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    NayutaKoryu

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    NayutaKoryu

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    めちゃくちゃビジネス寄りの現パロ曹劉
    一万超えてるんですけど書きたかったのこの内の1000文字くらいなんすよね、毎度のことながら不思議です
    細かいところは気にしないで「なんかそれっぽい感じね」って体で読んでくれると嬉しいです

    現パロ曹劉「お待たせしました、劉備さん。こちらで撮影となります」

    重厚な金縁の扉をくぐった瞬間、柔らかな間接照明と薔薇の香りが劉備の鼻腔をくすぐった。壁は大理石、窓辺には生花が飾られている。どこか高級ホテルのラウンジのような内装だが、これはオフィスビルの一角だったはずだ。

    「曹操殿に頼まれた撮影というのは、これほど本格的なものだったのか……」

    思わず独り言ちた劉備に、女性スタッフがにこやかにスーツのサイズ確認を行う。着せられたモスグリーンのスーツは、手触りだけでも生地の格が違うと分かる。控えめながら光沢があり、着てみると身体の線を見事に拾って立体感を強調する。

    「イタリア直輸入の一点物です。劉備さんの肩幅にぴったり合わせて調整済みですので、着たままメイクに入りますね」
    「……メイク、ですか?」

    目を瞬かせる劉備に、スタッフは慣れた様子で笑った。

    「はい、もちろん。今回は“素の魅力をそのままに”というコンセプトなので、ナチュラルメイクで整えていきますね。特にリップは大事なので、こちらのピーチピンクで仕上げていきます」
    「リップ……?」
    「心配いりません、お肌の色にもぴったりですよ!」

    そういう話なのだろうか。
    まともにメイクなどされたこともないが、そもそもこういったスタジオで撮影されること自体がほぼ無い。
    新たに取引を始めた老舗テーラーのラグジュアリースーツを試着してほしいという依頼だったはずで、メインはスーツなのだから、顔なんてどうでもいいのでは、と思ったが、こういった場に慣れていない以上、余計な事を言わないほうが得策か。
    劉備は大人しくメイクアップアーティストの指示に従い目を伏せる。
    光源の調整でもしているのか、その間もカメラのフラッシュが何度か視界の端で瞬いていた。

    「さすが、プロの手にかかると見違えるな……」
    控室の鏡前で軽くポージングしてみると、思わずそう漏らしていた。こころなしか若々しさと威厳のようなものが増している気がする。そう思えば、困惑もあるが多少は嬉しくなってくるものだ。

    「いやいや、素体がいいんです。まさか工務店の社長さんとは、始めて伺ったときは驚きましたよ」
    カメラマンが笑いながら手を振り、深紅の幕が降ろされた壁際に案内される。それにしても大掛かりだ。大企業ともなれば、こんなちょっとした用件でも多数の人員を配置できるのか。
    日々人手不足で嘆いている業界に身を置いている者としては、感嘆を通り越して思わず若干引きそうになる。

    「はい、目線こちら──少しあごを上げて……そのまま、いいですね、今のいい感じです」

    数十枚のカットが撮られ、途中に別パターンのスーツも試着した。
    仕上がりについて詳しくは聞かされなかったが、「イメージカットとして使う予定です」という言葉を信じて、劉備は静かに頷いた。
    曹操からの頼みでなければ、そもそもこんな現場には立っていない。

    「ところで……曹操殿のところは、何故このような案件まで……?」

    休憩中、思わず問いかけると、スタッフが肩をすくめて笑った。

    「弊社、いろいろ手広くやってますので。広告から不動産、製薬に宇宙開発まで──CEOが言うには、様々な分野への人材投資が飛躍の秘訣だと」

    劉備は苦笑しながら、内心「いや、人材投資というか……」と思ったが、それ以上は言えなかった。

    ///

    そして三ヶ月後。
    劉備は一本のメッセージを受け取った。

    《今夕、許にて会食の席を設けた。お前の都合がつくならば迎えを出す》

    送り主は曹操。名だたる総合商社・曹魏ホールディングスの最高経営責任者にして、あまりに距離感が近すぎる「知人」だった。

    返信に少し迷ったが、時間は空いている。気を遣わせぬようにと「自分で向かう」とだけ書いて送り返し、指定されたレストランの最寄り駅へ向かう。

    乗り換えた地下鉄路線は、劉備にとって殆ど縁のないものだった。超高級オフィス街。洗練された構造の再開発エリア、そして立ち並ぶオフィスビルのために新設された停車駅。
    オフィスビルは大企業や外資系のみが入ることを許されるような超高級賃料、地下から3階あたりまで入るテナントにはハイブランドのアパレルや話題のカフェ、レストランが立ち並び、駅ナカの広告枠すら、契約の単位が異なると噂される。

