こたつを買ったけれど、使うのはもっぱらフロイドだけだった。アズールは、そんなものを使っていては精神が堕落します、と言って、頑なにチェアかソファに座ってブランケットを膝に掛けていた。そんな会話をしながら、ちょっとぐらいだらけたっていいと思うんだけどなあとフロイドは考えた。だから、買い物から帰ってきたとき、リビングのドアを開けたら、こたつから抜け出そうとするアズールと目があってしまって、フロイドはとっても嬉しい気分になった。
「アズール出ないで!オレ今手洗ってくるから、一緒に入ろぉ!」
「いや、ちが、これはっ!違うんです!」
フロイドだって、嫌がるアズールに無理矢理を強いることはしなかった。けれど、アズールが内心ではそう思っていないのなら話は別だ。
フロイドが手洗いとうがいを済ませて戻ってきたとき、ソファの隅にクッションを抱えて座っていたアズールを大きな腕で捕まえたフロイドは、そのままアズールを抱えて床に下ろし、こたつ布団の中に引き摺り込んでしまった。
「くっ……暖かい……!」
「いーじゃん、もう今年やり残した仕事もないんだしさ。こーやってゴロゴロしてよ?」
大学に入ってから、アズールは勉学とサークル活動の他に、学生で経営するカフェの運営を始めた。アズールのセンスで作られたカフェはたちまち話題となり、今では学外からの客も多い。
ただ、カフェが有名になるのに比例して、アズールはとても忙しそうにしていった。フロイドはそんなアズールを少しでも支えたくて、アルバイトという形で何かとアズールの世話を焼いた。どうせ同じ家に住んでいるのだから、報酬なんて要らないとフロイドは言ったのだが、アズールは聞かなかった。結局、当初半々にする約束だった家事全般をフロイドが引き受ける代わりに、フロイドは幾らかのアルバイト代を受け取ることになった。フロイドは不服だった(別にお金が欲しくてやっている訳ではないのだから)けれど、こういうことに関するアズールは双子がびっくりするくらい頑なで折れないのを知っているので、フロイドは今月もアルバイト代を貰っている。
そんな忙しいアズールも、年末年始の休暇で束の間の休みを楽しんでいる。ただ、それでもフロイドには一つ、引っかかることがあった。
「ねえアズール、本当にウチ帰らなくてよかったの?ジェイドきっとすげえ会いたがってるよ」
今、アズールとその夫のフロイドは、アズールが通う大学の近くにマンションを借りて暮らしている。フロイドの兄弟にして、アズールの愛人(世間的にはそういう呼び方になる)であるジェイドは、リーチ家で家業を継ぐために色々な仕事をしているらしい。らしい、というのは、アズールは一年の終わりの春休みに帰省して以来、義実家には帰っていなかったからだ。
二年に進級し、カフェの運営を始めると、いついかなるトラブルが起こるか分からない以上、責任者であるアズールは長く家を空けようとしなかった。でも、年末年始はカフェだってお休みだ。ちょっとくらい顔を見せに帰ればいいのに、とフロイドは思わざるを得なかった。特に、片割れのことを考えると。
けれど、その話をするとアズールは決まって、いたずらっぽい笑みを浮かべて「僕も帰りたいのは山々ですが、今はまだ、その時ではないので」と言うのだった。フロイドはアズールが何を企んでいるのかは分からなかったけれど、きっと何か楽しいことなんだろうとフロイドは思う。だから、いつか「その時」が来るのを楽しみに待っていた。
それに――お預けを食らっている兄弟には悪いけれど、今はフロイドが手を伸ばせばすぐ届くところにアズールがいる。
「ひゃ、くすぐった……なんですか、もう」
アズールのうなじの、剃り上げているところを撫でれば、アズールは身体を震わせてくすぐったがった。けれど、逃げてはいかないで、ちょっと上目にフロイドを見つめるだけ。愛しい人に愛されるって、こんなにも満ちているんだな、とフロイドはその時知った。
「ねえアズール、ぎゅーってしたい」
「いいですよ、ほら」
アズールは無防備にフロイドに自らを差し出した。フロイドは細い身体に腕を回して抱き締める。
「フロイド……ねえ」
「うん。足りないでぇす」
全く、というふうにアズールは息を吐いた。それでもアズールは逃げないで、フロイドに身を委ねている。フロイドは滑らかな頬に啄むようなキスを落としながら、兆し始めているところをアズールに擦りつけた。
「ちょっと、お前。まさかここでするんですか」
「ええ〜?だって、せっかくアズールがこたつに入ってくれたのに、出たくないもん」
「……むぅ」
アズールは頬を膨らました。けれどそれ以上の抵抗はない。これはお許しが降りたということだ。
「ラグは汚さないでくださいね」
「んぇえ〜?それはアズールが頑張るやつじゃね?」
「う、うるさい!」
フロイドはするりとこたつ布団を抜けていった。暖かいのにどこか物足りない、早く帰ってきて欲しいと思いながら、アズールはバスルームからタオルを引っ掛けてくるフロイドを待った。