街頭インタビュー「すみません、ちょっと」
突然マイクを向けられた男性はほんの少しだけ目を丸くすると、すぐに立ち止まってくれた。隣を歩いていた紫色の髪をした青年を背中に隠すようにして、しかしカメラに薄く微笑んでくれる。
「はい、何か?」
「あの、今この街で取材をしていて……よければ少し、お話を聞かせて貰えませんか?」
「へえ~、地元のテレビ局か? ま、いいんじゃねえの?」
ひょい、と後ろから顔を出した青年は、びっくりするほど綺麗な顔をしていた。モデルか、バンドマンか何かだろうか。そう思ったのは、青年の顔にメイクが施されていたからだ。ちょっと困惑した顔の男性は――こちらも、素晴らしく整った顔立ちをしている――若葉色の髪を揺らして少し考えて、頷いてくれた。
「ありがとうございます。今日はお買い物ですか?」
「ああ、新居に必要な物を少し」
「引っ越して来られたんですか? ファーガスには初めて?」
「昔、住んでたんだけどな。なにしろ新婚なもんで」
紫髪の青年は、隣の男性の腕をぎゅっと掴んで、ニヤッと笑った。思わず、エッ、と驚いた声が出る。同性結婚は認められているが、ダグザと比べるとこの辺りではまだまだ同性カップルはあまり見かけられない。
「そうなんですね、おめでとうございます!」
「ありがとな!」
「よければ、馴れ初めなんか、聞かせてもらっても? どこで知り合ったんですか?」
若草色の髪の男性は、マイクを向けられてちょっと目を泳がせた。
「……当時勤めていた学校の、教え子で」
「教え子! へえ~、でも、歳は近そうですね?」
「俺は卒業間近で、『先生』は新任だったから」
青年はクスクス笑っている。どう見ても二十代半ばにしか見えないカップルだ。大学、いや、高校教師なのだろうか。
「卒業してすぐ結婚されたんですか?」
「いや、俺は五年も待たされたよ。六年目でやっとだ」
「待たされた……? やっぱり、教え子とすぐ結婚するのは、職務上、問題があったとか?」
「そうじゃなくて、あれは不可抗力で……その、怪我をして、五年間眠っていたんだ」
「ええ!? 事故にでも遭ったんですか!?」
「まあ、そんなところかな」
『先生』と呼ばれた男性は、気まずそうに言葉を濁した。あまり踏み込まない方が良さそうだ。
「ちょっとドラマチックですね。在学中は、まさか結婚するって思ってましたか?」
「う~ん……俺は、妙な教師が来たもんだなって、最初はあんまり……」
「自分は、心配だったから気にはかけていたが……」
「じゃあ、結婚を意識したのはいつから?」
「……『先生』が目覚めて、その頃にはもう、ちょっと意識はしてたかな。……ずっと、また会えるって、信じてたから」
青年は、ちょっと遠くを見るような顔でしみじみとそう言った。とんでもない美人がそんな憂いた顔をすると、それだけで絵になるものだ。カメラマンも、恐らくレンズ越しに見惚れていることだろう。
「俺は……いつだったか忘れたが、『ああ、この子と結婚するのだろうな』と思ったことがあった」
「えっ? なんだよそれ、初耳だな、詳しく話せよ」
急にちょっと言葉が乱暴になった。青年は『先生』の方を向くと、面白そうに目を輝かせて肩をぶつける。アイシャドウをつけてはいるようだが、どうやら睫毛は地毛のみだ。その辺の人間がマスカラを何度重ねてもこんな目元にはなるまい。そもそも肌からして天然の透明感があって、一般人とは次元が違う。なんて羨ましいのだろう。
「いつだろう……きみと食事をしていたときかな。確か、お茶を飲んだ後にきみが夕食を作ってくれたことがあって」
「んん、そんなこともあったっけな」
「ああ。それでその時、実は苦手な野菜があって……当時、あまり自分の好き嫌いになんて頓着していなかったんだが……贅沢も言えない状況だったし。でも、きみは何も言わないのに、その野菜を、俺が分からないくらい細かく切って、すごく美味しい料理にしてくれたんだよ。覚えているか?」
「……さあ?」
「確かその時、ああ、きみと結婚するんだろうな。そうなったら、とても嬉しいな、と思ったんだよ」
「……ふぅん」
『先生』がそう言ってあんまり優しく微笑むので、青年の頬が、少しだけ赤らんだようだった。色白だから目立つのだ。そんな二人を見て、こちらまで恥ずかしくなってしまう。とても素敵なお話をありがとうございました、お幸せに。そう切り上げて、我々テレビ局のクルーたちは番組の放送予定日を告げると、次の通行人へと声をかけに行く。途中で振り返ると、二人の姿はもう人ごみに紛れてしまっていた。
「なんだよ、さっきの話。あんなの……」
「きみがテレビなんて相手にするから、驚いたよ」
「たまにゃいいかと思ったんだよ。妙なスカウトとか、そういうんじゃなかったしさ」
「そうだな。知っている番組名だった、チェックしよう」
ベレトはちょっと下を向いているユーリスの手を繋いでやると、涼しい顔で歩いて行く。ファーガスに戻ったのは久しぶりだ。遥か昔に石で整えた街道はもっと頑丈な素材に変わり、魔法の街灯も数が増えている。何より人通りが違う。スレン系やダスカー系と呼ばれる人々が、街に溶け込んで仕事をしたり、思い思いに買い物をしたりしている。
「随分街並みが変わった。歴史資料館はどうなっているのかな」
「ああ、今度見に行ってみようぜ……『先生』」
「……そう呼ばれたのは、とても久しぶりだ」
繋いだ手をぎゅっと握り返すと、ユーリスはニッと笑って顔を上げた。人や街が移り変わっても、変わらないものがある。懐かしいあの日々のことを他人に話したのは、久しぶりだった。今夜は故郷の空気を思いきり楽しみながら、ベレトと思い出話をするのも良いだろう。ユーリスはあの狭い寮室で飲んだお茶の味を思い出しながら、『先生』の手に指先を絡めて繋ぎ直してやった。