    ──俺とは無縁の世界だ。

    そんな感慨を抱きつつ、改札を出ようとしたその瞬間だった。

    「……は?」

    思わず声が漏れた。
    改札を抜けてすぐの吹き抜けに貼り出された、全長4メートルはある大型広告に、艶やかなピーチピンクのリップを引いた男の顔がアップで写し出されている。
    深紅の背景に、口元にはピンクのリップスティック。画面外の人の手によって口紅を塗られている最中の、横顔。

    それは、紛れもなく、自分の顔だった。

    「…………?」

    困惑が、思考を止める。
    紛うことなき自分だ。あまりにも不釣り合いなはずなのに、広告会社の手腕故か、妙に都会の一角に馴染んでいる。
    ──こんな仕事を受けた覚えがない。そもそも、そんな写真を取られた覚えすら。

    「なんだ、これは……え……?」

     混乱する脳内に、やっと広告のロゴが飛び込んできた。

    【果実の煌めきを、纏う】
    《SHINEER(シャイニア)》
    プレミアム・リップ《フリュイ・フレ》シリーズ
    《PEACH BLOOM》新発売

    「……ん?……リップ?」

    ここでようやく気づいた。
    確か、リップが重要だなんだと、言われた覚えがある。

    数ヶ月前。曹操に呼ばれ、スーツの試着とやらを頼まれた。
    輸入品で縫製がよく、ちょうど自分くらいの年齢のリーマンをターゲットにしているからサンプルが欲しいと言われ、軽く承諾したのだった。背筋を伸ばし、着なれないラグジュアリースーツを着た自分の写真が、今やこんな形で駅前に堂々と映し出されている。

    目が合う。己と、巨大な己とが。

    「…………」

     数秒の間、劉備は固まっていたが、次に彼の足が向かったのは、広告の真下だった。スマホを取り出し、自撮りカメラを構える。

     パシャ。

     ……何故か記念に撮っておこう、という気分だった。こんなこと、そうそうない。

     写真を見直して「……妙に盛れてるな」と呟くと、彼はそのまま駅を後にし、待ち合わせの店へと向かった。

    ///


    ガラス張りのエレベーターを昇る途中、夕暮れに染まる都市の光景が眼下に広がった。
    だが、劉備の意識は未だに先ほどの出来事に囚われている。

    ──ピーチピンクのリップ。

    あれが撮られた瞬間の記憶は確かにある――けれど、広告として使われるとは聞いていないし、ましてやモデルでもない一般の壮年期の男が口紅の広告に使われるとは、また、あんな大々的に展開されるとは夢にも思わなかった。

    「……いや、まさかあれがメインだったとは……」

    呆れと共に、ふと胸の奥に浮かんだのは、あのときのスタッフ達の笑顔だった。

    ──CEOが言うには、様々な分野への人材投資が飛躍の秘訣だと

    「……人材、か」

    エレベーターが最上階に到達し、重厚な音を立てて扉が開く。

    目の前には、別世界のような空間が広がっていた。
    天井は高く、柔らかなシャンデリアの光が波紋のように床へと落ちている。黒と金を基調にしたシックな内装。黒大理石の床の上、遠くに夜景を背景にした席には、既に男の姿があった。

    細身のグラスを手に、姿勢は一分の隙もなく整えられている。
    ダークグレーとブラックのスーツは控えめながらも目を引く上質さ。
    だがそれ以上に、彼の存在が放つ空気が異質だった。
    場に馴染みながら、全てを支配しているような、静かな威圧感。

    「ほう。やはりお前には翠色が似合う。贈って正解だった」
    「……その節は、ありがとうございました。――それより、伺いたいことが」
    「広告を見たか?」

