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    ナンデ

    @nanigawa43

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    何でも許せる人向け 雑食壁打ち

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    ナンデ

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    ほしまるさんとのネーム交換会
    ナンデからのお題&ネーム「樺溝小説」
    をナンデ自身も書いて遊んだやつです。樺溝はいいぞ。

    悪にも心に愛が在る、わはは 人混みの中から見つけられたのは、奇跡だと思う。あの夜の写真のように、自分ではどうしようもないこと、降って沸いた運命、襲い来る天災のような不運。胸中でのべつ幕なしに騒ぎ立てても、目の前の男は消えはしない。歩きタバコどころか、路上での喫煙自体が条例で禁止されて久しいというのに、男は煙をゆらりゆらりあちこちさせていた。
    「ドブ……」
     樺沢の呟きは喧騒にのまれて、数メートルも先にいる男に届くはずもないのに、男……ドブと呼ばれていた、あの悪人は嬉しそうにニタニタと笑うのだ。ドブはあのころと変わらずに肩で風を切り、人の波を割り、はいはい俺様で御座いと言うふうに道を歩いて樺沢にじりじりと近付いてくる。樺沢は後ろへ一歩、二歩、三歩と下がり先を急ぐサラリーマンたちの列にぶつかり舌打ちをされる。ぶつかった何倍もの力で押し出されてあわや転倒といったところでタバコをくわえたドブが樺沢を受け止めた。
    「よお、大丈夫か?」
    「あ……あ、あ……」
    「ンだよ、相変わらず礼儀を知らねえガキだな樺沢。なんだぁ?お前、スーツなんて着ちゃって。今どこで仕事してんだよ?」
    「あの、あのっ」
     ドブにつかまれた肩は案外優しく戻されて、そのまま撫で付けるようにポケットに手を入れられる。鼻先まで近付いたドブの胸元からはタバコ臭さと汗の匂いと、それらを打ち消そうと振りまいた香水の香りがむわりと立ち上って樺沢をくらくらさせる。
    「名刺入れ発見〜っと。どれどれ?ふうん、聞いたことねえ会社だな。新しいトコ?」
    「い、や……昔から、ある、地域密着型の……」
    「ああ、個人経営でガンバってる中小企業ってやつね。なになに?コネとか使ったわけ」
    「パパ……あの、父の古い知り合いで」
    「ふうん、お父さんが世話してくれたんだ、良かったね」
     言いながら、ドブは残り少ないタバコを樺沢に、くわえさせる。寸前まで迫ってきた火は樺沢を怯えさせ、ドブの口内で湿ったフィルターが生温く気持ち悪い。払って捨てようとすると、ドブに腰を抱かれて耳元でささやかれる。
    「ここポイ捨て禁止だよ、樺沢くぅん?」
     樺沢はじんわり涙を浮かべ、いやいやと身を捩った。ドブはニヤニヤと樺沢を見ながら身体を離す。
    「お話しようよぉ、パパのお友達にメーワクかけたくないだろ?仕事だってまだまだ頑張りたいよな?樺沢くん」
     タバコの灰が落ちて、避けようとしたら尻もちをついた。周りの人々はチラチラこちらを見るばかり、助けようとする人はいない。当たり前だ。有象無象の一欠片、有名人でもなければ、助けての声のひとつもあげない、一般人の樺沢に構っているほど世間は暇じゃない。
    「で、電話させてください……電話だけ……直帰しますって……それだけ、言うんで……」
     ドブはニタニタニヤニヤ笑ってる。でもその目だけは樺沢を射抜き、嘘をつくなよと言っている。

