愛しき彼の声(娘さん、こっちへおいで)
呟くような声であたしは誰かに呼ばれて振り向く。
けれど帰り道の道路には誰一人いない。
(またか)
ハァと溜め息つく間にも、あたしの耳には「おいで、おいで」と、声が聞こえてきている。
でもあたしの目には、その相手の姿が見えず声だけが、あたしに届いているのだ。
この町に転校する前もあたしは、何回もそんなことがあり周囲にも嫌われていた。
転校すれば幻聴なんて消えると思っていたけど、酷くなる一方だった。
「娘さん、おいで」
「あたしに話しかけないで」
「んっ、この匂い夏目レイコ!」
話しかけていた声がいきなり、怒鳴り声で女性の名前を呼んだ。
あたしも顔をあげると、転校した高校と同じ学生服の男子生徒が歩いていた。
8816