    さらりと告げられる。

    「下の駅で盛大に驚いてしまいましたよ。まさか、化粧品の広告で自分の顔を見るとは……。いや、確かに撮られた記憶はありますが、あれはスーツの試着と伺っていたかと……」

    「うむ、そちらのデータも大いに活用させてもらっているが。あの商品は我がグループの広告部門と、子会社の化粧品ブランドが共同展開している新ラインだ。お前の写りが予想を上回って良かった為、採用した」

    「……採用したって、そんな」
    「売上も旧色から1.5倍と好調だ。貴社に振り込んでいるマージンにも、多少の上乗せをしてあるはずだが?」
    「……確かに、やけに多いなと思っていましたが……」
    「当然だ。我が社は契約には誠実を旨としている」

    さらりと言いのける。
    曹操とはそれなりの付き合いにはなるが、相変わらずどこまでが冗談でどこまでが本気なのか妙に読みにくい。
    たしかに、何かしらの契約書を書いた記憶もある。だが、こんなことになると誰が想像できるのか。劉備はなにか言い返してやりたいと思ったが、結局は己が迂闊だったというところに帰結してしまい、仕方なく軽い溜息を零すにとどめ、言葉を飲み込んだ。

    「いやしかし、曹操殿のところは……随分と手広いですね。総合商社とは聞いておりましたが、まさか……化粧品までとは」
    「我が社は、時代の潮流を読む。男女問わず、美を求める市場の拡大は、お前の唇が証明しているだろう?」
    「……はあ……」

    返す言葉が見つからなかった。
    つい先程ようやく認知したものに、実感も何も無いのだから仕方ない。自分の広告がどの程度売上に影響を及ぼしているのか、客層外(である筈)の劉備に分かるわけもなかった。

    もしかして、自分は既に何かの術中に嵌っているのか──そんな思いが、脳裏をかすめた。

    ///

    「はあ?兄者……?これ、本当に兄者か!?」

    唐突に張飛が声を上げたのは、昼休憩がようやく取れた頃。工務店の事務所内、簡素なミーティングテーブルの上に広げられたのは、駅で撮影したスマホ写真。まるで芸能人のような顔立ちが、大型パネルに美しく収まっている。右には艶やかなピーチピンクのリップ、その中央に堂々と写る劉備の顔。微かに伏せた睫毛の影が色気を帯びて、頬の白さはまるで磨き抜かれた玉のようだった。

    「ああ、以前曹操殿の仕事を手伝った時のものらしい。まさか、化粧品の広告になるとは思わなかったが……」

    呑気にスマホを回しながら、劉備は笑った。自分の顔が街中に掲げられているなんて、現場での仕事に慣れた身としては何かの冗談のようにも思える。

    「プロのカメラマンってのはやっぱすげえんだな。兄者がモデルみてえになってら」

    張飛は豪快に笑い、ペットボトルの緑茶をあおる。

    「はは……たしかによく写ってるな。母上にも送っておくか」

    劉備は冗談交じりに呟いたが、それに返したのは関羽の沈黙だった。渋い顔をしたまま、腕を組んで写真を覗き込んでいる。

    「雲長?」
    「……兄者。これは、ただの『手伝い』では済まされぬ気配がします」

    関羽の声は低く、眼差しは鋭い。冷静沈着な義弟は、義兄の背後に忍び寄る陰を察することができる。今回も例に漏れず、その鋭さは健在だった。

    「なにやら不穏な予感が……」
    「は?不穏って……ただの看板だろ?まあ、あの曹操のとこのモンってのが、気に入らねえが……」

    張飛が眉を寄せた。
    劉備は神妙な顔をして頷く。

    「いや、実は……俺もそんな気がしている。スーツの試着と聞いて受けた仕事が、都会のど真ん中で広告にされるとは思ってもいなかった。結局は、よく考えず安請け合いした自分が悪いんだが。まるで、何かの策に嵌められているような……」

    「えぇ……」

    不意に挟まったのは、事務方の孫乾のため息だった。
    彼はいつも冷静で、事務処理能力に長け、数字に敏感な男だ。
    だが今は、机上のノートPCとスマホを交互に睨んでいる。

