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    torimocchi1

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    torimocchi1

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    ししさめ
    幸福を得る話

    祝福 子供の頃、両親はよく喧嘩をしていた。騒ぎたてる姿は我が親ながら大層恐ろしく、『夫婦になる』とはこうも人を不幸にするのだと感じた。反対にテレビで流れていた結婚式の様子があまりに幸せそうで、『結婚』をすれば人は幸せになれるとも思った。だから昔の自分は『結婚』は幸福になれる事、『夫婦になる』は不幸になる事だと別々に考えていた。それで幼い俺は大きくなったら、絶対に誰かと夫婦になるような『不幸にならない』のだと、そしてあの画面の向こうのような結婚をして『幸福になる』と誓い立てたんだ。
     とんだ笑い話だろ。

     言い切ってテーブルのウィスキーを喉に入れると、フルーツのような甘さとスパイシーな渋さの後にカッと熱くなる。強い酒精が頭を揺らすようだった。
     二時間程度か、ほとんど休まず呑んだで多少の酔いはあるにしても、まだまだ頭はクリアだ。こういった時に自分の酒の強さを恨む。理性を飛ばすには量と時間がそれなりにかかるのだ。目の前の男――村雨は無言でカクテルグラスを傾けている。一見何も変わらないが、隣にはワインボトルが何本か空で置いてあった。その上でコイツが今飲んでいるのは俺に作らせたコニャック強めのフレンチコネクション。もうワクだ、酔いもクソもあったものではない。コレを潰すどころか酔わせるだけでも、スピリタスをボトルで流し込んでやるしかないのだろう。これの何が問題かというと、俺には酔わせてどうこうするってのは一生出来ないが、村雨が俺を酔わせてどうこうするのは簡単に出来るところだ。ツラい。
    「んで、なんか感想ねえのかよ」
     こんな面白くもない笑い話をするハメになったのは、ひとえに俺の落ち度であり、目の前の恋人の観察眼が鋭すぎるせいでもある。
     時間は少し前。村雨が少し長めの休暇をとったので、じゃあ最初に食材を買い込もう。ついでにそこら辺を見て、後は帰って晩飯を食べたらくっついたりなんだりで家で甘く過ごすかと二人で計画した、その帰路の途中だった。
     通りがかったそれは教会だったらしく、ライスシャワーをしている様子が見えた。きっと身内だけで行われている結婚式なのだろう、新郎新婦は招待客に囲まれて幸せそうにしていた。
     視界の端にとらえたそれを気にしないようにはしていた。村雨からの追及が来なかったので、興味なかったのだなと思ったらこれだ。
     村雨が珍しく俺の分まで酒とグラスを持ってきたので、勧められるままに飲んで三十分経過した時だ。
    『あなた、先ほどのアレはなんだ』
     あまりにも唐突にぶっ込んできたので口に含んだ酒を吐き出す寸前だった。ギリギリ飲み込めた。
    『アレって言われても』
    『あなた結婚式……違うな、結婚に対して何か思うものがあっただろう』
     どうにか誤魔化そうともしたが、あの紅い眼に見られながら詰問されれば口を開く以外に出来ない。
     ということで、あの笑えない笑い話をしたのだが肝心の聞いてきた本人がこれである。もっとなんか無いのか、オメーが知りたがったんだろうがよ。
     視線を向けるが、もはや村雨は目の前の酒瓶しか見ていない。
     恋人の身勝手さに溜息をつく。村雨は新しい酒に手を伸ばしている。さっきの飲み終わったのか、早いな。で、次に手を伸ばすのが……山崎十八年。この後に及んでちゃんぽんとか正気じゃないな。
     もう一度溜息をつく。村雨は先程の話に対する興味を微塵も残っちゃいないだろう。まあ楽しい話では無いし、続きを話したいわけでも無いから良いか。折角の珍しい村雨の連休、面白く過ごしたい。
     せめてもの仕返しに酒を流し込む村雨の身体を抱き寄せた。鬱陶しそうに眉こそ顰めたが、回した手は払われなかった。
     そうこれで終わりのはずだった。この話は二度と上がってくる事は無いのだろうと。
     
