いつか(レイver)「紫担当は、サクヤ!」
がしゃん、と音がして、目の前が暗くなった。耳に届くグランツたちの声をどこか遠くの方に感じながら、その一言を噛み締める。
ほんの数メートル隣に向けられた眩いスポットライトは、自分を照らしていない。このほんの少しの違いが、己と彼の絶対的な差を見せつけられているような気がした。レイは、すぐ横に立つ、けれど遠いところにいるライバルに視線を向ける。銀と紫の紙吹雪がひらひらと舞う光の中で、サクヤが立っていた。光に照らされたその額に滲む汗が、眩しかった。
「サクヤ」
眩しい光の中で、サクヤが振り向く。歓喜に震えて涙の滲んだ瞳がこちらを向き、少し幼子のように瞳を曇らせた。ああ、この男はやはり優しい。
悔しさはもちろんある。デビューしたかった。このステージで、自分を応援してくれたファンに返したかった。二人で高め合う素晴らしさを知った。一人では辿り着けない、グループとしての良さを知ったからこそ、サクヤにだけは負けたくなかった。
「おめでとう」
悔しさも悲しさも全部ひっくるめた、心からの言葉だ。レイの言葉に、なぜかより一層涙を滲ませ何か言いたげなサクヤが、苦しそうに言葉を飲み込んだ。
「レイがライバルでよかった」
「ああ。私は、お前の一生のライバルだ」
光に照らされたまま、センターステージに向かって歩き出したサクヤが遠ざかる。彼の言いかけた言葉を、言わずとも分かっていた。
サクヤもレイも愛し合っていた。傲慢ではなく、真実だ。しかしそれを言葉にしなかったのは、いや、できなかったのは、ひとえにサクヤのためだった。いつだったか、「好きだ」と口にしようとしたレイを止めたサクヤは、迷子の子供のように、不安げな瞳をレイに向けていた。「待って」とこぼした言葉は、少し震えていた。無理矢理にでも言っていれば、何かが変わったのかもしれない。それでも、いつかサクヤが踏み出してくれると信じていた。信じていたかった。だから、言葉にしなかった。
サクヤには、自分の持てる愛を捧げた。誰か一人をこんなにも愛したのは、恋をしたのは初めてだった。恋の苦しみを知った自分はもう戻れない。今からでも、戻れるなら戻りたい。こんな苦しみを、これから先もずっと引きずって生きていくのなら、知らなかったころに戻りたい。
もし、インターナートでの日々がこれからも続いていたなら。いつかもう一度、好きと言う日が来ると思っていたのに。
しかし、これが結末だ。これが、私たちにとってのエンディングなのだろう。
まだなにも始まってもいない。微睡のまま、自分たちは物語を始めようとしなかった。明確な恋を始められなかった。サクヤの愛に甘んじて、自分は劇的でロマンチックで、傷つくことを恐れないような、そんな恋をしようとしていなかったのかもしれない。
それを後悔しても、今となってはもう遅い。
センターステージに立つ彼を見上げる。暗いこことは天と地ほどの差がある眩いステージに立つ、愛する男を見つめる。
「サクヤ、おめでとう」
小さな声で呟く。こちらに気づいたサクヤが、優しい笑みを返す。サクヤのパフォーマンスが、レイは本当に好きだった。
もう、私から言えることはない。ただ一つ、わがままを言うのなら。
「また、いつか」
いつか、お前から好きと言ってほしい。