    「それが原因ですか、最近のサイトアクセス急増……」
    「アクセス? うちの?」

    劉備の声に、孫乾は頷いた。

    「はい。この三ヶ月ほど、地味にですが継続的に。検索ワードの傾向も、明らかに“個人名”が絡んでいます。“工務店 劉備”とか、“イケメン社長 建設”とか……。前まで"施設名 施工業者"とかだったんですけどね」
    「三ヶ月も前から出てたのか、アレ……」
    「ゲ……なあ、もしかしてこれ、兄者がアッチの広告塔になりかけてんじゃねえか?」

    張飛がまたも声を上げた。空気が一瞬、凍る。冗談めかして笑っていた劉備の表情からも、徐々に笑みが消えていく。

    「……盛大に、やらかした気がするぞ……」
    「うむ。兄者、やはりこれは術中と見るべきかと」

    関羽が重く言葉を落とした。

    「となると……曹魏ホールディングスとして動いているのか」

    劉備が名を口にした瞬間、室内の空気がほんの僅かに揺れたような気がした。

    「え、そ、そんなガチな感じなんですか……?」

    孫乾が目を丸くする。関羽が一度、深く頷いた。

    「兄者の撮影と同じ頃より、複数のネットメディアで、匿名の“新鋭経営者と大企業の接近”を匂わせる記事が出ているようだ。明確に名前は出ておらぬが、状況証拠が揃っている。……否、揃わされている」

    劉備は軽く額を押さえた。あの人のことだ。
    口では軽く済ませつつ、裏では何手も先を読んで布石を打っているに違いない。

    「殿、“囲われ”かけてるんじゃないですか……?」
    「囲うってなんだ、俺は鳥か?」
    「それだけの価値があると見なされた、ということです。兄者の顔も、技術も、信用も」

    関羽の言葉に、いつものように『過大評価だ』と否定する事もできなかった。
    事実、曹操からはそうとしか思えないほどの投資を受けている。

    「……さて、どうするべきか。今更『知らなかった』では済まされんぞ」

    劉備は長く息を吐き、窓の外を見た。遠くで蝉が鳴き始めている。今年の夏は、きっと暑くなる――そして、ややこしくもなりそうだ。

    ///

    その日の夕方、孫乾が再び劉備のデスクに顔を出した。手にしたノートPCは蓋が開いたまま。顔色は普段通りだが、眼差しだけが妙に真剣だった。

    「……殿、念のためお知らせします。今朝方、例の問題に関連する投稿が“拡散”し始めました」
    「投稿?」

    劉備が眉を上げると、孫乾は黙って画面を向けた。そこには、某有名ライフスタイル系インフルエンサーのSNS投稿が大写しになっていた。

    > 「駅降りてすぐにあるシャイニアの広告ヤバすぎる……この新色ま〜じで可愛いんだけど、誰なんこのイケメン?なんでこの色似合うわけ?とぅるとぅるすぎて裏山🥺
    しかもモデルとかじゃなくて“ベンチャー企業の社長”って噂あるけど、マジ??
    #◯◯駅 #新色リップ #SHINEER #リップモデル #工務店社長って何!? #ビジュ強すぎ」

    劉備の顔が、例の広告とともに、惜しげもなくタグ付きで投稿されている。

    「とぅるとぅる……?」
    「最近の若者の表現は独特ですよねぇ。……まあそれは一旦置いておきましょう。問題は、これを“劉備殿”だと特定したフォロワーが、件の広告と過去参列したイベント写真から切り抜いた画像とを並べて拡散し始めたことです」
    「なんだって?」

    確かに、画面には他の投稿が並んでいた。撮影時期や衣装のスーツ、背景の照明などを元に“分析”を始めた者もいるようだ。更には、数年前の業界イベントの写真を掘り起こし、耳の形が一致することを指摘している者すらいた。

    「おいおい……探偵か」
    「ネット住民を甘く見てはいけません。特に“身元がはっきりしないイケメン”は、好奇心の火種になります」

    孫乾はどこか冷静に、画面をスクロールしながら言った。

    「今日だけで、うちのHPアクセス数が更に5倍に跳ね上がってます。採用ページも同様。問い合わせフォームには“社長に会えるイベントはありますか?”というメッセージが15件……このままじゃサーバーがパンクしますよ」
    「勘弁してくれ……」

