昼休み 和田課長と鶴見係長だ。
今日は天気が良いので、昼は外で持参の弁当を食べようと会社近くの公園へ向かった私は社内でも何かと有名な二人を見かけて思わず後を追った。自分もその公園のベンチで食べようと思っていたので疚しいことは何もない、と誰も聞いていない言い訳をしながら。
二人は公園入り口にあるキッチンカーでハンバーガーを買っていた。和田さんも鶴見さんもファストフードを食べるイメージが無かったので少し驚いた。
そのまま二人はハンバーガーを手に公園のひらけたところにあるベンチの一つに並んで座って食べ始めた。私は二人からは視界に入らない程度の距離にあるベンチを選んで座った。
二人は揃って食事の前には手を合わせるタイプのようだ。私も自分で作った弁当ではあるけれど二人を真似て「いただきます」と言ってみた。うん、これからはちゃんと言う習慣をつけよう。
鶴見さんは厚みのあるハンバーガーをそれは綺麗に食べていた。持ち方にコツがあるのかもしれない。対して和田さんは時折ソースやレタスなんかを落としては眉間に皺を寄せていた。
そんな和田さんに、鶴見さんはペーパーナプキンを渡して甲斐甲斐しく世話を焼いて上げているようだった。鶴見さんて優しいんだなあと、つい見惚れてしまう。
ん、今日の卵焼きは我ながら美味しく出来た。
しばし二人からは視線を外して食べ進めると、弁当箱はあっという間に空になった。ごちそうさまでした、とまた手を合わせてみた。
和田さんと鶴見さんも既に食べ終わったようだったが、きっとごちそうさまも欠かさなかったのだろう。妙に育ちの良さが滲み出る人たちだ。
ふいに和田さんが立ち上がった。同じように立とうとする鶴見さんを手で制して二人分のゴミを捨てに行っていた。
和田さんも優しいんだなあと、イメージには無かった意外な一面を見た気がした。
私はスマホでネットニュースを見ながら引き続き二人をそっと見守った。
暫くして紙コップを二つ持って和田さんが戻ってきた。食後の珈琲でも買ってきたのだろうか。
鶴見さんの口元は「ありがとうございます」と言っているように見えた。そして少し文学的な言い回しをすれば、まさに慎ましやかな花の綻ぶような笑みを浮かべていた。
いつもニコニコしている鶴見さんだけれど、こんなに自然に溢れた笑顔を見たのは初めてだった。思わず私が赤面してしまう。
対する和田さんも私に負けないくらい耳を赤くして赤面していた。うん、同性でもあれだけ綺麗な顔で微笑まれたらそうなっても仕方がないですよね。
談笑している二人は何だか社内で見掛けるよりとても気の置けない関係のように思えた。職場では立場もあるからある程度は距離を取っているのかもしれないな、と私は一人納得した。
それにしても今日は暖かいな。秋晴れで何とも気持ちの良い日だ。
私は座ったまま全身で伸びをして迫りくる眠気を追い払った。まだ時間があるとはいえ、ここで寝てしまっては昼休みを過ぎても起きない可能性がある。
肩をぐるりと回して再び和田さんと鶴見さんの座るベンチを見た。
和田さんは腕を組んでうつむき加減の姿勢だったので昼寝をしているようだった。手には紙コップを持ったままだったので、鶴見さんがそっと手から持ち上げて自分の分と重ねて体の横に置いていた。
鶴見さんも上向き加減に目を閉じて陽だまりの暖かさを身体に取り込んでいるように見えた。何をしていても絵になる人だなあと視線を外せずにいると、鶴見さんは和田さんの肩に頭を預けて何か呟いた。
(―――さん)
流石に何と言ったかまでは聞こえなかったし口の動きも読めなかった。それにしても親密過ぎやしないだろうか。いや、私が穿った見方をしてしまっているのだろうか。
そのままじっと寄り添う二人を見ていたら、大袈裟かもしれないけれど宗教画のような静謐さと、そして何故か切ない気持ちにさせられた。あまり見つめるものではないな、と荷物を持って立ち去ろうとしたところでパチっと目を開けた鶴見さんと視線が合った。
あ、バレてたかも。
冷や汗をかいて固まっている私に、鶴見さんは相変わらず和田さんにもたれ掛かった体勢のまま、人差し指を口元に当ててシーッという息が聞こえるような仕草をしてみせた。
これは鶴見さんくらいしか似合わないポーズではないだろうかと思いながら首がもげるほど立てに振って意思表示をしてみせた。
うんうん、と鶴見さんが頷いたので私は一礼してから今度こそ公園をあとにした。
どっと汗が噴き出したがこれは小走りしたせいだと自分に言い聞かせて私は会社への道を急いだ。
「何かいいもの見たな……」
誰にも話せないけれど、今日巡り会えた幸運に感謝して午後の仕事も頑張ろうと思った。