【グレ場地×反社千冬】君の知らない物語 ① -I've seen you from many ang「ふぅ…」
とため息をつき、松野千冬は椅子の背もたれに背中を預け、窓の外を見た。
部屋の時計はてっぺんを越えており、深夜なのか明け方なのか曖昧な時間だった。窓の外はそこここに明かりがともり、渋谷の街は不夜城のごとく輝いていた。
「あれ?松野さんまだ居たんですか?」
部屋の扉が開き、武道のお気に入りの舎弟が顔を覗かせた。
「あぁ、書類が終わらなくって。」
デスクの上に積み重なった紙の山を見つめた。
「大変っスね。俺にはムリっスわ。松野さん意外とこういうの得意だったんっスね。」
と彼は言った。彼は東京卍會が暴走族だった頃からの舎弟だった。彼は書類をペラペラとめくっていた。
「おい、あんま見んな!まぁ、やんなきゃ仕方ねぇだろ。そういえばタケミっちは?」
俺の相棒、花垣武道。元壱番隊隊長。ここは彼の家、つまりヤサというやつだ。一等地のタワーマンションの最上階。
「あー、奥の部屋でぐっすりっス。俺、今日ココの当番なんで、松野さん帰っても大丈夫ですよ。」
彼はとってもイイヤツで、気配りをしてくれた。
事務所も一応、構えてはいたが、機密レベルの高い書類はこのタワマンぐらいセキュリティーがしっかりしている方が安心できる。それに事務所には半間や元黒龍のやつも顔を見せるからだ。
そして、護衛として彼のように信頼の置ける人物を常時、武道のそばにつかせることにしていた。
俺は書類に再び目を落とす。
株を買っている会社の動向、不動産の売買、地上げなんかのヤクザまがいの仕事の数々、その他、犯罪行為の依頼など。稀咲の言いなりになるのは癪だったが、立場を失う訳にはいかない。
九井をはじめ、元黒龍たちの足元にも及ばない上納金だったが、東卍側としては不動産を生業にしているパーちんたちよりも多く納めていた。
喧嘩に明け暮れた学生時代を送っていたが、意外にも事務所を回してくことや事務作業なんかに向いていたことがわかった。武道なんて、パソコンの前に座っているのも苦痛そうだった。
ただし、自分はあくまでもサポートという立場を崩さなかった。
書類を目で追っていたが、まるで集中力が続かず、瞼が重くなってきた。
「やっぱ、後のこと頼むわ。俺、マンション帰るわ。」
俺は背もたれにかけていたジャケットをとり、立ち上がった。
「了解っス!あ、雨降ってきてるんで、傘持っていってください。」
「ありがとな。じゃあ、タケミっちヨロシク。」
「お疲れ様です!」
彼に見送られて武道のマンションを出た。
豪華なエントランスを出ると、空は鈍色で大きめの雨粒が落ちてきていた。
電車などはとうに終電を終えていた。
俺のマンションは武道のマンションからほど近い。繁華街を通ってその先といった感じだ。徒歩で簡単に行き来ができる。
武道のマンションが大体の集合場所になっていて、武道の同級生などもよくそこに顔を出していた。
俺もほとんどそこにいて、書類も置いてあるので、自分の家には帰らず今日のように遅くまで作業をしていることが多かった。
「あ、っと…」
自宅へと無意識に歩き始めて、飲み物すら冷蔵庫にないことに気づいた。コンビニは家路とはちょっと外れたところにあるのだが、仕方なくそちらへと向かった。
「オラァ!舐めてんのか!」
雑居ビルの並ぶエリアの方から物騒な声が聞こえてきた。
しかし、コンビニはそちらの方にあった。
面倒だなぁ、と思いながらスルーして通れればいいか、と思い向かっていった。
メインの通りの奥にあるビルとビルの合間の路地で暴走族っぽい少年たちが一人の少年をリンチしていた。
しかし、少年はその人数に怯むことなく相手を殴りつけていた。
「あ…」
暗がりでよく見えないが、その戦い方が懐かしいあの人を思い出すような雰囲気だった。
あの時だったら、脇目もふらず突っ込んでいっただろう。
自分は組織に属していてはるかに物騒なことをやっている人間なのに、「怖ぁ…」
と思いながらその場を立ち去った。
雨脚がだんだん強くなり、地面を踏みつける靴からはピチャピチャと音がたち始めていた。
コンビニに着くと、ミネラルウォーターにビール。あたりめや弁当やらを入れていった。そして無意識に絆創膏をカゴに入れていた。
「強くなってる…」
