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    ナンデ

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    何でも許せる人向け 雑食壁打ち

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    ナンデ

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    お前を弔うことが愛

    サラダと癒着

    #ド兄

    お前を弔うことはない 美人薄命と憎まれっ子世に憚るを混ぜて覚えていた、と言うと隣に座っていた溝口は目をまん丸くして「マジかよ」と呟いた。嘲りの色はなかった。目を擦りながら溝口から受け取った香典返しの袋を抱えている大門は、マジかよ、の意味を察することが出来なかった。自分の内から溢れ出る哀しみに溺れていたので。
    「あれさ、俺も混ぜこぜになってたわ」
     だから三年も経ってから、ふと溝口が言い出したのをぽかんとして聞いていた。溝口はスーパーの袋からカニカマとオクラの大根サラダと、鶏肉とブロッコリーのサラダを出しながら、大門に構わず続ける。
    「美人薄命と、憎まれっ子世に憚るが混ざってたってやつ」
    「あ、ああ……?ああ、言ったな、そういや」
    「対義語?なんつーの?逆の意味、みてえな。美人はすぐ死ぬけど、人から憎まれるようなやつは長生きするっつーことだと思ってたわ」
     大門はトースターから食パンを出し、半分にちぎる。歳のいった男二人暮らしの夕食は、健康と手軽さを加味した結果どんどんと朝食染みていく。
    「あーそうだよ。俺もそう意味だと思ってた。それ言ったの黒田さんが死んだ時だろ」
    「そう、葬式に出て関係がバレるのはヤダって言ったお前が、駅前のベンチから動かなくて。喪服まで着たのにさ。お前あのクソ暑い中、二時間も炎天下の中泣きながら、俺を待ってたな」
    「お前が追い返されなかったのも不思議だよ」
    「追い返されやしねえよ。あそこに俺が行って激昂する奴なんざ残ってなかった。お前も行きゃ良かったのに」
     大門は去年、パート先で行われる年に一度の健康診断で、年齢と日々の不摂生を感じさせるような結果が出た。面倒で医者には行ってないが、同居人である溝口には話した。オレたちもう歳だもんな位の世間話のつもりだったが、溝口のほうは大門が思っているよりも真摯に状況を受け止めたようで、それから毎日、欠かさず野菜が食卓に並ぶ。
    「俺さ、黒田さんが死んだって聞いた時、憎んでるやつより感謝してるやつのが多かったんだ、って漠然と思ったんだよ。で、お前を待ってる間スマホで調べたら全然ちげーの。あれって憎まれるようなやつのが長生きするって意味じゃねえんだって、そこで知って」
    「全く同じ勘違いしてたわ。俺ァ最近ラジオで聞いてよ……」
     大門の前には鶏肉とブロッコリーのサラダが並べられる。鶏肉もブロッコリーと言っても、レタスと千切りの玉ねぎのスタンダードなサラダの上に鶏肉もブロッコリーもちょっぴりのっているだけだ。あとは固茹でたまごが半分。
    「あ、ドレッシング取ってくれ」
    「あいよ。飲みもんは?麦茶?」
    「それいつ作ったやつだよ?もうやばいだろ」
    「じゃ、水でいいか」
     冷蔵庫から残りの少なくなった和風ドレッシングを出す。それから自分の分のサラダにかけるマヨネーズも。
    「ほらよ。それ、もうすぐなくなるな。次何買う?シーザーとかにすんの」
    「しねえ。まだ和風のがイイらしいし」
     イイ、というのは味ではなくて健康への影響のことだ。最初は渋々といった顔でサラダを食べていた溝口も、続ける内にどんどんと健康フリークと化して最近では酒も飲まないし、揚げ物もほとんど食べない。元々身体を動かすのも好きな男だったから、出所直後はやつれていた姿も今では徐々に締まった身体に戻っていっている。大門はと言うとそんな溝口を横目で見ながら、勢いよくマヨネーズをサラダの上に絞り出した。サラダの上は途端にマヨネーズの淡い黄色に埋め尽くされて、健康もクソもない食べ物に代わる。溝口はカニカマを箸の先で裂きながら眉をひそめて「意味ねえじゃん」と言う。大門は無視をして、茹でられてパサパサの鶏肉を口に運んだ。元よりスーパーに売られている、安いサラダだ。鶏肉に旨味なんて残っていない。大門は鶏肉を食んでいるのかマヨネーズを舐めているのか分からなくなってから揚げが食いてえなあ、と思う。餃子でもいい。ビールと一緒にアツアツを頬張りたい。
    「そんなんで次の健康診断、大丈夫かよ」
     だからといって嫌味のように大門をたしなめている溝口に「明日はサラダじゃなくてラーメンでも食おう」なんて言えない。いつの間にか言えなくなってしまった。昔は断られても口に出して言っていた。溝口は「えぇ?奢らねえからな?」と言いながら、楽しそうにしてついてきた。昔の話だ。
    「話、戻るけど」
    「おい、戻して逸らすな」
    「はいはい。話、逸らすけどさ」
    「お前さあ……」
     溝口はちまちまとカニカマをつついている。トーストにも何も塗らない。今日は昼に職場の仲間と定食を食べに行って腹が空いていないのだと言っていたから、もしかしたらトーストすら残すのかもしれない。
    「勘違いだって分かって、俺怖かったんだよな」
     ブロッコリーをマヨネーズの海に浸す。ねっとりとした淡い黄色を、作り物みたいにぴかぴかの緑に擦り付けて、舌にのせる。噛んで飲み込むまで、溝口は黙って大門の言葉の続きを待っていた。
    「お前がさあ」
     大門は溝口の顔を見ようと視線を上げた。溝口はなぜだか置いてかれた子どもみたいな目で大門を見ていた。
    「お前みたいなやつがさぁ、長生きするぞってことじゃないんだなって、気付いて……」
     へらりと口角を歪めて笑ったら、溝口は眉を下げていた。大門が今から言うことが何か、分かってるみたいな表情。
    「俺さ、別に健康じゃなくていいんだよな。俺はさ、お前より早く死にたい……」
     大門は今、喪服を持っていない。代わりにサラダにたっぷりマヨネーズをかけて食べる。溝口に黙って揚げ物を食べに行き、酒を飲む。溝口は大門の哀しいわがままをどうにかしたいと思っているが、うまくいかない。愛した男と生きていきたいだけで、泣かせたいわけではないからだ。
    「……そう言うやつはな、長生きすんだよ」
     溝口がサラダを頬張る。しばらくの間、小さな咀嚼音が続いた。二人とも、この話はそれっきりにした。サラダは減っていく。命を続けるために腹に落とした食べ物たちは、美人でも美形でも、若くも強くもなく、もはや憎まれも恨まれも、盲信したりされたり感謝されたり敬われたりもない、平凡で色褪せた二人の恋人の明日になる。明後日になる。明明後日にもなるだろう。
    「……次のドレッシング、シーザーにしといて」
     そうしていつかお別れの日がくるまで、出来るだけくっついて生きていくのだ。出来るだけ、離れないように、くっついて生きて終わりたいのだ。
     大門は頷く。頷きながら明日はやっぱり、この男とサラダを食べることにしようと思った。マヨネーズをサラダにかけるのを止めることはしないが、少しだけ量は減らしてもいいだろう、とも思う。出来るだけ、くっついて生きていこう、最後まで。出来るだけ離れないで、出来るだけ離れないように。
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