紅色の悪夢王都が燃えている。
数えるくらいしかきた事がなかったがどうもそれが王都であることは確信していた。
この国の王はいなくなった。しかし王がいなくてもここにはたくさんの民が住んでいるのは変わりない。
女帝は王国そのものを滅ぼそうとしているのだ。
赤い炎があちらこちらで噴き出していて出してまるで煉獄のようだ。
また一人、そして二人と敵兵を殺して屍を積んだ。この道を選んで、進んだ。それだけだ。
燃え尽きた建物から煤と灰が髪と顔を黒く汚し、敵を斬ってかかった返り血は服に模様を描いた。
これが終わればどんな未来が待っているのだろう。一般兵に紛れて、その影には懐かしさを覚えた。
「・・・もう十分でしょう。王も、民も、誇りも全て奪ったんだ・・・。これ以上この国から何を奪おうって言うんですか?・・・!」
士官学校で見かけたことがあるロナート卿とこの倅がこちらに向かって弓を引こうとしていた。
「ユーリス!」
先生がどこからともなく現れて、天帝の剣が蛇腹のように長く彼を目掛けて伸びていた。
間一髪とばかり弓兵の彼が交わして体制を立て直し、またこちらに向かって弓を引こうとしていた。
「・・・その顔、見せないでください。狙いが定まらなくなってしまう・・・」
悲しそうな顔を見せたは一瞬だった。隙なんてない。
前に進め、これが俺の、俺たちの選んだ道だろ?
自分の剣の方が早かっただけ。
あっという間にいつも通りの戦、いつもの仕事だった。
「ロナート様・・・僕は・・・僕の、正義を・・・」
返り血を浴びる前に小さな声が耳に届いた。
遠くで白き獣の猛々しい咆哮が聞こえる。まだ終わらない。
こんな世界に涙なんて要らない。
要らないんだ。
「ちょ・・・ちょっとなんですか!起きたと思ったらっ!」
まだ朝焼けすらなっていない、夜の帷がしっかりと下りているというのにユーリスはアッシュを抱きしめて離さない。抱きしめてるというより締め付けている。その圧迫感でアッシュは苦しい悲鳴をあげている。
もちろん先ほどからアッシュは抗議しているが当のユーリスは返答がないのでどうにもならない。
「ユーリスお願いだから、苦しいから・・・離して・・・」
掠れたその声にハッとして、ユーリスがアッシュの体を離した。
ようやく呼吸がしやすくなってアッシュがユーリスを見ると普段と変わらない彼の顔があった。
「あー・・・わりぃ・・・悪い夢みた気がした」
「そうなの?怖い夢で飛び起きるなんて意外かな」
「俺だって怖いものくらい一つや二つあるさ。ま、お化けは怖かねえけどな」
「もうそんなこと言って、心配してるこっちの身にもなってよ。ユーリス、明日だってあるんだからもう寝よう」
アッシュは布団をかけ直す。ユーリスは何となくバツが悪い気持ちになった。安眠してた彼を起こしたのは自分なのだから。
「悪い夢は別に怖いわけじゃねえよ、俺はならず者だ。いつだってこっちは命懸けなんだよ」
「そう思うんならもう少し真っ当な生き方を選んで枕を高くして寝られる生活の方がいいじゃないかな」
人の気も知らないでと思ったが、こっちは何にも言ってないのだからアッシュがそういうのは正論だった。
「悪い夢だって、醒めるなら悪かねえよ?」
昔大切なものは得るのが一番良い、失うことは二番目に良いと誰かが言っていた。
失って気づくことだってある。それが幻なら疑似体験みたいなもの。
アッシュの寝息が聞こえる。最後の自分の言葉が届いたのか明日になって聞いてみないとわからない。
ユーリスはアッシュの寝息を聴きながら目を瞑った。きっともうあの夢の続きは見ることはないだろうという安堵を胸に。