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    torimocchi1

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    torimocchi1

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    祭りに行くししさめ

    祭りの後で ピコンとスマホがメッセージ受信を知らせる。開くと「終わった、迎えに来い」という簡素な命令文が記されている。それに文句を言うでもなく「今から行く」とだけ返した。
     急いで走らせた公道は通勤ラッシュを過ぎていて、それほど混雑していない。普段通りに職員出入口付近につけて出てくるのを待つ。疲れたような人の流れが見えるなか、待ち人は案外すぐに現れた。本当は降りて迎えに行きたいところだが以前にそれをやったら同僚や看護師に「あの人は誰だ」と質問責めにあったらしい。(特に独身生活の長い女医に細かく詰められたとうんざりしていた)
     だからイイ子に車内で待機しなければ。怒った村雨の機嫌を取るのも大変だがそれ以上に疲労を重ねさせたくない。
     待っていると村雨が助手席に乗り込んできた。常と変わらぬ無愛想さだがいつもよりも疲れている様子だ。
    「おい、村雨」
    「問題ない」
     言葉とは裏腹にシートにもたれてぐったりとしている。これは早目に帰ってケアしてやらないと。浴槽の湯を半分にしているから、もう半分を入れて温度調整もしなくては。湯船に浸かっている間に、胃に優しい食事を作ろう。お粥にしたいがそれだけだと抗議が飛ぶから、冷蔵庫に余っている柔く煮た角煮を混ぜてやらなければ。
     色々思案しているとつけていたラジオでパーソナリティの声が流れた。
    『そういえば――では今地元祭りが行われているんですね』
    『そうなんですよ。そう、祭りと言えば屋台だと思いません?』
    『いいですよね!ただ屋台って、その……そんなに変わり映えしないと言いますか。僕は楽しくて好きなんですけど』
    『そう思うじゃないですか。実はですねその祭りでは外の人には振る舞われないお高めな地元の肉が出るんですよ』
    『ええっ、地元のお祭りなのに⁉︎』
    『そうなんですよ、特段宣伝される訳でもない本当に小さな地元祭なんですけどね。まあだからこそって事なのかもしれませんが……』
     そのままパーソナリティは便りの紹介に移ってしまった。そのまま知らんフリをして帰宅コースを進めると隣から軽めの圧が飛んできた。
     ちら、と見やる。先ほどよりも強い圧の込められた視線が返ってきた。これは『私はそこに行きたいんだが』と言う無言の訴えだ。頭を抱える。正直に言うならとっとと帰宅して一日中仕事に浸っていた心身を休ませたい。だが村雨は決して引くような男じゃない。一度行くと決めたら事故にでも遭わなけりゃ行くまで徹底抗戦だ。そして何より厄介なのは俺なんかよりもよっぽど自分を知っている。つまりは祭りに行って帰るだけの体力は残っているのは確実だ。このまま無理やり家に返すと不貞腐れた村雨からとんでもない口撃を喰らうのが明白だ。
    「……少しだけだぞ」
     それだけをなんとか絞り出した俺を気にもせず、村雨はもうカーナビに住所を入力していた。俺の思考を読むなんて夜勤明けの脳みそでだって朝飯前だ。くそっ、今に見てろよ。
     ルートを変更。案内通りにウインカーを出して右折する。ここから目的地までは1時間と少し。
    「村雨」
     意図を汲み取った村雨がシートを倒して仮眠の体勢になったので、眼鏡を取ってダッシュボードに入れた。せめて僅かでも徹夜の疲労が抜けたらいいと前を向いたまま固くなった黒髪を一撫でする。
     数分もしないうちに隣の身体から力が抜けて座席に沈み込んだ。眠る村雨はまるで死体のようで、最初に共寝をした時は失神したのもあって死んだかと思った。(慌てて胸に耳を当て鼓動が確認できると大層安堵した記憶がある)
