お留守になった僕の手に「類……演出家を少し休んでくれないか?」
司くんが、僕を真っ直ぐ見つめて言った。
突然のことに頭が追いつかない。ヒュ、と短く息を吸い言葉に詰まる。
「……ダメか?」
静寂を破って、追い討ちをかけられる。
ショックでどうにかなりそうだけど、このまま黙っている訳にもいかない。
「なんで……そんなことを言うのかな?」
小さく震える声しか出ない。泣いてしまいそうだ。
「さっきまで一緒に楽しくショーの話をしていたじゃないか。どうして……」
「ご、5分でいいんだ!」
僕が言い終わる前に、司くんが声を被せた。
「……え?」
「その……つまり……5分だけ、演出家を休んで、こっ恋人の時間をとってほしい……んだが……」
頬を染めながら、おずおずと話を続ける。
「せっかく、類の家で2人っきりになんだぞ……ずっとショーの話だけしていつも通りに過ごしたら……恋人になった意味がないだろう……!」
「……!」
予想外の展開だ。
確かに、僕たちは1週間ほど前に両想いになってから1度もそれらしい空気になったことがなかった。
告白が成功して、ハグをして…その日は手をつないで一緒に帰って。あんなに甘い空気だったのに、翌日からは普段の距離感に戻ってしまったのだ。
まさか司くんがこんな提案をしてくれるとは思っていなかった。
「……ふふっ、その通りだねぇ。僕も、司くんと恋人らしいことをしたいと思っていたんだ。」
「類……!」
勢いよく顔を上げてキラキラの笑顔で喜んでくれる。ああ、好きだなぁ。
「じゃあ、そのペンを机の上に置いてくれるか?」
「え?ペンを……これでいいかい?」
「ああ!!」
次の瞬間、お留守になった僕の手にするりと司くんの手が潜り込む。
「こ、恋人つなぎってやつは……これで合っているだろうか……」
指と指が交互にからまる。正真正銘の恋人つなぎだ。
「あ……ってる、んじゃないかな……?初めてだからよく分からないけれど……」
緊張して、なんだか手が変な角度になってしまうし、少し手汗もかいてきた。どうしよう。嬉しいな。
そのまま無言で手をにぎにぎしていると、ちょうどいいポジションに収まった。ぴったりと隙間なく指がくっついて気持ちがいい。
「よ、よし!5分たったな!!」
「わぁっ!」
司くんが勢い良く手を離そうとするから、慌てて追いかける。
「待って待って!もう終わりなのかい?!」
「ああ!オレは満足したぞ!」
「僕は満足してないんだけど!」
身体を寄せて、もう一度しっかり繋ぎ直す。
「る、類、離してくれ!心臓がバクバクして止まらん!」
「離せない、君が先に手をとってくれたんだろう!」
たかが手を繋ぐだけでこんなに必死になるなんて、自分でも不思議だ。でも、この機会を逃したくなかった。
「……今日は、このままがいいな。」
「うっ……そうやってあざとい顔をすれば、何でもかんでもオレが言うことをきくと思っているだろう?」
別にあざとい顔をしているつもりはないけれど、このままいけば司くんは折れてくれそうだ。
「ダメかい?」
「……っ!ダメではない、ぞ……」
やった!相変わらず押しに弱いところは心配になるけれど、そんなところも司くんの魅力のひとつだ。
「ふふ、湯気が出そうなほど真っ赤になってるね。」
「それは類も同じだろう!」
「司くんほどじゃないよ。」
「ほとんど変わらん!鏡を見てみろ!」
差し出された手鏡を見てみると、確かに同じくらい赤い顔をした僕と司くんが映っていた。