真ん中BIRTHDAY 「あれっ、今日って俺とお前の真ん中バースデーってやつじゃない?」
いつもの朝食の時間、突然杉元が言い出した言葉に鯉登は首を傾げた。
「なんだその真ん中バースデーというのは」
「そのまんまの意味だよ。お前の誕生日と俺の誕生日のちょうど間の日」
杉元が意味不明なことを言い出すのはいつものことだが、この見てくれで乙女チックな思考回路をしているのは可愛いところだと、説明を聞きながら思ってしまった鯉登である。
「はぁ、それでどうしたいんだ。またケーキでも買って祝うのか。外食でも構わんが」
「えっ、本当にデートしてくれんの」
「貴様が言い出したことだろう」
筋骨隆々の男がもじもじしながら嬉しそうにしないでもらいたい。可愛いのかたまりかこいつは。
額を押さえながら、自分もついついニヤけてしまいそうになるのを鯉登は何とか堪えた。
「幸い今日はノー残業デーだしな。定時で上がって飯でも食おう」
「やった!俺も死にものぐるいで定時上がり目指すわ」
鯉登が杉元の食べたいものを聞けば、鯉登の食べたいもので良いと言う。
元々食べ物の好き嫌いはない男だが、恐らくこいつの優しいところでもあるな、と嬉しく思いながらも「ではこちらで予約しておく」と平静を装って会話を打ち切った。
*
鯉登が予約していたのは、フレンチでもイタリアンでもなく割烹料理の個室だった。個室ならば畏まる必要もなく、杉元は一日営業仕事で疲れた足を投げ出してひと息ついた。
生ビールで乾杯すると、喉への刺激が心地よい美味さで更に気分は良くなった。
「鯉登に任せちゃったけど、もしかして気遣ってくれた?」
新鮮な刺し身に舌鼓を打ちながら目の前の恋人を観ると、綺麗な所作で同じものを口に運んでいるのが見えて思わず口元に色気を感じてしまう。
(黙ってれば美人なんだよなあ)
「いや、私も食べたかったのは本当だ。年が明けてからこっち、お互い忙しかっただろう。偶にはゆっくり身体に良いものを食べたいところだった」
確かに今月は二人とも残業続きでなかなか自炊も出来なかった。疲労が蓄積しているところに胃もたれを起こしがちな高カロリー食に偏っていたのは確かだ。
(やっぱり気を遣ってくれてる)
杉元は、今朝何気なく自分が口にしたことから今の状況が生み出されていることに感謝した。
*
ほんのり酔って帰宅した二人だっだが、コートを脱いでソファに座ったところで鯉登が杉元に倒れ込んできた。
慌てて肩を支えると、杉元はそのまま膝枕をしてやる。
「シャワーは明日の朝でいっか」
んー、とムズがるような返事をして膝に頬を擦り付けてくる鯉登が可愛くて、杉元は思わず胸を押さえた。
艶のある髪を手櫛で梳いてやると、顔を動かした鯉登がその手を掴んでキスをする。
「何、シたくなった?」
キスしようとしてたのは俺の方だけど、と思う言葉は飲み込んで杉元が笑いかけると、鯉登は顔を赤くして頷いた。
「いやいやどんだけ可愛いんだよお前は」
「可愛いのは杉元の方だろう」
拗ねるような顔つきで言い返して来る鯉登がまた可愛く思えて、杉元は寝転んだままの相手を抱き起こしてソファに押し倒す。
「次のお前の誕生日は、家でゆっくり過ごすのも良いかもな。いや、温泉で過ごすのでも良い」
「鯉登がしてくれることなら何でも嬉しいよ」
耳朶に舌を這わせながら杉元がそう返すと、鯉登は納得の行かないような顔をして見せた。
「希望はないのか。せっかくお前を祝う日なのに」
「いや、もうなんか十分幸せ過ぎて本当に何でも嬉しいんだよ」
自分のスーツを脱がせにかかる杉元が目尻を下げて笑うのを見て、鯉登は顔が爆ぜそうなくらい照れてしまった。
「……私もだ」
絞り出せただけでも快挙だ、と鯉登は自分を褒めたくなる。
キスを落としてくる顔がまた整い過ぎていて腹が立つ。
杉元が与えてくれる日常が愛おしいのは自分も一緒だと、自分を抱く男の誕生日には言えたら良いと願わずにはいられなかった。