    劉備は思わず額を押さえた。工務店の社長として、現場主義と信頼第一を掲げてきた。それがいま、広告モデルのような扱いで意図せず注目を集めている。

    「兄者ァ、やべぇ、またなんかバズってんぞ!」

    張飛がスマホ片手に乱入してくる。

    「“あの社長が施工した家に住みたい”ってよ!」
    「それは……まあ、嬉しい、のか?」
    「まあ、ここまでバズっちまったらもう止めらんねえよ。利用できるモンはしとこうぜ兄者。よっしゃ、俺も引用しとくか」
    「やめろ翼徳、燃料を投下するな……!」

    その様子を、やや離れた席から関羽がじっと見つめていた。瞳の奥で、ゆっくりと思考が進んでいるのがわかる。

    「兄者。もはや、これは個人のスキャンダルではなく、会社の広報問題です」
    「そう……だな。このまま、無視していても収まらないだろうし……」
    「株掲示板では既に“商業提携”や“M&A交渉の開始”など、憶測が飛び交いはじめています。特に――」
    「特に?」
    「相手が“曹魏”である以上、沈黙や関係性の否定は更なる窮地へと追い込まれる可用性がある」
    孫乾が重苦しくため息を吐いた。
    「至言ですね。“何もない”と証明しようとすると、逆に利用されるやつです」
    「じゃあどうするんだ……本当に何もしていないのに」
    「ここは、“個人的な付き合いです”って言ってしまった方が、まだマシかもしれませんね」

    その言葉に、劉備は沈黙した。かの総合商社の頂点に立つ男──曹孟徳。
    まるでゲームの盤面を読むように、人の動き、感情、経済を操る男。
    あの男なら、この展開すらも想定の範囲内かもしれない。
    いや、きっとそうだ。
    そうでなければ……己が気づかないうちに、ここまで事が進むはずがない。

    「……兄者?」

    関羽の声に、劉備は我に返った。

    「いや、少し、寒気が……」
    「なんだぁ?風邪か?」
    「……兎に角、社一丸となり、対策を考えるしかありませんな」

    関羽はため息をつき、孫乾は「これは……さらに燃えますね」と呟いた。

    ──バズりは、止まらない。どこまでも、どこまでも、計算通りのように。

    そして、電話が鳴った。ディスプレイに表示された発信元を見て、劉備は僅かに目を細めた。

    「……曹操殿だ」

    場が、一瞬で静まった。

    ///

    「先日ぶりだな、劉備」

    電話口から聞こえた曹操の声は、実に穏やかで、よく通る。

    「──曹操殿。広告の件でお話があります」
    「ほう、ようやく気づかれたか」

    まるで、雪解けの川のように滑らかな声音だった。

    「そうですね。……あまりにも突飛故、気付くのが遅れました」
    「なに、お前の業界や行動範囲からすれば、あの界隈は遠かろう。こちらの想定通りで愉快であった」
    「……やはり、あなたのご采配でしたか。まさか、私がターゲット外の広告を利用されるとは……」
    「ふ。お前は本当に、誤解したまま素直に乗ってくれる」

