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    ナンデ

    @nanigawa43

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    ナンデ

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    ゲンコハ 小話

    #ゲンコハ

    君が恋を知る前に 姉の産んだ子どもを抱いた時、コハクは初めて姉のことを羨ましいと思った。憧れや信頼、切望や祈りではなく羨ましいと思ったのはその時が初めてで、かき消すように笑って赤子の小さな小さな手のひらに自らの小指を乗せて「おお、意外と握る力が強いのだな」とはしゃいでみせた。たぶん、隣にいたゲンだけがコハクの心の変化に気付いていた。
    「コハクちゃんさあ、結婚に興味ないの」
     ゲンは外交ツアーから戻ってくるたびに髪が伸びていて、今ではコハクよりも長い。腰まである髪はひとまとめに結ばれて老いた犬の尾のようにゆっくり揺れる。
    「なんだ、ゲン。藪から棒に」
    「声、上擦ってる」
     コハクの髪も今では腰まである。育児の際に赤子に掴まれると危ないという理由で髪を切ったルリと髪型を交換したような見た目になった。
    「別に興味がないわけではない。男衆の中で私に手を出そうという物好きがいないだけさ」
     食べ物の選択肢が増え、食事量が増え、コハクの身体も肉付きが良くなり、昔よりも太ももや腕がむっちりしたと思う。逆にゲンは少し細くなった。忙しいからなのか、疲れているのか、それともコハクが見ていたゲンが必死で食べ物を摂取していただけなのか。
    「ふうん、じゃあ俺出しちゃおっかな、手ぇ」
     太ももにゲンの指先が触れる。嫌がって避けると「あらら」だなんて声を出し、心底残念そうに口を尖らせる。
    「コハクちゃん、俺本気だよ」
    「……ふん、ペラペラのメンタリスト。貴様のことだ、何か目的があるのだろう?」
     ゲンが眉を下げてぱち、ぱち、2回瞬き。
    「あるよ」
    「だろうな……一体どうした?ルリ姉の子を見て、自分の子が欲しくなったか?だとしてもゲン、君なら引く手数多だろう。それとも子だけ欲しいか?」
     今度は首を横に振る。ゲンはさっきから悲しそうな顔をしている。コハクにもそれが嘘でないことが分かる。真剣な目だ。ゲンらしくもない、もう軽口もたたかない。
    「コハクちゃんが欲しい。俺の事信じられないなら、それでいいよ。がんばるよ。ね、俺も君の隣にいる男の候補に挙げてよ、千空ちゃんや司ちゃんには適わなくても……」
    「どうしてそこに千空たちの名前が出る」
     ふうっとため息をついたら、ゲンが目を逸らした。コハクにとって千空は信頼のおける仲間で、司は戦友だ。幾度となく周りから冗談交じりに言われた「くっついちゃえよ」も、十年以上聞けば飽きがくる。エンターテイナーを自称するゲンからも聞くとは思わなかったと、コハクは少々苛立っている。
    「……他の男がコハクちゃんを手に入れたら」
    「はあ」
    「許せないけど、でも、千空ちゃんか司ちゃんなら、ギリギリ、本当にね、ギリッギリ、許せなくもないかなって」
     パ、とゲンが顔を上げる。コハクは息を飲む。ほんの数秒だけ間が空いた。二人で見つめあってどちらから二の句をつごうか考える時間があった。
    「ゲン……」
     それで我慢が出来なかったのはコハクのほうだった。溢れ出るように、言葉が滑り落ちた。
    「私にベタ惚れじゃないか」
     ごくりと唾を飲み込む音がした。二人ともそれがどちらの喉から出た音なのかもう分からなかった。か細い声で、ゲンが言う。顔をくしゃくしゃに歪めて泣きそうになりながら。
    「そうだよ、俺は君がずっと……」
     コハクの顔が赤くなっていく。目の前の周知の男が、見知らぬ誰かになったように見え方が変わっていく。ずっとってどのくらい?と口にだそうとして、どうして?と聞きたい気持ちが溢れ出て、言葉が間に合わなくて。
     リンゴン、リーンゴーンと鐘が鳴る。正午を報せる鐘の音だ。コハクの声は鐘の音にかき消され、でも稀代のメンタリストには口の動きで言っていることが分かったらしい。今度伸ばした手は遮られず、コハクの頬にたどりつく。鐘の音がなり終わる頃には、二人の影はぴたりと寄り添い、大きな一つに変わっていた。
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    ナンデ

    DOODLE鰈→彼→カレー

    千司Webオンリー「賢者と旗手を結ぶ糸」展示小説です。
    二日目の彼 千空は研究所へ、司は外交へ。数年会わない日々が続いて、やがて二人の関係性が過去になっていく。笑顔を作って世界を周り、過ごす日々がつまらなかったかと言うとむしろ真逆で、科学王国時代からしても仲が深まったゲンと肩を寄せ合って思い出話をするのも、五年の月日の間に丸く大人しくなったゼノが幼馴染との再会をきっかけにまた口数が増えたのも、普段は煙草をくわえて静観しているのに四人の中で一番喧嘩っ早いスタンリーに慣れていくのも、世界を石に変え、全てを奪い、けれど確かに司の妹を助けた機械生物と明日の天気のことを話すのも、司は楽しかった。何もかも分からない中で命を懸けていた冒険の日々よりは穏やかで、旧時代に生きていたころよりは治安が悪く、でもあの頃よりずっと愛に溢れ、優しい世界のひとつひとつに触れていく毎日が楽しかった。けれど晴れた日に移動のために乗った車の中で十年でも二十年でもこうしていられると思った時……思ってしまった時に、司はふと「ああ、千空に会いたいな」と気が付いてしまったのだった。千空に会いたいな、十年、二十年、彼と会わない生活を続けて過去の人になってしまうのが、何よりも嫌だな。真っ白なテーブルクロスに落ちた、ワインの染みみたいにその気持ちは残って、徐々に広がっていく。
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