会計を終えてコンビニを出ると空を見上げた。重くかかった雲はしばらく晴れそうになかった。
同じ道を引き返す。彼はまだあのままだろうか?止めてやりたいけど、そこまで深入りするのは怖い。と一般人っぽい思考で向かう。
路地の方からは声がしなくて、鎮まり帰っていた。
通り過ぎるふりをしながら路地を覗くと、一人で戦っていた少年がビール瓶のケースの上に座っていた。
口元も変色がはじまるくらい殴られた痕があったし、服も汚れていたし、打身はたくさんありそうだ。
俺は彼に傘を差し出した。自分の肩が濡れてしまったけれど、今、彼のことが放っておけなかった。
「勝ったんスか?負けたんスか?」
多人数対、彼、妙にケンカの行方が気になってしまった。
「勝ったに決まってんだろ?」
と彼は睨み返してきた。
「でもボロボロっスね。」
致命傷は受けてないっと言ってもここまでボロボロだと説得力がないだろう、と俺は心の中で笑った。
近くで見て見ると本当に「場地圭介」に似ている。一人でも暴力にも権力にも屈しない人。いつも黒髪の場地とは違い前髪を金髪に染めている彼はワイルドで少しスレている。
俺は買った絆創膏を見つめるけれど、それでは足りないだろうと思った。湿布とかが必要そうだ。
「君、一緒に来ないっスか?」
「あん?」
怪訝な顔をする彼。
「俺のマンションすぐそこだから、怪我の手当させてよ。」
と絆創膏を見せる。
「ここにいても雨に濡れるだけだし。補導されちゃうだろうし。」
時間も時間だ。この辺りは警察のチェックも厳しいので、すぐに声をかけられてしまう。
チッ、と彼は舌打ちをして「行く」とだけ言った。
男が二人して相合傘をしているのも変な感じだが、少しの距離だったので、あえて新しい傘は買わなかった。
年齢を聞いたわけではないが、場地似の少年は中学生ぐらいだろう。
俺はどうしょうもなくあの頃のことを思い出してしまう。
繁華街をすぎると割と静かな住宅街。武道の家と違い、リーズナブルな家が多いエリアだった。
「あそこっス。」
と自分のマンションを指差す。
「そうなんだ、意外。」
彼はそう言った。
「そうっスか?」
「だって、そのスーツとかさ…このマンションに住んでる人間が着るやつかよ。」
指摘通り、家賃とスーツ代は逆って言ってもいいくらいだろう。
「ここは、たまに寝に帰るだけだし。」
と俺は苦笑した。本当にその通りで、忙しくて武道のマンションや事務所で過ごす時間が長い。冷蔵庫にも何もない始末だし。
築年数も古くて、オートロックとかなんかついてない普通のマンション。ここで自分は十分だと思っていた。
ただ、タケミチが元壱番隊隊長なんだって東卍のみんなに見せつけるためには俺自身も高級なスーツに時計、身なりは常に気をつけていなければなかった。
なので家賃より今日のスーツの方が高いかもしれない。それなりに稼いでいるので、別に節約するという理由ではなかった。
本来はここであっても他チームなど敵対組織のことを気にして出入りしているが、相手が相手ということもあって心が緩んでしまっていた。
ここに引っ越してきてから初めての来客だ。
「ん、じゃぁ、入って。」
鍵を開けて彼を招く。
「寝に帰るってマジなんだな。なんもねー。」
部屋をキョロキョロと見回す彼。
横柄な彼にこっちの方が自分の部屋なのに緊張してしまう。
「まぁ、入ってよ。傷痛いかもしんないけど、シャワー浴びとく?」
と俺は聞いた。さんざん地面に倒されたのか、髪も服も汚れがひどくついていた。
雨ということも相まって肌にも服にも泥がついていた。
「服も何か用意するからさ。」
訝しげにこちらをみるけれど、彼は自分の服を見回して「まぁ、じゃあ。」とだけ言った。
そのまま返す訳にもいかないので、洋服は洗濯機に回した。
服、服、と思ってクローゼットを開ける。彼は俺よりも少し背が小さかった。俺は中学生の頃よりも身長が伸びていた。俺の服ならなんでも入るだろうと思い、ラフすぎてあまり着ていなかった洋服をチョイスして脱衣所においておいた。
「服、ありがとな。助かった…」
と彼が俺の服を来て少し落ち着かないような雰囲気で風呂場から出てきた。
「よかった。着れたっスね。」
そして、救急箱を取り出し彼の患部を見ながら手当していった。喧嘩なんてしょっちゅうだったから、手当は慣れている。