    その声には明確な愉悦が滲んでいた。
    劉備は心中でため息をついたが、声には出さなかった。

    「私が御社の広告に出たことで、何やら世間が騒がしいようです」
    「そうだな。採用ページのアクセスも増え、問い合わせも順調だと聞いている。PRとしては理想的な展開だ」
    「……狙っておられたのですね」
    「無論だ。布石とはすべての影響を想定したうえで行われる。お前は、自覚が足りぬな。お前の煌めきも、信頼も、その在り方そのものが“資産”たり得ることを理解していない。私はそれを価値と見做し、正当に評価した。ゆえに活用した。それだけのことだ」
    「曹操殿は、些か私共に期待し過ぎではないでしょうか。企業規模、業績ともに、御社がそこまでして気にかけるほどのものではないかと……」
    「ふん、数字の上ではそうであろうな。だが、それが問題か?我々は『将来性』への投資も惜しまない。企業間提携とは、時に『仕掛け』から始まる。互いが利益を感じれば、それは自然に“契約”へと至るものだ」
    「……私の取引先には、御社に業界を荒らされたと捉えている方も少なくない。知らされていなければ、リスクヘッジが後手に回ります」
    「なるほど。それは失礼した。では、複数のマスメディアから発信させようか?桃園工務店での現時点で進行中のプロジェクトに曹魏が関わる可能性はない、と。詳細は今日の夜、料亭の個室を用意するのでそこで詰めようではないか。表向きはただの会食としておく。会ったという記録すら、消すことも可能だが」
    「話が早すぎます、曹操殿」
    「お前が遅すぎるだけだ、劉備。三ヶ月前の撮影時点で、私はすでに“こうなる”と見ていた。何もかもが、この局面に至るための布石だ」
    「私を囲い込もうと、なさっているのですか?」
    「ここまで展開していて、まだ、疑う余地があるとでも?」

    劉備は一瞬、返す言葉を見失った。
    曹操の手腕が経済界で如何に恐れられているか、知っていたはずだ。業界再編をいとも簡単に引き起こし、M&Aを通して旧勢力を飲み込み、巧みに再生する──冷酷な合理主義者にして、同時に燃えるようなロマンチスト。敵に回せば、確実に滅ぼされる。

    そして今、その男が──自分を、囲い込もうとしている。
    しかも、会社を含め、丸ごと。

    「……私の会社は、家族のようなものです。社長である私の評判が、社員の将来に影響を及ぼしかねません。ご理解いただけますか」
    「だからこそ、私は“勝手に”動いたのだ。お前が一線を守るなら、私がそれを越えて見せる。その先に、お前が来るかどうかは、また別の話だ」
    「……なんと一方的な……」
    「愛とは、一方的なものだ。私にとって、お前が理想の広告塔であり、理想の同盟者であり──そして、最も望ましい“未来の共同経営者”だ」

    言葉の一つひとつが重く、だが不思議と軽やかだった。

    ──愛?愛と言ったか、この人は?

    いや、聞き間違いだろう。
    友愛にせよ親愛にせよ、こんな支配的な愛などあってたまるものか。

    「……此度の会食、私の部下も同席させても?」
    「もちろん構わない。だが、私の思惑を打ち崩せる部下がいれば、だがな」
    「……参りましたね、曹操殿」

    劉備はようやく、疲れたように笑った。

    ──詰んでいる。

    自社サイトのアクセス、ネットでの口コミ、世間の評判。
    どれを取っても“後戻りできない”位置まで押し上げられている。
    自社に火消しに割ける人員がいないことを見込んで、強引にも思えるステルスマーケティングを打たれている。
    だが、曹操はそれを決して表立って強制しない。ただ、用意して見せるのだ。
    すべての最善手を──まるで私欲と政治が同じ盤上にあるかのように。

    「では、本日十九時。いつものところで待っている」
    「……失礼します」

    通話が切れると同時に、劉備は椅子に身を沈めた。
    関羽と孫乾が遠巻きに彼を見ていた。
    若干の哀れみと、我が社の先行きを思ってかそこそこ悲痛な顔をしている。
    張飛はというと、いつカチコミに行ってやろうかと息巻いていた。

    ──この男に、勝てるのだろうか。

    けれど、それでも自分は“逃げる”わけにはいかない。
    仲間のために。家族のために。

    そして――いつか、この男と、対等に渡り合えるその日のために。

    ///

    「……完璧すぎるな」

    静まり返った自室で、劉備はひとり呟いた。
    目の前のディスプレイには、広告撮影時の様子をまとめた社内報の草案。
    ご丁寧にPR部のスタッフが撮影しており、写真には曹操との親しげな談笑風景が収められていた。

    微笑を交わす自分と、柔らかく眼差しを向ける曹操。
    まるで、将来の“共同声明”でも出しそうな雰囲気だ。

    (……これではまるで、俺が自ら曹操殿の懐に飛び込んだようではないか)

