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    戌丸アット@94

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    戌丸アット@94

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    #ナギカン

    手のひらでは味わえないナギリは自分が辻斬りをいつから始めていたか、はっきりとは覚えていない。
    ただ覚えていない事は大した問題ではなく、ナギリにとっては少し夢見が悪くなるだけの代物でしかない。
    寧ろ悪夢と思いたい現実の方が、シンヨコに来てからのナギリにとっては頭痛のタネだ。
    今日も早速その原因の一人であり、目の前で叫ぶように挨拶してくるカンタロウはムカつく程に元気だ。
    本人の言葉、そしてナギリの記憶においても最後にカンタロウを斬って以来、満腹になった記憶がない。
    それなのにカンタロウの大声はナギリの空っぽの腹には響くのだから理不尽極まりないと思ってしまう。

    「辻田さん、こんばんわ!こんな路地裏で奇遇ですね!本官は今日も辻斬りハザードマップが古くなっていないかチェックしつつ、パトロールであります!」
    「聞いてないし話しかけてくるな!と言うか、お前の行動は明らかにパトロールになってないだろ!?」
    「えぇ!?本官なりに辻斬りが現れそうな場所をチェックしているのですが何処か見落としが!?」
    「仕事の方を見落としてるだろうが!」

    なんと!と驚いた後、真剣な表情で腕組みをして考えるカンタロウに冷や汗が溢れるのを感じつつ、右手を隠す。
    どうやらこのポンコツ警官に自販機をピッキングをしようとした場面は見られなかったのだと内心ホッとする。
    以前なら自販機で販売されている血液パックが飲みたければ斬って壊して開けていた。
    しかし弱体化している現状では人間からの吸血どころか自販機も斬れない事が、地味に弱体化を自覚してしまいナギリにとって苦痛でしかない。
    だからといって強度の落ちた血の刃で、吸血鬼の特殊能力対策の施されている自販機を斬るのは現実的ではない事くらいナギリにも分かっている。
    寧ろ血の刃を出す事に疲れるだけなので腹は一向に空くばかりで埒が明かないのが現状だった。

    「ところで辻田さんはこの自販機にご用事でありますか?見たところ血液パックしか販売してませんが」
    「あ?それは……別に偶々だ!!!」

    危なかった。
    もう少しで素直に吸血する為だと話して、「吸血鬼だったのでありますか!?もしや辻斬りナギリ!?許さないでありまーす!」と怒ったカンタロウに1、2のボカンと仕留められる所だった。
    勿論、吸血鬼だからといって辻斬りナギリにイコールではない筈なのだが誰でも後ろ暗いことに心当たりがあると真っ先に思い浮かべてしまうものである。
    などとナギリが考えていたのに現実に居るカンタロウの答えは、意外にもアッサリとしていたものだった。

    「あ、もしや血液パックで、お食事ですか?」
    「は?」
    「半田先輩に以前、辻田さんの事を改めて質問されまして退治人見習いさんですと、ご紹介したのでありますが」
    「なんだと!?勝手に紹介するな!」
    「わわっ、ごめんなさい!でも辻田さんもサンダーボルトさんのように吸血鬼を退治する吸血鬼、退治人さんを目指しているのだな、と応援して下さっていましたよ!」
    「いらん!…いや、ちょっと待て、吸血鬼でありながら退治人だと?」
    「はい!辻田さんもサンダーボルトさんのような吸血鬼の退治人さんでありますよね?辻田さんも修行までされていて凄いであります!」

    今ではサンダーボルトさんも退治人として吸対にご協力をして下さっていますし、本官の捜査に協力して下さってる辻田さんを紹介しようと思っているのであります!
    そう意気揚々と話しているカンタロウの聞き取りやすい声は、ナギリに届いていない。
    焦りから、それどころではないからだ。
    まさかアッサリと、しかも自分で告げた訳でもないのにカンタロウに吸血鬼である事を指摘されるとは思わなかった。
    何より。
    普段と変わらずにカンタロウの方から話しかけてきた事実が、ナギリにはあまりにも理解できなくて頭が痛かった。
    親しいと思っていた相手は吸血鬼である事を隠していたのに、素直に受け入れたカンタロウの考えている事がナギリには分からなかった。

    「ち…がう、俺は…」
    「辻田さん、辻田さん」
    「そんな事…って人が考え事をしてるのに、うるさいぞ!なんだ!」
    「辻田さんは普段どれを買うのでありますか?本官には違いが分からないので血液パック、選んで下さい!」