     一度用事があると言う村雨を家まで送り、ふと浮いてしまった時間をどうするかと考えて適当に筋トレを始めた頃だ。村雨を送り出してはや数時間、昼時を過ぎた時、インターホンが鳴った。特に通販をした記憶もなかった筈、と考えながらモニターを確認すれば村雨が立っていた。連絡を寄越してくれたら足を出したのにと玄関前の村雨を迎えるべく扉を開けた。その瞬間だ。
    「獅子神、これに着替えて来い」
     さっさとしろ。
     突如として紙袋を渡されてそう言われた俺の心境は『は?』の一言に尽きる。村雨はいつものジャケットとスラックスではなく、タキシードだった。グレージュの装いはいつもより華やかで明るい印象、襟や蝶ネクタイは黒で全体の明るさを締めている。中のベストはネイビーで落ち着いた様子が醸し出している。有り体に言えば、とても似合っていて、可愛い。情動を司る部分はデレデレと鼻を伸ばしているが、理性を司る部分はそうは言ってられない。コイツ何してる、いや何をする気だ……と警鐘を鳴らしている。普段なら叶や真経津が奇行をするポジションだが、村雨とて人の黒歴史――王冠や剥製――をほじくり返してくるような奴だ。警戒していようとも、村雨にギッと目を細められれば俺にもたもた時間稼ぎをしようとも否と返答しようとも思わない。扉を閉めて、紙袋を開ける。本当は玄関ではなく部屋で着替えたかったが、村雨から早くしろと言われている。誰が見ているでもないからと自分を納得させた。
     紙袋の中にはタキシードが入っていた。着てみると形自体は村雨の服と同じで、色は全体がホワイトで蝶ネクタイと襟が低彩度のディープゴールドになっている。村雨と違い、こちらは割と自分が選ぶ見慣れた色合いだ。覗くと袋の一番下には革靴が入っていたので、それに履き替え急いで扉を開ける。村雨は俺の全身を見ると深く頷いた。なんだよ、と言う前に車に乗り込んだ。
     運転席……?なんだ、何が起こっている。村雨が、運転。いや、俺が送迎しない時は村雨自身の車で職場に行っているから運転できるのは確かなのだろうが、いやいや。
     混乱した俺に焦れたように人差し指をくい、と折り曲げる。これ以上モタついていたらキレた村雨に何をしでかされるか分かったものではない。錯乱寸前の頭をそのままに、身体を素早く助手席に潜り込ませた。ドアを閉めたのと同時に車が発進する。不安だ。
     そんな俺の思いとは裏腹に車は安全運転で快適に走っていた。器用な奴だとは知っていたが、運転まで上手にこなすとは。横に視線を向ける。真っ直ぐに前を見つめる顔は常と変わらない。常と変わらず、何も分からない。村雨は俺の考えなんて簡単に分かるのに、俺は村雨が表出しなければ、何も。
    「獅子神」
     肩が跳ねる。
    「私はあえてあなたに何も読ませないようにしている」
    「……」
    「今の私の思考を察知出来るなら、あなたはワンヘッドに到達している」
    「……」
     なんという分かりにくい気遣い。村雨なりに『落ち込まなくて良いんですよ』と言っているのだろうが、慰め方のクセが強過ぎる。俺がお前の事好きじゃなかったら『煽ってんのかテメェ』っつって一発殴ってるぞ。まあ好きだからやらないが。
     目線を外して、外に向ける。窓の外は郊外でやや閑静な佇まいだ。自分ではあまり通らない道。目的地がどこか見当もつかない。
     法定速度をきっちりと守った車は、やがてやや古びた建物の付近で止まった。村雨はエンジンを停止させると車を降り、謎の建物の方へと行ってしまった。今まで道交法を守っていたのに路駐すんのか。そんな台詞を言うべき相手は早々にいなくなってしまったので、おとなしく村雨の元へと走った。
     向かった先では、村雨が古めかしい両開きの扉の前に立っている。ふと見れば、いつの間に用意したのだろう小さな紙袋を手にしている。目線に気がついた村雨は「ああ」と下唇に指を当てる。
    「これは後ほど使用する物だ」
    「使用?この中でか」
    「そうだ」
     多少突っ込んでも説明が返ってこない。つまり用途などの諸々はどうやら教えてもらえないのは確定した。LiAの時もそうだけどよ、もっとよ。そんな言葉は飲み込む。いつだって抗議や文句がこの男に通じた試しなど無いのだ。
     村雨は扉を開いてとっとと中に入ってしまった。急いで後を追う。
     どうやら建物は教会だったらしい。上方のステンドグラスから差す光が、一層内装を厳かに見せている。
     それにしても教会になんて何の用事があるのだろうか、皆目見当もつかない。入口で首を傾げていると講壇前にいる村雨が手招きをしてくるので、扉を閉めて近くまで歩いた。講壇の前で対面するこの形はどこかで見たような。そう、まるで結婚式のような……。