    ──いや、実際、飛び込んだのかもしれない。

    あの時点から謀略を張り巡らされ、半年近く経過した今。
    ここまで既成事実を重ねられ、選択肢を消され、周囲の期待まで味方にされたら、もう抗うことの方が社会的な“死”に近い。
    誰もが自分たちの提携を、自然な帰結と思い込んでいる。
    変に事を荒立てた瞬間、全力で潰されかねない。
    喉元に突きつけられた剣の切っ先が、その目に見えるようだった。

    (……このまま曹操殿に従った方が、傷が浅く済むのではないか)

    そう思う瞬間は、確かにあった。
    現に──自分の会社は今、かつてない注目を浴びている。
    資金も、信用も、販路も拡大した。
    (義兄弟など身近な者たちを除き)社員たちの表情も明るい。

    (……だが)

    劉備はそっと拳を握った。

    (これまで曹操殿に“従った”企業たちは、皆どうなった?)

    ──吸収、再編、ブランド名の抹消。
    表向きは提携でも、実態は飲み込み。
    自我を残して存続した会社など、一つもない。

    (いずれ、俺も“飲まれる”。)

    わかっている。曹操は情が深い。だが、それ以上に冷徹だ。
    自分の身の丈に合わないほど投資してくれている──そう思える瞬間も、確かにある。だが、それが“相手の一部になること”の免罪符にはならない。

    (ならば──)

    「……あえて懐に飛び込んで、隣に立ってみせるか」

    自嘲気味に笑う。
    似合わない。似合わないが、戦略としては悪くない。

    “敵意はない”ことを明確にしつつ、“丸呑みにされない”ことも伝える。
    媚びるのではなく、誘う。
    従属ではなく、“選ばせる”。
    その間に、自分の会社の独立性を保持する方法を探る。

    (要は……やられる前に、“向こうの心”を掌握する)

    やるなら本気でやれ。
    色仕掛けでも何でも、“やる気でいる”と思わせねばならない。
    自分で言って、頭を抱えた。

    (俺が、曹操殿相手に“あざとく”振る舞うなど……生涯に一度あるかないかだ)

    だが──やるしかない。
    生き延びるために。

    ///

    同じ頃。
    帝都の高層タワー、最上階。
    曹操はワイングラスを手に、満足げに夜景を眺めていた。

    「ようやく、ここまで来たか……」

    机の上には、一枚の写真。
    会食で、偶然撮れたワンショット。
    劉備がふと、こちらを見た瞬間。
    唇はわずかに開き、目は少し驚き、頬には柔らかな赤み。
    無自覚な色気を纏ったその表情に、曹操は珍しく笑みを零す。

    「……まるで、私の腕の中にいるようだ」

    これまで数え切れぬほどの企業を“落として”きた。
    どれも戦略的に動かし、仕組み、勝ち取った。
    だが、劉備だけは違う。

    最初に見たときから、あの目に惹かれた。
    誠実、信義、敬意──経済界が失ったもののすべてが、あの男にはある。
    汚れる覚悟がないといえばそれまでだが、それを維持することの難しさを、この世界を生き抜き、躍進し、力を得るために血すら浴びた曹操は知っている。
    己にない煌めきが、その目に宿っている。
    それに惹かれた多くの人間が、なんとか関係を持とうとして業界が揺り動かされている。中には、薄汚れた金の洗浄に利用しようとする者もいる。
    それを苦心し、振り払っている事を、あの男は気づいているのだろうか。
    否、気付かないままでも良い。このまま飲まれぬよう足掻いているうちに、己と並び立てるほどに力をつけてくるだろう。
    そうなったとき、刃を向けられるか、その肩を抱くに至るかは、どれだけ攻略できるかによる。
    たかが中小の工務店に──劉備にそこまでする価値はあるのか、後の憂いになるのであれば今のうちに徹底的に潰すべきだという声も社内から上がっているが、曹操はそれをあえて黙殺して動いている。
    まるで、理屈で動くはずのビジネスの中に紛れ込んだ“理不尽な恋”のようだった。

    「……どんな顔で、“降って”くるか」

    それを思うだけで、胸が躍る。

    単なる提携ではない。
    単なる買収でもない。
    これは、曹孟徳が初めて“私情”を混ぜた戦。

    「可愛がってやらねばな」

    ワインを口に含みながら、彼は静かに嗤った。
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