    ちょっとカンタロウが何を言い出したのか、ナギリが理解するには情報が多かった。
    濃い血を飲んだわけでもないし、人の食事もしていないのに情報量に胸焼けしそうである。

    「はぁ?なんでお前が金を入れてるんだ」
    「え?日頃のお礼も兼ねようかと思いまして、今日は何も持ってませんし!」
    「施しは要らん」
    「えっ、そんな施しだなんて!本官にとっては、いつもお渡ししている品では足りない程であります!」

    辻田さんと辻斬り捜査が出来て本官は凄く嬉しいのでありますよ!と爽やかに笑うカンタロウを見つめて、思わず顔を覆う。
    痛む頭を落ち着かせろ。怒りに身を任せるな。これは戸惑う俺が可笑しいのか?そんな訳ないだろ。
    しかし此処で怒りに身を任せて血の刃なんて出てしまったら今まで誤魔化して来た意味が無い、と重い溜め息を吐く。
    しかしナギリは口の中を漂う言葉を吐く事にした。
    言わなければ、溺れてしまいそうなほどナギリには息苦しかったからだ。

    「そんなに礼がしたいと言うのなら、お前自身の血を俺に飲ませてみろ」
    「え、本官の血ですか?」
    「出来るか?出来ないだろう。凶悪な吸血鬼である辻斬りナギリに斬られたお前が、吸血鬼である俺に首を曝け出せる訳がない!」
    「辻田さん……そのお気遣い、大変嬉しいであります。ですが本官の血で良かれば飲んで頂いて大丈夫でありますよ!」
    「なっ!?お前、何を言ってるっ!」
    「辻田さん、本官は吸血鬼対策課の人間であります。困ったり相談してくれた吸血鬼さんを助けるのも仕事の内でありますよ!」

    いつの間にか見つめていた地面と睨み合い、目の前に居るのに見ていなかったカンタロウの迷いのない声に思わず顔を上げた。
    それがいけなかった気がする。
    見上げて視線のあった瞳は、眼光で射抜かれるんじゃないかと思うほど真っ直ぐに二つの瞳はナギリを見つめていたからだ。
    そこに一切の淀みは無く、声はいつも通りな筈なのにナギリは一瞬でも目の前の男が自分よりも、とても強い生き物に思えてしまった。

    「それに辻田さんが吸血鬼なのは驚きましたが、吸血鬼だからと突然ひと括りになど致しません!寧ろ本官の血でお礼になるのであれば嬉しい限りであります!」
    「……いや、そこまで聞いてない」
    「えーん!そんなぁ!と、兎に角、日頃のお礼をさせて欲しいであります!」
    「まだ言うのか!?貴様!しつこいぞ!」

    ひと括りになんてしない、と言われただけだ。
    だが、その一言はナギリにとって頭から冷水をかけられたような心地だった。
    あぁ、雨は嫌いだと言うのに。
    なんで見えもしない冷水まで浴びなくてはいけないんだろうか。
    と一人ぼんやり考えていても冷水を浴びせてきたカンタロウは、ナギリの様子に気付く素振りもなく相変わらず自販機の前で唸る。

    「うーん、やはりお礼は血液パックの方が良いですか?本官、鍛えていますし筋肉とかで食べにくい可能性もありそうであります」
    「…は?」
    「吸血鬼の方には多いですが辻田さんもスマートな方ですし、本官のように筋肉質ですと辻田さんの顎が外れてはお礼にならないであります…すいません、辻田さん!本官もっと早く気付くべきでs」
    「今すぐ脱げ!!!」
    「え!何故!?」

    本官、露出の趣味はないであります!と慌てている警官の胸倉を怒りに任せて掴むと引き寄せる。
    すると本気で自分が何を言ったのか理解していないらしく、パチクリと愛しのアルマジロに似て丸い瞳を向けてきた。
    だからと言って腹の虫が収まる訳ではないし、カンタロウはアルマジロではないので許さない。
    誰がお前の筋肉程度で顎が外れるか!とナギリとしては納得が出来なかった。
    だが残念ながら人からすれば分かりにくい事なので、カンタロウじゃなくても人からするとピンとはこないだろう。

    「やかましい!吸血してやるから脱げ!」
    「お、おお落ち着いて欲しいであります!それに脱ぐ必要は別にないのでは…あ!やっぱり脱ぐであります!」
    「は!?確かに脱げとは言ったがなんだ、急に!」

