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    Satsuki

    短い話を書きます。
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    Satsuki

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    超刻印の誇り2023の無料配布で書いた無双のレトユリです。新刊の途中のどこかで親睦を深める二人、として書きました。年相応の青年同士らしく、盤面遊戯や真実か挑戦かみたいなゲームで遊ぶレトユリがいたらいいな……♡20230503

    束の間の休息「っしゃあ! 二匹目!」
     パシャ、と水が跳ねる。隣の釣り竿がしなり、笑顔が弾けた。水面から勢いよく飛び出した魚が光り、ベレトは目を眇める。まるで年端も行かぬ少年のように喜ぶユーリスが、眩しく見えた。
    「結構デカいな。これなら、昼飯には十分かもしれないけど……あんたが釣れねえと、勝負にならねえな」
    「勝負をするとは言っていないが……」
     ベレトは釣り竿を上げて、自分の釣り針を確認した。獲物の気配はなく、餌もそのままついている。魚たちは、腹が減っていないのだろうか。それとも、よほどユーリスの使っている仕掛けが気になるのか。
    「さて、じゃあ次の質問だ。そうだな……そういえば、あんたって歳はいくつなんだ?」
    「歳……」
     魚をビクの中に入れると、ユーリスはもう一度釣り糸を川に垂らした。勝負とは、釣り上げた方がもう一方に質問をするというものだった。質問をされた者は、『真実』を正直に答えなくてはならない。拒む場合は、指示された行動に『挑戦』することになる。子どもの遊びだ、とユーリスは言ったが、ベレトにはそんな風に誰かと戯れた経験などない。
    「すまない、それも分からない」
    「おいおい……さっきの生まれた場所よりは簡単な質問だと思ったんだがな……もしかして、やっぱりジェラルトさんに教わってねえのか」
    「そうだな。気にしたこともなかった」
     ピクリ、ベレトの竿にやっと手応えがあった。素早く上げてみると、小さな魚が水を跳ね飛ばしながら空中で踊る。
    「ちいせえな」
    「……」
     魚の口から針を外してやり、川へ投げてやる。ベレトは餌を付け直すと、もう一度釣り糸を垂らした。気持ち良い風が吹いている。そろそろ引き上げて料理に取り掛からないと、腹が減って来てしまった。最近は負け続けで、支給品も減るばかり。食料は真っ先に切り詰められて、ベレトもユーリスも、その部下たちも腹を空かせていることが多くなった。この戦いに、先は長くなさそうだ。
    「きみは何歳なんだ」
    「いくつだと思う?」
    「……」
     やっと一匹釣れたのだ、ベレトにも質問する権利があるはずだった。なのに、ユーリスの返事は答えになっていない。自分も人のことを言えないが、それはずるい気がした。
    「二十歳くらいか」
    「まあそんなもんだな。あんたもそれくらいかと思ってた」
    「多分、そのくらい……なのかもしれない」
    「……前に、自分の出自について、無用な詮索をする必要はないって助言したけどさ、あんたはもう少し自分に興味を持ってもいいんじゃねえのか?」
    「……」
    「遊びにもならねえしな……っと、」
     パシャ、とまたユーリスの竿に当たりが来る。どうも、彼の毛針はここの魚に好まれるらしい。ユーリスはニヤッと笑って、魚を掴んだ。大物だ。
    「質問の答えが曖昧じゃつまらねえ……次は挑戦といこうぜ」
    「いいだろう」
     ベレトの答えに、ユーリスはますます嬉し気に笑う。ベレトの情報を集めるのが、よほど楽しいらしい。もしかしたら、灰色の悪魔の素性として、どこかに売るのかもしれない。それでも構わなかった。世の中には灰色の悪魔に関して、恐ろし気な噂がまことしやかに流されているらしい。やれ『悪魔は山のような大男らしい』だ、『人を殺した時だけ笑うらしい』だのと言われるよりは、少しくらい本当の噂が流れた方が良い気がする。
    「それじゃ、挑戦……そうだな……じゃあ、」
    悪戯っぽく瞳をきらりとさせて、ユーリスはまた釣り糸を川に垂らした。
    「自分のことが全然わからねえあんたの、秘密をひとつ教えてくれよ」
    「秘密……?」
    「弱みでもいいぜ? おっと、安心しろよ、俺は口は硬い方だぜ」
    「……そうだな、秘密といえるかどうかは分からないが」
     ベレトは少し考えると、出し抜けに上衣をめくりあげ、ユーリスに自分の胸を晒して見せた。細身ながら均整の取れた、筋肉質な肌が現れ、ユーリスは一瞬ぽかんと見惚れた。滑らかに隆起した健康的な素肌、鍛えられた腹の割れ目。胸元も、剣士らしい肉の付き方をしている。その胸のやや左側に、その傷はあった。
    「それは……」
    「この傷は生まれつきらしい。……俺は、心臓の音が聴こえづらいと言われる。ともすれば、動いていないのではないか、とさえ」
    「……」
     触れてみろ、と視線で促され、ユーリスは釣り竿を置くと、素手でベレトの胸に触れた。温かい。灰色の悪魔も人なのだ、当たり前だ。そして、手のひらには、ドク、ドク、と鼓動する心臓の手応えが、……
    「……本当に感じねえ……何か仕掛けがあるのか?」
    「何もしていない。この国の軍医にも、首を傾げられた」
     ユーリスは触れ方を幾度か変えて、不思議そうにベレトの心音を探る。何も感じない。拍動、していない。
    「ッ!」
     ベレトの釣り竿が引かれ、そこで『挑戦』は終わりを告げた。魚に反応しても、心臓はぴくりともしない。ユーリスはベレトが釣り上げた魚を見て目を丸くした。
    「大きさでは俺の勝ちのようだな」
    「確かに一番だな。食いでがありそうだ……じゃあ、あんたの番だよ。質問か、挑戦か」
     灰色の悪魔の表情は動かない。だが微かに誇らし気な雰囲気を浮かべて、ベレトはユーリスを見た。
    「では、きみの使っているその針について教えてもらおう」
    「即答だな……もうちょっと何か、俺様について気になることはないかねえ」
     ま、いいや。そう呟くと、ユーリスは鳥の羽と自分の髪とで作った自慢の毛針について、ベレトに説明し始めてやった。そろそろ日が高く昇る。黒い羽根の鳥たちが空を飛び交い、さえずっている。こんな風に過ごしていると、まるで戦争などないかのようだ。
    この後前哨基地で、魚をどんな風に料理しようか、二人は穏やかに語りながら釣り糸を垂らす。今だけは、剣ではなく、釣り竿を片手に共に在れることが、幸福だった。

    終わり




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