     村雨礼二はいつだって世界を警戒して、気を抜かないようにしている。だから覚醒していようが就寝していようが感情や兆候がほとんど出ない。わざわざ知らせようとしなければ、ほとんどの人間は村雨がどうしたいか、何を考えているかなんて分からないのだ。だから無防備さを見られるのが、何かしらのシグナルが感じ取れるのが嬉しい。それは村雨の親愛表現だから。そこまで考えて、自分の茹で上がった頭に苦笑するのがワンセット。なんで神経質な変人、しかも年上の男にこんなにも逆上せあがっちまったのだろうか。
     ICを降りてまたしばらく走らせると、目的地が見えた。大量の車が路駐されているのを見つけるが、おそらく地元民のだろう。流石に余所者がするのも気が引ける。少し歩くが、道の駅があったのでそこに駐車した。
     助手席を見る。村雨にしては深く眠っているようで、車の振動が止まっても起きる気配が無い。それを喜びつつ、軽く揺すった。
    「村雨、ほら。ついたぞ」
    「……はやかったな」
     眼鏡を探す動作をするので、ダッシュボードから出して手に持たせてやる。しぱしぱと重たい目を瞬かせた眠気たっぷりの顔は、ラウンドをかければいつもの無愛想に早変わりだ。
    「行くぞ」
     声をかければ何も言わず後ろをついてくる。足取りはしっかりしている。だが、そう。徹夜の歩きが心配だったから、周囲に誰もいないのを確認して手を引いた。それでも村雨は何も言わなかった。
     神社と隣接した公園で行われているそれはこじんまりとしていながら入り口に差し掛かった時点で楽しげな雰囲気を醸し出していた。人こそ多くはないが、地元祭と言うことで近隣の住人が集まっているのだろう。
     目線だけで後ろを振り返る。こういった催しは嫌いではないようだが、鋭すぎる五感が周囲の刺激を受信しすぎる為に、意図せずとして持ち主を苛む。元気な時はやり過ごせるが不調があると受け流せず、少なからずダメージを負うのだ。軽く伺った様子では特に支障はなさそうだが。
    「何かあったら言えよ」
     沈黙を了承と捉え、会場に入る。同時に手を離すと村雨が真横に並んだ。
     中は一般的な出店が並んでいて、あのパーソナリティが言っていたらしいのは見当たらない。もう少し奥だろうか。
    「おい、村雨……?」
     突然横から姿が消えていた。気配すら残さず一瞬で。慌てて周囲を見渡すと村雨は呑気に屋台で買い物をしていた。
     いやはえーし、そもそも一言くらい言えよと怒鳴るのをなんとか抑えて近づく。後ろから様子を覗き見た。受け取ったのは……肉巻きおにぎり。これから肉食うんじゃねえのかよ、なんで食べる前に肉食おうとしてんだよオメーは。
     そんな俺の心情など見通してるはずだろうが、まるっきり無視して俺に声をかけた。
    「獅子神、600円だ」
     なんで俺に払わせるんだよ。それお前一人分のやつだろ、いい加減殴るぞ。
     どうにかそんな思いも押し留めて代金を払ってやる。屋台の男は「良かったね〜」などと気楽に笑ってる。いいんだぞ、アンタの店前でコイツに怒鳴り散らしてやっても。
     村雨はまたしても何も告げずにおにぎりを頬張ってどこかへ行こうとする。堪忍袋の緒が切れる寸前だったが、上機嫌にこちらを手招きするのを見ると簡単に鎮火してしまった。安い男だと最早自分ですら失笑してしまう。腹を抱えた大笑いだ。
     村雨はフラフラと屋台に寄り付いては俺に支払わせて食べて、たこ焼きのように複数個あるものは時折俺の口に突っ込んだ。感想を言い合って歩き回ると、お目当てが見つかった。屋台にはデカデカと『地産地消』『地元の特産品』と書かれており、見れば売り物は串焼きだった。
     屋台の番は気難しそうな老年の男だったが、気にせず村雨は話しかけた。何言か話すと番は気難しく眉根を寄せたが、俺を見やるとパックに串を詰めた。袋詰めされた物を渡しながら値段を言われたので財布を取り出そうとすると、その前に村雨が何枚か札を出していた。
