いつか(サクヤver)「紫担当は、レイ!」
歓喜と悲鳴の混ざった声が客席から上がる。ステージの周りを囲む観客たちは、そのたった一言を様々な感情で受け止めていた。
サクヤは、それを薄暗いところで聞いていた。ほんの数メートル隣に向けられた眩いスポットライトと対照的に、照明のないステージは奈落のように暗い。スポットライトからこぼれた光が、サクヤの表情を薄く照らしていた。しかし、その足元は真っ暗だ。サクヤはその薄暗いところから、見上げるような気持ちで彼に視線を向ける。銀と紫の紙吹雪がライトに当たってチカチカと眩しい。その眩しさと声の真ん中に、レイが立っている。
「レイ」
眩しいステージからレイが振り向く。光の中で靡く髪が美しい。ああ、やっぱり彼はライトの下が似合う。
悔しさはある。デビューしたかった。14人で過ごした時間も、レイと共にライバルとして過ごした時間も、自分にとってかけがえのないもので、だからこそ光を手にしたかった。光に向かって手を伸ばして、掴みかけたそれがほんの一瞬の差で手を掠めた。
「おめでとう」
選ばれなかった暗がりから微笑みかける。心からそう言えた。サクヤのその言葉に何か言いたげなレイが、言葉を飲み込んで微笑みを返す。
「お前がライバルでよかった」
「俺も。レイと戦えて、幸せだった」
光に照らされたまま、センターステージに向かって歩き出したレイが遠ざかる。彼の言いかけた言葉を、言わずとも分かっていた。
レイに、愛されていると感じていた。自分もレイを愛していた。それを言葉にしなかったのは、崩れてしまうことが怖かったからだ。言えばもっと先に進めるかもしれない。でも、言わなければ今のこの微睡のような関係のままでいられる。そんな怯えが、サクヤの足を踏み留めさせた。レイが言葉にしようとするたびに、情けない自分は逃げていた。言葉にできない代わりに、できることはなんだってした。与えられる愛は惜しみなく捧げた。声に出せない臆病な自分が隣で愛することを許されたかった。
初めてだった。こんなに臆病な自分を知ったのも、恋に後悔をしたのも。今からでも、戻れるなら戻りたい。あの時、俺が「好きだよ」と言っていれば。俺に踏み出す勇気があれば。それがあれば、今こんなに苦しくなかったのかもしれない。
もし、インターナートでの日々がこれからも続いていたなら。いつか好きと言う日が来ると思っていたのに。
でも、これが結末だ。これが、俺たちにとってのエンディングなんだ。
俺が、始めようとしなかった。レイと二人で生きていくことを、レイに全てを捧げることを。なんなら、序章にすら立てていなかったのかもしれない。それを後悔しても、今となってはもう遅い。
センターステージに立つ彼を見上げる。手を伸ばしても届かない光り輝くステージに立つ、愛する人を見つめた。
「レイ、おめでとう」
届くはずのない小さな声で呟く。なのに、レイがこっちを見た。サクヤに見つめられていることに気がついたレイは、美しい笑みを返す。
もう、俺からは言えないから。もし一つだけ、願いを聞いてくれるのなら。
「さよなら。またいつか」
いつか、貴方から好きと言って。