取り返せない日々に、踊ろう、明日に怯えても ルノーがアレインに光を見たのは、アレインがルノーの身にへばりついた覚えのない罪を取り払って「本当のルノー」を見つけてくれたからだ。
だから、ルノーは本当のアレインを見つけたかった。
「陛下、どうされました?」
王の居住であるグランコリヌ城に自室を与えられてから数年。世界の救世主と民草に愛され、祈られるアレインの傍らにルノーはいつでも居て、だからこそ彼はアレインが光を失っていくのを肌で感じていた。
「ルノー……夜分遅くにすまない」
「構いませんとも。眠れませんか、陛下」
「ああ、少しだけ一緒に居てくれないか」
ルノーの部屋の扉を叩いた、アレインはローブを深々と被っていて、昼日中胸を張って世界の先に立つコルニアの王の姿からは考えられないほど小さく、頼りない姿に見える。その佇まいはまるで子どもだ。十数年前に遠くから見かけた、イレニア女王の小さな宝物であった頃のように。
「陛下、こちらにお座りください」
ルノーは夜着の上にストールを羽織り、座らせたアレインの顔にかかるローブをはらってやる。深緑のローブの下からは蒼い髪と瞳がきらめいて、ルノーはその度に彼のローブをはらって良かったのか、と自問する。彼からローブを脱がせて良いのか。それは彼に王に戻す行為なのではないか?
「ルノー、すまない」
「いいえ……何かありましたか」
「……ん」
ルノーはベッドサイドに置かれた水差しを手に取って、出来るだけさりげなく聞いてみる。水差しに浮かぶ輪切りのレモンの実とハーブは、ユークイットで育てているもので、今やルノーの部屋に愛しい故郷の面影があるものと言えばこれくらいしかない。強いていえば鏡面にうつる己の姿も、あの故郷で生まれ、出来たものか。
「良い王だったと、言われたよ……」
アレインの悲しい声に、はたと振り向く。手を離した水差しが滑り落ちて床を濡らすのも構わずに。
「アレイン!」
思った通り、アレインはほろほろと泣いていた。瞳を開けたまま、身体を暗い色のローブに包まれて、カーテンを開け放した窓から降り注ぐ月の光に、その蒼い髪と瞳をきらめかせ、ルノーが抱きしめても身体をぴくりとも動かせないまま。
「……イレニア女王は良い女王だったと、皆……口を揃えて……俺のことも、良い王だと、コルニアは、安泰だと……」
肩がちいさく震えている。ルノーは力の限りアレインを抱きしめて、彼の名を呼びながら、神に祈る。おお、神よ!この地を守護する一角獣よ、どうしてこの深き愛の人を、光の救世主を、悲しみと後悔の海から掬い上げてはくれないのだ!彼が何をした、彼が何をした、彼が何をした、彼は世界を、世界を救っただけじゃないか……。
「アレイン、アレイン……」
「ルノー……ルノー……」
民草は知らないのだ。イレニアを"討った"のがアレインであることを。ユークイットの民の顔を曇らせたのがルノーの知らぬルノーであったように、コルニアの民を不幸にし続けたのが、イレニアの知らぬイレニアであったのを知らないのだ。コルニアの民はだからイレニアを愛し続ける。アレインを崇め続ける。その重圧をこの少年はこれから、ずっと、抱え続ける。
「アレイン、アレイン、貴方は何も悪くない、貴方は、貴方は何も……」
言っているうちにルノーの瞳からも涙が零れて、アレインのつむじに落ちていく。
「ルノー……すまない、すまない……」
アレインは、民たちに石を投げられない。だから彼はこうして苦しむ。ルノーはぶんぶんと頭を振りながら、アレインに祈る。
「貴方は成すべきことをなさった。貴方は世界を救ったのです。貴方はイレニア女王をお救いになった。私も、私のことも、あぁ、あぁ、アレイン、貴方が泣くと私も辛い」
アレインはやがてルノーの身体を抱きしめ返す。自分の悲しみに泣いてくれる人を、この真っ直ぐで、どこまでも純粋な、アレインの為に在る男の存在を確認するように。
「アレイン、アレイン……」
いつのまにか月は雲に隠れ、部屋には暗闇が落ちていた。アレインは泣き止んで、ルノーの嗚咽を聞いている。先程までアレインの心に落ちていた石の雨は止み、愛しいルノーの優しい涙だけがアレインを濡らし、暖めていた。