    何かに気付いた様子でハッと固まったカンタロウは、これであります!と胸倉を掴まれたままでも気にせずに両手の人差し指で自分を指差している。
    表情も何故か焦ったような顔をしており、珍しく急に言っている事が切り替ったカンタロウの様子にナギリも度肝を抜かれる。
    するとそんなナギリの様子にカンタロウは気付いたらしく。
    ナギリに胸倉を離して貰った後、カンタロウは制服を改めて指差して説明してきた。

    「流石に制服姿で吸血されるのは色々とまずい気がするので脱ぐであります!」

    なるほど、と思うのと同時に退治人や吸対、警官などを吸血鬼たちは何故、襲うかと言う理由がナギリの頭を過ぎった。
    ナギリ自身は襲う相手に対してさほど興味が無いが、大抵の吸血鬼ならば退治人や吸対と戦う事は割とステータスになる。
    そこには警官なども含まれる理由は、シンプルに制服だ。
    退治人ならば人気商売なので、大抵は派手な衣装を着ている事が多く。また吸対や警官となると更に分かりやすい。
    そんな退治人や吸対だと分かる服装の人間を怯えさせ、更に吸血する事は達成感や畏怖欲が満たされる感覚があり、ナギリにも覚えがある。
    と同時にせっかく畏怖欲が満たされそうな場面で制服を脱がれるのは少し面白くない、とナギリが思っている事は目の前の警官にバレてはいけない。
    多分、捕まるよりも露出性癖扱いされそうで誠に不名誉だからだ。
    だがナギリも腹が空いているので、面倒な制服を脱ぐ時間が惜しいと言う欲を優先したい。

    「知るか。どっちでも良いから、さっさと襟元も外せ」
    「え?」
    「なんだ?早くしろ」
    「腕とかじゃなくて大丈夫なんでありますか!?その、首筋を噛むおつもりで?」
    「だからなんだ?サッサと外せ」

    腕にしませんか!?と驚きながら返してくるカンタロウの反応の理由は一応、理解している。
    本当の理由かは別にして、少なくともナギリは自分の首筋に他人の顔が近付く事についての抵抗がある気持ちは分かる。
    と言うか首筋でも腕でも嫌な時はイヤだろ、とか思うものの口にはしない。
    そもそもナギリは、今まで牙による吸血をしてこなかったので手早く済ませたかったのだ。
    ましてや腕からの吸血は人に負担が少ないが、吸血鬼からすれば吸血しながら頭を下げている姿が最悪だ。
    血の刃による吸血ならば頭を下げなくて済むが、一度してしまえばナギリの手首に手錠がかけられるしカンタロウは鬼と化すだろう。
    吸血鬼は皆、プライドが高いのだ。
    ならば口からの吸血になるが結果的とはいえカンタロウに頭を下げながら吸血すると言う屈辱的な体勢で吸血したくない。
    様々な選択肢を潰していった末に楽な体勢で、更にプライドにもあまり問題のない方法を探していた。
    そして掴んだ胸倉から見えた首筋は存外、噛みやすそうだったのに変に意識されて決心が鈍りそうだと考えていた時だった。

    「噛むのは大丈夫なので、せめて上着だけで、も………おや?自販機の下…鍵が落ちていませんか?」

    辻田さんの物でないなら近くの交番に報告するであります!と話の途中で落ちていた鍵に気を取られてカンタロウがナギリの前で屈んだ。
    きっと普段なら気にしなかったし、なんなら立ち去っていたかもしれない。
    だが瞬間に見えたカンタロウの項は、あまりにも無防備で噛んでもいいと言われた事も影響しているのだろう。
    ナギリ自身もほぼ無意識に、屈むカンタロウの肩を掴むと自販機に突き飛ばすように勢い良く押さえ付けていた。
    しかしカンタロウも流石は吸対に所属しているだけはある、と言うべきだろう。
    普通の人間ならば気絶していそうな力と速度で衝撃のままに自販機に押し付けられたカンタロウだったが、掴まれた瞬間に抵抗する力を抜いて受け身を取るように自販機に身体全体で衝突する事で頭を無事に守っていた。
    だが痛いものは痛い。

