「君の歌」 ボルト時代モーガン+ベネット、シリアス小説「楽器を弾いてみないか?」
返事の代わりにぱちぱちとした瞬きを繰り返す。
手にしていた訓練銃を下げ、眼鏡の青年ははてと首を横に傾げた。
「なんで」
俺は借りてきたギターを持ち、パイプ椅子に腰を据える。
「音楽は、言葉にできない心の声を外へと連れ出してくれる…らしい。」
足を組み弦を弾き、妻から聞いた言葉をそのまま口にした。
勧められるままに覚えた旋律をかき鳴らす。
彼女の緑色のジャンプスーツが俺の隣に並んだ気がして、瞼を伏せた。
人付き合いは苦手だった。
軍内、仕事の仲であれば問題無く会話は出来る。だが、急にプライベートに踏み込まれるとどうして良いか分からない。
この前射撃訓練を受けにきたご婦人に、恋人の有無をやたらと聞かれた。
どうやらボルト内にいるフリーの女性と俺をくっつけたいらしい。
正直に伝えた。
妻は地上に置いてきました、と。
ご婦人はすぐに謝ってくれた。
彼女に悪意は無い。それが一番辛かった。
ベネットには彼女のような善意が無い。
それどころか俺に対して興味があるかすら怪しいところだ。
だが、俺にはそんな無関心が心地良かった。
しかし、そのせいで俺がご婦人のようなお節介を焼く事になったのは皮肉ではあるのだが。
ギターの音色にベネットが灰色の瞳を伏せる。微かに眉を下げ、何かを思い出しているようだった。
「俺、ギターは弾けないよ。」
「ギターで無くても良いさ。
他の楽器でも…そうだ、歌でも良い。」
「歌なら歌える。」
意外な答えだった。
何の曲かと伝える前にベネットは深く息を吸い込み、聖歌を歌った。
覚えがある、降誕祭で聞いた曲だ。
歌い慣れているらしい。
高音こそ掠れるが、正確な音階を保っていた。ありし日のクリスマスが俺の脳裏に蘇る。
普段はジーンズしか履かない彼女が、初めて着てみせたモミの木色のワンピース。
緊張する俺の気など知らず、笑いながらパウンドケーキを手渡してくれた。
古びた礼拝堂もその日だけは華々しく飾られ、彼女はその中で一番光り輝いていた。
イヴ。幼い頃から君を見ていたんだ。
これからはもっと、ずっと君と共に過ごせる筈だったのに…
「…ーガン、モーガン」
ベネットの声で我にかえる。
俺は再びボルトの訓練室にいた。
頬が濡れている、涙は流れ落ちた後だった。
ベネットは相変わらずの無表情だ。
いや、眉は少しばかり下がっているかもしれない。
「情けない所を見せたね」
場を持たせようと口角をあげようと試みるが、上手く笑いきれなかった。
「日曜日には必ず教会に行ったんだ。
神など信じていなかった。だが、行けば妻…イブに会えたから。
彼女の事を思い出したよ。
ありがとう、ベネット君」
顔を上げる。ベネットの表情は無い。
「良かったの?」
「え」
灰色の瞳が俺を真っ直ぐに見据えていた。
普段の虚さにはない真剣さに、息を飲む。
「思い出して、良かったの?」
彼が俺の答えを求める事など稀だった。
今回が初めてかもしれない。
俺は少し時間を貰い、考えを纏めてから深呼吸を行った。
「どうだろうね。
この思い出があるから、苦しんでいるのも確かだ。けれどね」
ベネットを見た。
彼はまだ俺を見つめている。
俺は話を続けた。
「思い出が無ければ、君の歌声に心が動く事もなかっただろう。…いずれは何かの糧になるさ」
彼への返答であり、俺の独り言であり、心からの願いだった。
足を組み、掴んだままのギターの弦を鳴らす。
「Country Rordsは知っているかい?」
頭上に広がるウエストヴァージニア。
今はどんな夕陽が町を染めているのだろうか。それを想い、曲を奏でた。
「Country roads, take me home
To the place I belong…」
サビのギターの弦に、微かな歌声が重なった。
ベネットの方を慌てて見る。
あちらも俺の方を向いていた。
思わず笑い、ギターを再び弾きだす。
ベネットは前を向き小さな声で歌っていた。
その眼鏡の奥の瞳は、笑っているように俺には見えた。