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    鉄虎と颯馬

    久しぶりに睡眠薬を使わずにぐっすり眠れたのは、皮肉にも模様替えをしたあとだった。
    きっと、最初からこうしてしまえば良かった。思い入れのある黒の壁紙に爪を立てて、引き裂く。何度も、何度も、壁を抉るように爪を立てた。
    そうしている内にいつしか壁紙は原型をとどめないほどボロボロになった。その上から、新しい壁紙を貼っていく。
    どうだ見てくれと、誰もいない独りぼっちの世界で笑うように叫んだ。
    壁紙は、黒から黒へ。この世界の色は何も変わらない。
    努力の黒を悪の黒で塗りつぶしたところで、今日も太陽は昇るのだ。



    とはいえ。
    まだ高校二年生の鉄虎にとってはまるで身体中のエネルギーを使い果たしたようだった。
    誰がなんと言おうとこれはハッピーエンドであると、RBの可愛いメンバーたちへ向けて手を伸ばす。そのままぐっと拳を握ってみれば、自分の様子に気づいたメンバーたちがちらちらとこちらを見る。
    これが自分が掴んだハッピーエンド。そして、成功だ。昨日も鉄虎は、睡眠薬を飲まずとも五時間眠れた。
    しかし、時々考える。この数ヶ月で鉄虎が目にした光景は、去年まではドラマの中でしか見たことがないものばかりだった。
    ぎゅっと目を閉じれば、今でもNEGIが撃たれたところが浮かんでくる。鉄虎が見た殺害現場は、それだけではない。あの組織に潜入している間に複数回鉄虎はそういった現場を目撃している。
    しかし、鉄虎は今眠れているのだ。PTSDになってもおかしくないような経験を経て、今なおこうしてアイドルを続けている。
    鉄虎は時々思う。自分はおかしくなってしまったのではないかと。少なくとも、去年の自分とは全く異なる存在となっている。
    眠れることがおそろしく感じる日が来ようとは、想いもしなかった。

    「どうかしたか?南雲」
    背後から急に声をかけられ、鉄虎はハッとして振り返る。気配もなくそこに立っていたのは、颯馬だった。
    「顔色が優れぬぞ。きちんと寝ておるか?」
    「えー、あー……前よりは、って感じッス」
    「ふむ。無理はするな、というのもお主は難しい立場ではあろうが、倒れてしまってからでは元も子もないぞ」
    「だ、大丈夫ッス!スタフェスで神崎先輩たちとライブをしたときよりも元気なぐらいなんスよ」
    口に出してから、鉄虎は急激な自己嫌悪に襲われた。無意識に、さらりと話題に出してしまったスタフェスという単語。あれほど大きな事件が起こったライブのことをなんとなしに話せてしまうことに、衝撃を受けた。
    鉄虎と同じようにその事件を目撃している颯馬は、悔しげに表情を歪ませた。その反応に焦ってなにか言葉をかけようとする鉄虎だったが、颯馬の返答はまるで予想外のものだった。
    「お主、あのとき元気がなかったのか。気付けなくてすまなかった!己の未熟さを恥じるばかりである」
    「あ!いや!ほどほどに元気がある程度の元気がなかったというか!?」
    あわあわと鉄虎は手を宙に彷徨わす。その姿に、颯馬はふっと微笑んだ。
    「優しいな、南雲は。それでこそ誇らしき我が弟だ」
    忍だけではなくいつの間にやら自分まで弟にされていることを照れくさく想いながらも、鉄虎はその言葉を素直に受け止めた。
    そして、ふと思う。同じようにスタフェスでの銃撃現場を目撃している颯馬なら、少しぐらい胸の内を吐露しても許されるのではないかと。
    あちらは兄、こちらは弟。そう定義したのは颯馬の方だ。一人っ子である鉄虎は兄弟との正しい接し方が分からなかったが、弟は少しぐらい兄に甘えても許されるのではないか。鉄虎はおそるおそる、吐露を始める。
    「あんまり詳しいことは言えないんスけど、俺最近ちょっと危ないところに行ってて」
    「危ないところ?」
    「ええっと、スタフェスでやったこと、みたいな?ことを、したんスよ」
    「ほう?」
    話し始めたは良いが、口外できないことも多いあの出来事をどう伝えるべきなのか分からず、鉄虎の言葉は早々に途切れる。そもそも、颯馬に伝えたところでどうなるというわけでもない。
    誰かに話すだけで気は晴れるというが、無茶をするなと叱責を受けるか今更心配をかけることになるかのどちらかだ。いずれにせよ、鉄虎は自分自身が何を求めているのか分からなかった。
    しかし、颯馬は短い鉄虎の説明だけで十分に理解が出来た。颯馬は時々紅郎がしている仕草を真似て、鉄虎の頭に手を乗せた。そしてできる限り荒々しく、それでも優しく撫でた。
    「お主はその身を持って誰かを守ろうとしたのであるな。怪我などはなかったか」
    「ピンピンしてるッス」
    「善哉」
    颯馬にとって、鉄虎の話に詳細など必要ない。スタフェスで颯馬が見た鉄虎の姿は、自分の足で地面を踏みしめ真っ直ぐに前を向く漢の姿だった。
    「偉いぞ、南雲。よく頑張ったな」
    目を細めて心底愛しそうに自分を見つめる颯馬の瞳は、100点をとった弟を褒めるような無垢な兄の瞳で、鉄虎の中で緊張の糸が切れる音がした。
    無茶をするなと叱責する人間は、鉄虎のことを愛してくれている人たちばかりだった。しかし、颯馬が鉄虎を可愛く想っていることもまた嘘ではなく、そのことは鉄虎も肌で感じていた。
    それでも颯馬は、手放しで鉄虎を褒める。鉄虎を弟分としながらもNEGIの盾にした颯馬は、きっと鉄虎が組織に潜入中に命を落としても悲しみとともに讃えたことだろう。
    (この人はきっと、最初から少しおかしい)
    自分が変わってしまった先にこの先輩がいると思うと、鉄虎はほんの少し呼吸がしやすくなった。
    今夜もまた、きっと眠れる。
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