白日夢 とある杪夏。
部屋の外が、少し騒がしい気がした。
その日も、双子はいつものように気まぐれに世界を眺めながら、とりとめもなく言葉を交わす。寒くて暗い、極めて無機質な部屋の中は、それでも双子にとって、何人にも侵されることのない理想郷だった──どれだけ世界が、激情に駆られた人々によって破壊されようとも。
双子は、かつてとある科学者が生み出した人間の姿を模した「アシストロイド」だった。──今はもう、まともにその身体を動かすことはできないけれど。
ありとあらゆる人々の怒号を、狂気を、祈りを液晶越しに受けながらも、それでも双子は穏やかに微笑んでいた。人々の号哭は、じっとりと纏わり付く夏の風にするように受け流されていった。
世の中の狂乱から切り離されたここにはただ、ふたりだけ。
*
いつからだったか、天気予報は外れなくなった。天災の類は的確に予見され、大きな被害が出ることは殆どなくなった。人々の間では、とある人工知能の「予言」によって、世界に平穏がもたらされているとの噂がまことしやかに囁かれていた。そしてどうやら、その人工知能は双子らしいとも。
双子の予言は決して外れなかった。
その双子がある日ぽつりと告げた、終末。
「✕✕日後、**が堕ちる。
世界は、そこで──」
*
昼と夜のあわい、黄昏の空が青白い光に侵食されていく。終末を嘆くように染まる空は、あまりにも綺麗だった。
「……**が、降りてきたな」
「……懐かしいような気がするのは我だけか?」
「そうじゃな、我もじゃ。」
「こんな景色は記憶に無かったはずじゃが。我らの記憶媒体もそろそろ限界じゃな。」
「もう長いこと、メンテしてもらってなかったもんねー。」
「ねぇ、01000110 01101001 01100111 01100001 01110010 01101111ちゃん。」
「のぅ、46 69 67 61 72 6fちゃん。」
かつて"スノウ"、"ホワイト"と呼ばれていたふたりの生みの親だった冷たい石を、ふたつの手でぎこちなく握り締めて、そっと寄り添って、きゃっきゃっと無邪気な声で笑い合う。楽しくて仕方がないとでもいうように──N/A年前にも、ずっとそうしていたように。
膨大な記憶(データ)の海から掬いあげた、未だ色褪せない彼と共にあった頃の光景に、ほんの少しだけ、瞼が震えた気がした。合成の琥珀色をした瞳が僅かに翳る。
「ごめんね。」
世界の終わりまで、あと──────
「いいんじゃないですか。もう、夏も終わりだ。」