鞍上「丁容。少しの時間でいいから、ひとりになりたい」
と、督公が小さな声で仰った。
つい先日、西廠の提督となった少年にとって、あまりにも膨大な業務。
日々黙々とこなしておられ、その疲労は充分に推察出来るものだった。
「承知しました。何かありましたらお声掛け下さい」
その憔悴しきったお声に驚き、私は早々に席を外した。
…そうは言ったものの、半刻程経った頃にはやはり心配になり、そっと執務室を覗いてみた。
長椅子に、督公の装束が無造作に置かれ、葛籠が開いている。
外套と衣装のいくつかが見当たらない。
西廠の門衛にも確認をしたが、この一刻の間、人の出入りはないと言う。
先日お教えした、裏の木戸か。
裏は昨夜の雨でぬかるんでおり、木戸に向かって真新しい足跡があった。
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