    「ぐっぁ!?辻田さっ、あいて!」
    「黙れ」
    「お、落ち着いて下さい!血液ならば本官ご提供をっ」
    「うるさい」

    咄嗟の痛みからか、身じろぐカンタロウの動きが煩わしく感じてナギリはカンタロウの身体を更に自販機に押し付ける。
    何やらゴツンと固く鈍い音がしたがナギリは気にすることなく、自分に向かって首筋を曝け出させるようにカンタロウの頭と肩を掴むと向きを変えさせる。
    意外にも抵抗は少なく、ナギリがカンタロウの頭を自販機に向かって押し付けてもカンタロウは短く呻いただけで簡単に首筋を噛むことが出来た。
    次の瞬間、ブチッと耳の近くで鳴った嫌な音と何かが首筋の肌に埋もれながら入ってくる感覚は来ると分かっていてもカンタロウに焦りを感じさせた。
    本来、人目のないところで辻田さんには吸血してもらおうと考えていたのだ。
    だと言うのに道端で吸血される羽目になった上、辻田さんに自販機へ押し付けられた衝撃のせいか軽く脳が揺れている感覚もある。
    しかし一番、問題なのは頭と肩を掴んでいる辻田さんの力が予想以上に強いのだ。
    現に肩を掴まれた影響で、洗いたてのワイシャツの襟元のボタンが取れかかっている。
    せめて身体の痛みが軽くならないか?と身じろいでも動くカンタロウに辻田さんは機嫌を損ねて、押し直してくるので自販機に貼り付けにされている気分だ。
    だがカンタロウが本当に直視しにくい理由は、感じた事のない他人の吐息を首筋に感じながら逃げられない低い体温が自分に覆い被さっている事実だ。
    吸血して良いと言ったのは自分だし、本能的に危険を感じる速さで血の気が引く感覚は覚悟していた。
    吸血鬼向けや人向けの献血にも参加した事がある。
    だが流石に吸血鬼に自分の身体から直接、吸血された経験が辻斬り事件くらいしか無いカンタロウにとっては自身の顔が熱を持ち始めた自覚がある。
    血が無くなって体温は下がっている筈なのに、シンプルに恥ずかしいから顔が熱くなってきた。
    しかしカンタロウの体温が上がったからか、はたまた少し吸血できたからなのか。
    ナギリは軽く口を離した拍子に流れた血の筋を見て、カンタロウや周りの様子を気にする事なく首筋を少し舐めた。

    「う、ぃ、あの、辻田さん?」
    「もう少し食う」
    「え?分かりました…って、しまっ、ちょ、つじたさ、ひっ!?」

    あまりにも辻田さんが普通に話しかけてくるのでカンタロウは咄嗟に返事してしまい、しまった、とは思った。
    しかしカプ、カプと固くて尖っている牙が首筋を品定めするように甘噛みした後、気に入った場所があったらしい。
    辻田さんが容赦なく牙を立ててきて思わず、出た情けない声に慌ててカンタロウは自分の口を手で塞ぐ。
    明らかに変な声が出て気まずさから身体を丸くしようとしても、身体が跳ねるのが楽しいのか甘噛みと本噛みを交互に繰り返す頻度はどんどん増すので、噛まれる度に出てしまう声を必死に抑えるしかない。
    実は少しずつ吸血して落ち着いてきたナギリにより自販機から解放されて、寧ろ崩れそうな身体の腰をナギリは支えているのだがカンタロウは気付かなかった。
    そんな余裕はあるわけが無いので仕方ない。
    更に事の発端どもあるナギリの方もカンタロウに教えるつもりはなかった。
    何しろ普段はカンタロウに振り回されている身だ。
    吸血されて余裕がない上、人に寄りかからないと力が入らない姿は愉快だし、吸血しているのは辻斬りナギリだと知りもしないで寄りかかって来ているカンタロウの姿は気分が良かった。

    「っんあ、おい、暴れるな、噛みにくい」
    「ぅあ!?ぁ、や、ご、ごめんなさぃ?」
    「分かれば良い」
    「でもでも!ま、まだ、お食事中でぁ、ありますかっ!?っう!」

    カンタロウの疑問は最もだし、ナギリの方も腹が満たされており、実は途中からはナギリのイタズラだった。
    ただナギリからすればカンタロウの反応が良すぎて手放すには惜しい、と誰にも言える訳のない事を静かに考える。
    噛んだ事で溢れた血液を舐めると肩は跳ね、牙を当てると必死に口を抑える姿を鑑賞していたいと思ってしまった。
    しかし血を吸い過ぎて、カンタロウが怒る可能性があるのでは?と言う考えが頭の中に生まれたナギリは即座に止めておく事にした。
    だからといって名残惜しさはあるので自分の舌で小さく空いている牙の跡を確認するように軽く舐めた後、労るように軽く吸って口を離す。
    すると吸血ではない、独特の舌と吸われる感覚にとうとうカンタロウは口を抑える力も抜けて口から喘いだような吐息が溢れる。
    自分の身体を支えているナギリの腕がなければ地面にへたり込んでいたと気付いたカンタロウは、半泣きに近い状態でナギリの肩に縋る。
    力の抜けた身体は立つこともままならない。

