Paraphiliaポタリ、ポタリと水が垂れる音が小さく耳に届く。床に敷かれたカーペットのすぐ横、業者が先日綺麗にワックスをかけていたフローリングに落ちるそれは、オレの縛られた四肢から落ちる汗だった。
鬱血しそうな四肢に少しでも血を送らないと動かなくなる、肘にも膝裏にも汗が溜まって気持ち悪い。身動くと途端にさらに食い込むベルトは体を押さえ付けて、座らされたと言えば聞こえはいいが、雑に「置かれた」体はソファからずり落ちそうになって正面に座る男を睨みつけた。
手足を折り曲げて、拘束されながら、下着とオーバーサイズのシャツのみで居るオレの姿は他の奴から見ればさぞ滑稽なモンだろう。しかしコイツは———灰谷蘭はうっとりと、トランス状態に入った様に、恍惚とした表情で見つめてくるだけ。
「おい…そろそろ解けよ」
「んー、んん…もうちょっと」
帰ってくるのは聞き流す生返事。一切触れずに膨らんだ股間のブツは下着とスラックスに抑え付けられて痛いくらいだろうに、それを放置してじっと視線をオレの手足に向けてきている。
『アクロトモフィリア』
アポテムノフィリアにも属するだろう灰谷蘭は、時折オレの手足を縛っては肘や膝だけで身動きする姿を見てその欲求を解消させているのだろう。
「どっかのオンナでやれよ…オレの手足ブッ潰したら殺すからな」
「商売女でしたら困るのはオマエだろ?だから縛るだけで“我慢”してんだのに…あーあ、ガチで達磨だったらめちゃくちゃ興奮するのになぁ」
今でも完全に勃起してんじゃねぇか、とツッコミを入れたくなったがそれを言ったらコイツは欲求を抑えられずに襲ってくるのは既に身をもって体験しているから何も返せなくなる。コイツの異常な性的衝動も、革張りのソファに汗ばんだ素肌が擦れる不快感も、そろそろ手足の間隔が薄くなってきている事での不快感も、一発ヤれば治まるけれど。“我慢”というタガが外れた場合は一回だけじゃ済まないハズだ。
だから、だからさっさと素直にヤればいいのに。
“我慢”出来るままで、ヤりたくなるように。
“オレから誘ったテイ”にしねぇと手を出せないヘタレ異常性癖者に、痺れた足を開いて汗で張り付いてしまった下着を腰を動かしてわざわざズラしてやる。目の前で舌なめずりをするヤツは「待て」をされた犬みたいに笑顔のままでオレの次の行動を待つ。
「脱がせ
「兄貴~三途~九井が呼んでる」
て、と続く言葉を遮った扉の開閉音と共に灰谷蘭と良く似た顔が覗いてきた。
案外早かったタイムリミットに、すっかりその気を削がれたのと同時にベルトの食い込みの傷みを強く感じて睨みを利かせた。
「行くからコレ解け」
「はいはい、女王様の仰せの通りにー」
ふざけた態度で手際よく拘束具を外していく蘭の股間は弟の登場で萎えてしまったらしい。漸く解放された四肢に堰き止められていた血液が一気に回っていく感覚は何回やっても慣れはしない。ジクジクとした痺れも、ドクドクと血の巡るのも、両方。
ソファから立ち上がろうと足を下ろして力を入れたつもりが、上手く入らずに竜胆の胸に倒れ込んだ。支えられたまま腕を取られて肘に溜まった汗を紅い舌が這う。その感覚も慣れないもので。
「着替えたら行くぞ」
「帰ったらオレも混ぜて」
目の前から、背後からの声に小さく舌打ちをしてもごもごと「他のオンナにすりゃいいのに」と口籠る。
そら、何百回も聞いたセリフが飛んでくるだろう。
「そうしたら困るのは三途だよ」
知ってるよ、オマエらがマイキーを“王”にしてねぇのは。
黒川イザナ以外に“王”と認めてないコイツらを梵天に引き留めているのは『自分達の欲求を満たす為』にオレを使っているだけだってこと。
それが守られなくなったらきっと、マイキーを裏切ってどこかに行くんだろ。マイキーの為に、オレの“王”の為なら、オレの身体くらいならくれてやるから。
「さっさと“仕事”済ませるぞ」
これでいいんだよな?オレは今日もマイキーの役に立てているよな。