     ラブホテルを選んだのは、誰にも見られたくなかったからだ。樺沢の今の職業は、父親の伝手で世話してもらった小さな不動産会社の営業員だ。この会社に入れたのは、莫大な借金と世間様に騒がれたカバサワサマのイメージとで履歴書を軒並み門前払いをされた樺沢にとって奇跡といっても等しい。仕事はキツいし、給料は雀の涙だし、営業先の中には樺沢オンラインサロンの元会員がいることもあって罵られたり怒鳴られたりすることもあるけれど、穏やかながらも強かな社長は「普通の新人より、興味を持ってもらいやすくていいじゃない」と笑って流して励ましてくれる。樺沢は社長や社員や、この仕事が好きで、まぁ大好きかどうかと言われれば微妙だし、天職とも思えないし、給料や待遇が良い転職先があれば恩なんて忘れてそちらに走っていくのだろうが、それでも迷って立ち止まって、やっぱり続けようかなと思えるくらいには思い入れが出来つつあった。
    「反社会的勢力との関わりはマジにやばいんです。信用問題です。クビだけじゃすまない。社長にもお客さんにも顔向け出来なくなる……」
    「ウンウン。そうだね。まぁ〜俺もう反社会的勢力?そういうのじゃないけどね。元だよ、元」
     ドブは樺沢のスーツのジャケットを脱がせ、スラックスを脱がせ、今はシャツのボタンに手をかけている。昔と違ってそれなりに落ち着いたカーキ色の上着を着たドブの手は、年相応にかさついていて、指がシャツ越しに樺沢の身体をひっかく度に樺沢は震えた。
    「かわいそうでしょ、俺。行くとこも、勤め先もなくなっちゃってさあ。いいなあ樺沢くん、お仕事楽しそうだね。少しぐらい俺のこと哀れんで、恵んでくれてもいいぐらいじゃないか?」
    「だ、だめです。ないです、お金。樺沢オンラインサロンの……会員に訴えられて、あの、お金、俺今本当にないんです」
    「やだなあ、そんな大金寄越せって言ってるわけじゃないんだぜ。まあ片手ぐらいでいいよ。もうすぐ夏のボーナスじゃないの、どれぐらいあるわけ?社長さんに聞いてみようか」
    「やめて、やめてください、お願いします!お願い、します!」
     剥がされたシャツを床に捨てられて、樺沢に残ったのはトランクスとランニングシャツと、靴下だけだ。そのトンチンカンな格好のまま、ベッドの上で土下座してドブの返事を待つ。ここが分岐点だ。ここをやり過ごせばどうにかなる。だから神様頼むよと言わんばかりに頭をシーツに沈ませて、ドブの答えを待つ。
    「お願いしてんのはこっちだぜ」
     ドブの手が、樺沢の頭を上から押さえた。
    「あー萎える萎える。口ばっかなの直ってねえなあ、ボンボンのガキがよ。誠意を見せろよ、謝罪の意志をよ。俺が苦労してんのは誰のせいだ?インターネットなんぞでイキって騒いだバカのせいだろ、お前の金がねえだのなんだの知ったこっちゃねえわ」
     ぐいぐいと押される力は強く、柔らかなシーツに樺沢の頭が埋もれていく。樺沢は息ができないと暴れるが、ドブは身体ごと乗せるようにして力を入れる。淡々と、聖書でも諳んじているように、樺沢の罪を説く。
    「樺沢くーん、お願いだよ。俺困ってんだ。明日食うのも必死なわけよ。少しでいいからカンパしてくれよ。金がねえならガキみてえに親の財布からでも万札抜いてこいよ、バカなりによ」
     じた、じたと足をばたつかせる樺沢はもはや窒息寸前で、そこまでいくとドブは樺沢の頭を離してやり、仰向けに起こして息を吸わせる。それから涎と鼻水まみれで、真っ赤な顔の樺沢の首元をするする撫でて、ランニングシャツを捲って腹をあらわにし、トランクスを下げて、くしゃくしゃの情けない半裸体を作りあげ、まるで少女みたいな笑顔で言うのだ。
    「はい、チーズ」
     わざとらしいフラッシュが樺沢の身体を二度、照らした。ドブが樺沢の目の前に差し出すのは彼自身のスマートフォンで、そこには男性器丸出しで涎と鼻水まみれの樺沢が写っている。
    「あは、よーく撮れてる。なあこれ使ってさあ、樺沢オンラインサロン、第二弾作っちゃおうか?」
     樺沢の目からぼろり、ぼろりと涙がこぼれ落ちていく。ドブがニコニコ、ニコニコと樺沢の腹を撫でる。
    「泣くなよ、男の子だろぉ?」
     樺沢の手をドブが掴む。導く先はスマートフォンで、指紋認証を使ってロックが突破され、ドブか連絡先をうつしている。
    「これでいつでも会えるね、樺沢くん」
     樺沢は泣いている。ドブは上着を脱ぎ、ズボンを脱ぎ、下着を取り払い、樺沢の腹に乗りかかる。食われる、助けて、死んでしまう、と樺沢は目を瞑る。ドブの笑い声が、耳から脳を犯していく。
    「天国見せてやるよ。俺の苦労の一部、分けてやる。俺たちもうオトモダチだぜ」
     樺沢は自分に乗っている、ドブの腰を掴んだ。自分よりも父親にほど近い年齢であるのに、贅肉はついておらず、変わりに薄く割れた腹筋の感触が人指し指と中指の先に感じられ、それがひどく甘い誘惑に感じられる。
    「お前、バカだなあ。そんなに流されやすくて。俺、メンター見つけろって言ったろ。自己肯定しろって教えてやったろ?なあ……」
     自分にはどうしようもないこと、自業自得の結末、報いは必ず返ってくる。樺沢はゆらゆらと腰を揺らしながら、ドブが泣いているのを聞いた。悲しい声だった。その声を聞いていると自分はひどいことをしたのかもしれないと思った。性懲りも無く、他人の感情に流されて、自我もなく、ただ、ただ思った。
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