最近は言ったバイトの後輩がめちゃくちゃ可愛い話「今日はありがとな」
「いや、わかんないことあったらまた聞いてください」
「マジで? 助かる」
ニカッ、と嬉しそうに笑う顔が眩しい。俺は思わず、ドキリとしてしまった心臓を押さえて、こっそり深呼吸した。バイト先に新しく入ったユーリスさんは、気さくで優しいお兄さん、て感じの人だ。最初に会った時は、背の高い美女が男物の制服を着てるのかと思った。それくらい顔が整っていて、紫色の長い髪をすっきりまとめているところも好感度が高い。ただ、喋るとめちゃくちゃかっこ良い声をしているから、一度それを聴いてしまえば二度と女と間違えることはないだろう。
ただし、俺の方が年下だからタメ口でいいっすよ、と言った時はすごく嬉しそうにしていて、その顔がすごく可愛かったことは内緒だ。あと、指先がなんかエロいところも……
「明日もシフト一緒だよな? よろしく……っと、あれ?」
「えっ……雨?」
スタッフルームを出て裏口から帰ろうとしたその時、俺たちは外が結構な大雨になっていたことに初めて気がついた。業務の説明やオーナーの噂話に花が咲いて、外のことなんて全然気にしていなかったのだ。
「傘……ないよな。仕方ねえ、濡れて帰るか」
「ユーリスさん、思い切りが良すぎますって……風邪ひきますよ」
「へーきへーき……あっ」
職場の傘立ては空っぽで、もちろん俺の置き傘なんてものもない。もしここで折りたたみ傘でも持っていたなら、ユーリスさんに貸すことができたのに……なんて悔やむ俺の隣で、ユーリスさんは雨の中に一歩踏み出した。本当に雨の中を歩いていくつもりなのか、と慌ててその背中を目で追う。
「ベレト!」
パシャ、とユーリスさんの足元で水が跳ねる。大きな黒い傘を差した男性が、近づいていったユーリスさんをその傘の下に入れてやろうとしていた。
「雨が降り出したのになかなか帰らないから、迎えにきた」
「ははっ、あんたの心配性が役に立ったな……傘、もう一本あるんだろ?」
優し気に微笑む男性の目が、すいと俺の方に向けられる。瞬間、どうしてか背中がブルッと震えて、俺はシャンと背筋を伸ばした。あんなに穏やかそうな表情をしているのに、どうしてこんなに迫力があるのだろう。緑っぽい眼をしたその人は、これまたユーリスさんに負けず劣らずの美形で、寄り添って瞬きするだけで二人はまるで絵画のようになっている。
「あ……の、」
「なあ、この傘使えよ」
ザアア、と激しい雨が地面を打つ音に紛れても、ユーリスさんの声は聞き取りやすかった。
「え、……いいんすか」
「俺はあいつと一緒に帰るから……あ、あれ俺の夫なんだ」
「オッ……!?」
「おう。じゃ、また明日な!」
俺に傘を押し付けると、ユーリスさんは大きな黒い傘を持つ男性の手に自分の手を重ね、ひとつの傘の下、ふたり身を寄せ合って歩いて行ってしまった。俺は止みそうにない雨に霞む街をぼうっと眺めて、夫という言葉の意味と、傘を受け取るときに触れあったユーリスさんの手の温度のことばかりを考えていた。
「助かったぜ。でも、職場にはまだ来るなって言っておいたのに、よく来たな」
「店には行っていない……きみが困っているだろうと思って」
「いや、責めてはいねえよ。本当にありがとな」
ユーリスはベレトが傘を持つ手に腕を絡め、さっきの若い奴は、職場の……と楽しそうに話し始めた。そんな様子を見つめ、ベレトはうん、うんと頷きながら歩く。急な大雨に降られて弱っているだろうと、迎えに来て正解だった。新しい場所で働く伴侶のことがもちろん心配な気持ちもあるが、それ以上に、こうして生き生きとしている彼を見るのが好きだった。
「なあ、ついでだし、少し遠回りして帰ろうぜ」
「そうだな」
ユーリスの肩が濡れないように傘を傾けてやりながら、ベレトはユーリスの歩調に合わせて、ゆっくりと歩いた。夕やみに飲まれゆく街を包む雨音は、いくらか和らいだようだった。