない、優しい声色。
怯えた様子のキュワワーが一瞬で花が咲くように表情を和らげ、嬉しそうにハインラインの方へ飛び込んでいく。
全く、と呆れながらも自身の頭に緩く巻き付いてくるキュワワーに掌を伸ばし、慣れた手つきで小さな頭をくるくると撫でる様を見たノイマンは驚きが入り交じった感嘆の声を上げた。
「あのアルバートが優しい…だと」
「僕はいつも優しいが?」
「さっきまで俺にアイアンクロー仕掛けてた奴が優しい…?」
ああ!またこいつは人を煽るようなことを言って!今度こそ本気で技をキメられても知らないぞ!親友が再び悲鳴を上げる前に助けてやるかと身構えていたノイマンだったが、いつまで経ってもハインラインの掌がチャンドラに伸びることはなくて。
仏頂面は変わらぬまま。ハインラインの掌はキュワワーの小さな小さな頭を器用に撫で続けていた。
普段のハインラインならば手は出なくとも怒声の一つや二つ飛び出してくるのが珍しくない為にノイマンとチャンドラは目を丸くして顔を見合わせる事しか出来なかった。
「この子の前でそんな野蛮な真似をする筈がないだろう」
頭にキュワワーを巻き付けたハインラインは後にそう語った。