    「うぅー!辻田さんっ!」
    「いっ!?おい、急に至近距離で叫ぶな!」
    「あ、すいません…じゃなくて!お食事なのに、えっちなのは良くないであります!!!」
    「は、はぁあ!?突然、何言って」
    「今、エッチって言いました!!?」
    「うわっ!?なんだ貴様!帰れ!!!」

    アァン!と足蹴りされたのに喘いだ象のように鼻の長い変な動物(変身状態の一般通過へんな)がヒョイっと視界に入ってきて焦る。
    本当になんだアレは!と別の意味でも冷や汗が出るが咄嗟に足蹴りしたところ、そそくさと退散したので深くは考えないことにした。
    寧ろ足蹴りした際に少し離れただけで、たたらを踏んだカンタロウをどうするか考えなくてはいけない。
    流石のナギリにもカンタロウに言い訳の難しい無体を働いた自覚はあったからだ。
    その証拠に腰を支え直した腕は外していない。
    離せばカンタロウが倒れる確信すらある。
    流石にやり過ぎたかと珍しく反省し、何故か顔を上げないカンタロウの旋毛を眺める。
    すると視線に気付いたらしい。
    普段からは想像も出来ないほど小さい声で「すいません、取り乱してしまいました…」と言われて、顔を上げずに離れないカンタロウに流石のナギリも文句を言えなかった。
    本当に今日は何から何まで予想外の事ばかりだ、と自分の腕の中にある慣れない温かな体温にナギリがソワソワし始めた時だ。
    立ち直りは早いらしく、すぅーふぅーと肩を揺らして深呼吸をしたカンタロウが顔を上げた頃には、赤みを残しつつも普段と変わらない表情になっていた。

    「辻田さん!肩を貸して下さり、有難う御座いました!」
    「のわっ!?血が無いクセに何処から大声なんか出してるんだ、お前!」
    「本官、体力には自信あるので大丈夫でっ、あれ?」
    「このバカ!」

    ガシッとナギリが咄嗟に沈むようにゆっくりと、しかし確実に倒れかけたカンタロウの肩を引き寄せるように掴む。
    明らかに貧血なのは明白だ。
    だからなのか分からないが、引き寄せるように掴んだ肩からナギリは何故か手を離せず。
    肩を掴まれたカンタロウも何故か気まずそうに俯いている。
    すると謎の気まずい空間を打開するようにカンタロウを探しに来たらしいサギョウが駆けつけた。

    「こんな所に居た!って、なんか顔が赤いですけど大丈夫ですか?てか服が…」
    「え?あ、サギョウ先輩!その、少し本官あの、ちょっと取り乱しまして!あ、えっと、そう!服も乱れてしまったのであります!はい!」
    「は?まぁ、見れば分かりますけど…結局、何があったんですか?」
    「何も!!!何もやましい事はしてないであります!」
    「いや、絶対なにかあっただろ!何を隠してるんですか!?」

    アンタ隠すの下手すぎでしょ!と年下の先輩であるサギョウに呆れられて、何故にバレてしまったのでありましょうか!?とパニックになる。
    せめて何か良い例えなので誤魔化せませんか!?と助けを求めるように辻田さんの方を見ると、いつの間にか姿はなく。
    結局、サギョウに誤魔化すことも出来なかったカンタロウは吸血痕を見られて、大騒ぎとなったのだった。
    だが、その後。

    「辻田さん、こんばんは!良い夜ですね」
    「ふん、懲りないやつだな、お前も」
    「辻田さんこそ全然、血液パック飲まれないじゃありませんか!不健康とかにはならないのでありますか?」
    「お前、自分で言ってて違和感ないのか!?」

    相変わらずカンタロウが勤務中にバッタリ出くわした友人と仲良く話す光景は変わりなかったが、話題の中に血液パックの話が増えるようになり。

    「おい、早く首出せ」
    「うわっ!辻田さん、なんでいつも首なんでありますかーっ!?」

    ついでに辻田さんを常に振り回していたカンタロウは、いつの間にか振り回される事も起きるようになったが、本人たちに自覚はないままであった。



    END
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