     屋台にしては高い値段設定だったが、不満を言うでもなく袋を受け取る。
     まあ、金には困っていないから良いのだろうが、なら最初から自分で払え。そんな文句を言う前に村雨が指を差す。
     どうやら境内に向かう道から外れており人はいなさそうだが。疑問に思っている間に村雨は先に歩き出してしまったので、置いて行かれないようついて行った。
     少し寂れた雰囲気のそこは、常なら遊歩道として使われているのだろうかベンチが置かれている。
     村雨はベンチに座ると買った物を広げたので、隣に収まった。パックに入った串は中々の量だ。夜勤明けでよくこんな重たいのこんなに食うもんだ。この細くて少食そうな見た目を裏切った奴。屋台番もコイツでは食べ切れなさそうだから最初は渋ったんだろうが、しかしこれのほとんどはコイツの胃に入る。
     この場にいない男に脳内で言っていると、口元に串が押し付けられる。焼けた肉とタレの良い香りが鼻腔につく。
    「あのな村雨先生、俺はこう見えて食事制限している身なんだが」
    「美味い」
     これは拒否すれば引っ込められる方の物言い。しかし祭りで恋人に差し出されたのを無碍にする程、無骨者ではない。大人しく口を開いた。
     なるほど、タレ自体は大雑把で濃いが使われているのは良い肉であるのが分かる。その後もちらほら食わされながらも、大半の肉は村雨の胃袋に収まった。
     食い終わったところで、いつの間にか買われていた飲み物が渡された。(いつ買ったのか本当に見ていない)
     一息つくと、遠くで喧騒が耳に届く。そういえば、祭りなんていつぶりに来たのだろうか。村雨に誘われなかったら、それすら考えなかった。
    「ありがとよ」
     村雨がこちらを見ている。何も言わない。全身から微かに嬉しさを表出しているだけだ。
    「ならあなたは私に何か代償を支払う必要があるな」
    「オメーの飲み食いしたものの代金がどこから出ているかお分かりで?」
    「この一番値が張った串は私の財布から出ている」
    「その串だってほぼテメーの胃袋に収まってんだわ」
    「だが私の求める『代償』は、あなたにとっても良い結果をもたらす」
     村雨の目が細められる。雰囲気がじっとりと湿った。震えた手を抑えるように握った。
    「今日はダメだ。夜勤明けで、騒がしいとこを回ったんだ。帰って寝ろ」
    「獅子神」
    「……、んな顔してもダメなもんはダメだっつてるだろーが」
    「なんだ疲れた私にそんなに無体を働くつもりか?……マヌケめ♡」
     心臓を鷲掴みにされた挙句にするりと撫でられる。鼓動が速度を上げ始めた。まずい、流される。
    「むらさ、」
    「そも私の疲労は肉体的なものではなく、精神からくるものだ」
     救急に連絡をして運ばれたくせに、いざ手術になると二の足を踏んで面倒だった。しかも似たようなのが続いてな、と大きく溜息をついた。
    「仮眠もそれなりに取っていて、体力はまだ残っている。……これでもあなたは据え膳を前に、指を咥えて見ているだけなのか?」
     するりと腕が首に回る。普段だったら無臭なはずの体から、僅かに汗ばんだような匂いがした。
    「……降参だよ」
     背に両腕を巻きつけてそのまま抱き寄せた。自分よりも小さく、遥かに薄い躰。この薄っぺらな胎が、仰け反って悶えて、全てを受け入れる。
    「今日の私は激しい運動には向かない、という事を念頭に置いておけ」
    「どうだろうな、生憎と俺は売られた喧嘩は上乗せして買うタイプだ」
     抱き上げて急いで車に戻る。早く、早く、帰らなければと飢餓に似たナニカが急かしてくる。
     そんな俺を見下ろして、村雨は悠然と口角を上げていた。
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    lemon_155c

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