君にあげる薬はない01.プロローグ
立秋。まだ、カレンダーでは盆前だというのに、暦ではもう秋を迎える。毎日、好天の日が続く。好天といえば聞こえは大変良いかもしれないが、今世の夏の好天とは心地良いものではない。毎日釜茹で地獄かのような暑さで、向日葵は空を見上げるのが億劫になってしまうほどだった。
夜空に踊る美しい花火も、蚊取り線香の匂いも、エアコンも、夏の風物詩と謳われるものは全て嫌いだというそんな男がいる。
…五条悟。彼は、ピアニストだ。優れた容姿とその長い指が紡ぐ旋律が美しく日本でも指折りの有名なピアニストである。今では彼のコンサートは人気で数ヶ月先のチケットが取れないほどだった。
そんな五条は、数日前に横断歩道を歩いていた所を急に左折してきたバイクに巻き込まれ、事故に遭い右腕を骨折をしたのだ。ピアニストにとって腕の骨折は大変なことだが、生身の身体にバイクが勢い良くぶつかったのだから、右腕骨折のみで済んだのは不幸中の幸いだった。
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