彼は大人しくされるままになっていた。
「これでよし。さて。俺、これから飯食うんだけど。」
彼をリビングに残し、自分はキッチンに向かう。自炊しないから簡素なものしか置いていない。
「お、マジ?俺もお腹減ってるわ。」
買ってきた弁当をよそに俺はキッチンの棚をあさる。確かここにあったはずだ。
「よし、あった!」
棚の中からペヤングを取り出した。たまに食べてはいるが、前よりは頻度が落ちて、ここ数ヶ月は食べてなかった気がする。
「ペヤング、どうっスか?」
彼にパッケージを見せて聞いてみる。
「いいぜ。でも弁当はいいのかよ。」
リビングのローテーブルに置かれたコンビニの袋を探りながら、彼は言った。
「うーん、ペヤングのがいいっス。」
俺は棚を再度、見てみたが、ペヤングはこれ一個しかないようだった。
「一個しかないっスから、半分こでいいっスか?」
懐かしいフレーズだ。
「半分こな、いいぜ。」
彼は先ほどまでの尖った表情でなく少し笑顔を見せた。
ペヤングの具材は麺の下に入れて、と美味しい作り方を慣れた手つきで作る。携帯でストップウォッチを起動。お湯を捨てるタイミングは実は秒単位で決まっている。
かつて実験したことを懐かしいなと思い出す。
「うっし、完璧。」
ソースを絡めて完成。割り箸を二本持ってローテーブルに戻る。
「よし、じゃあ半分こは一口づつな?」
彼が言って先に手を伸ばす。「どうぞどうぞ」と俺は差し出した。
「なー、君、学生でしょ?名前は?」
家に呼んでおいて今更な質問だ。
「場地圭介。中学生、なんか悪ぃかよ?」
「いや、別に…俺は松野千冬な。」
名前を聞いてしまって、少し震えるような思いがした。
「千冬か。職業当ててやろうか?ホストとかだろ。」
ニッと笑う彼の表情。いたずらっ子ぽくてとても懐かしい。
「まぁ、そんなとこっスね。」
中学生に今の自分について本当のことを言えるわけがない。
「でも、家がせめぇから、指名とかされてねぇんだろ。」
「俺、結構、女の子にはモテるんスよ?馬鹿にすんな!」
ははは、と笑いが起き、久しぶりに楽しい食事になった気がした。
客人であり怪我人である彼をソファーで寝かせる訳にもいかず、ベッドを譲って就寝した。
ソファーに横になり、毛布をかけると、頭の中は場地のことでいっぱいになっていた。
彼のことを確かめようにも俺たちが住んでいた団地はあれから数十年経っていて老朽化とのことで、取り壊されていた。
俺の母親も別の小さなアパートに引っ越していた。場地家についてはその後を知らない。
墓参りは毎年行っている。あるはずだ、と思っても彼と会ってしまった今は見に行くのが怖い。
神話にハマった時に見ていたオカルト雑誌にドッペルゲンガーという現象があると掲載されていたが、そういった類の不可思議なことが怒ってるのだろうか?
混乱したが、確かに面影は彼そのものなのだ。
俺は「場地」と名乗る少年を自分の知っている「場地圭介」として認識することにした。
「場地さん…」
つーっと涙がなぜか伝う。
その日の夢には場地とバイクで駆け抜けた日々が夢に出てきた。
もう、長いこと思い出すことはなかったのに。
ルルルルー
携帯電話の着信音が長いこと鳴り、俺はハッと目を覚ました。
目元が腫れぼったいと思い、擦る。
スマホの表示画面を見て、慌てて電話に出る。こいつからの電話は嫌なことの知らせだ。
「どうした?…え、ケンジが刺されたって?うん、うん、今から行く…」
やっぱりとんでもない知らせだ。
飛び起きてスーツに着替える。
「今の電話…」
場地が起きていて、俺に声をかけてきた。ヤバい、内容聞かれた、と思ったけれどしょうがなかった。そして時間がない。と、いうか明け方に寝てしまったせいで、もう十一時になっていた。
「カギ、これで閉めといてくださいっス。あとはポストに!」
と鍵を手渡す。こんなこと滅多にしないが、彼ならいいと思った。
「ん?てかばじさ…えっと、君、学校は?」
今の年頃ならガリ勉スタイルで勉強に勤しんでいるはずだ。
「んなもん、しばらく行ってねぇよ。オラ、早く行けよ。」
場地が促した。「学校に行ってない」そのことがショックだった。
「遅刻でも今日は学校行ってくださいね!」
そう言い残して部屋を出た。「場地さん、今のあなたはろくでもない道を歩みそうですよ…」と心の中で思った。
続く