    「まるで、ではない。その通りだ」
     はぁ?
     俺の思考を読んだ村雨の唐突な言葉に、困惑と驚愕を抱いて混乱する。
     けっこんしき、ケッコンシキ……結婚式?
     何故。
    「昨日のあなたの話を聞いて丁度良いと思ったからだ」
    「ちょうどいい」
    「あなたが私にプロポーズをしたいと思っていたのは知っている」
    「っ、あぁ」
    「そして、そのきっかけを探していたのも。私としてはいつでも良いと考えていた。……しかし、気が変わった」
     村雨は重く、瞬きをした。 
    「結婚式をすれば実質結婚したようなものだろう」
     だが夫婦になる事はない。我々は籍を入れる男女ではないからな。
     村雨が真顔であまりな事を言うものだから、感動したような馬鹿を目撃したような、感謝のような困惑のような。そんな複雑な気持ちになり、挙句に大爆笑する人間が一人出来上がってしまった。
    「いや、っはは、それ、は、っく、ちが、うだろ……」
     村雨を見上げる。変わらず村雨はただ無表情で立っていながら、そこはかとなく『やってやった』という雰囲気を醸している。そこが尚更ツボにハマり、耐えきれず腹を抱えてしゃがみ込んだ。無理だろ、こんなの。とびっきり頭が良くて、冷静で、理論的な村雨礼二が、こんな屁理屈のようなマヌケな真似を、俺の為にしたのだ。
     笑って笑って一頻り笑って、落ち着くと今度は嗚咽が出てきた。抑えようとするとひぐっ、と引き攣れたような音が漏れる。村雨が何も言わないのを良いことに落ち着かせる為に深呼吸を繰り返す。意識する大きく深い息は昂った感情を宥めてくれて、徐々に呼吸が整っていった。とりあえずは言語をまともに話せる程度に回復してきた。ず、と鼻をすすって立ち上がる。目が赤くなっているのは、まあこの際だから見逃してもらおう。今更体裁もへったくれも無いのだし。
     村雨はようやくか、と少々待ちくたびれたような様子だ。悪いとは思わんでもないが一応は感動してたんだからさ、こう、手心というモンがさ……いや、怒って帰らないのだから上等か。そう思うとやはりなんだかんだで、俺は村雨に愛されているのだろう。それが気恥ずかしくて、嬉しい。
    「お待たせして申し訳ないですね、先生」
    「全くだ、式の最中に新郎を待たせるとは何事だ」
    「お前が新郎なのかよ」
    「私もあなたも新郎だろう。まぐわいでボトムをしている私を女だと勘違いでもしたのか、この脳みそ湯豆腐め」
    「心よりの謝罪を申し上げます。だからもうちょっと雰囲気を考慮してくれよ、式の最中に御破談なんて羽田離婚よりとんでもない」
     両手を上げて降参の意を示す。満足そうに溜息をつくと、村雨は講壇においていた紙袋を俺に渡す。なんとなく中身の想像はついている。
     紙袋には予想通りベルベット生地で誂えた手の平サイズのリングケースがあった。いつか渡したくて、しかし渡すタイミングも理由もどう言って渡すかも考え付かなくてデスクの引き出しの奥深くに隠した物だった。どうしてこれの存在を知ったか、とは聞かない。村雨に隠し事をするのがそもそも俺にとっては生身で空を飛ぶのと同様に困難だ。
     リングケースを取り出して紙袋を足元に置いてリングケースを開けば指輪が二つ入っていた。純銀で作られた指輪は、捻れたような形に宝石が一つ埋め込まれたシンプルな装飾だ。このウロボロスのような形が、どことなく蛇を思わせる村雨に似合うと思ったのだ。石は片方にルビー、もう片方にはサファイアを選んでいる。その理由は、言わなくとも村雨には分かっているのだろう。
     指輪のうちの一つ、サファイアを選んで取り出す。ケースはポケットにしまった。
    「村雨」
     コランダムよりも紅い瞳が真っ直ぐにこちらを見据える。この目に射抜かれると、覚悟を問われているような気分になる。あの電流椅子に座った時も、そして今も。
     黙って同じように見返す。腹はとうに括った。
    「病める時も、健やかなる時も……いや、いついかなる時も俺はお前を愛しぬく。お前に誓う」
     俺の言葉を聞き終えた村雨は目と口角をしならせ、上出来だと言わんばかりに微笑むと片手を差し出してくる。
     それを丁寧に片手で支え、薬指に指輪をつける。白くしなやかな指に銀製のそれはよく似合っていた。その光景に見惚れて思考が停止する。マヌケのようにうっそりと突っ立っていると、村雨が俺の左手を掴んできた。驚きで肩が跳ねる。思考を戻すと、いつの間にか村雨の手に指輪が摘まれているのに気がついた。
    「私も」
    「……」
    「あなたに誓おう。いつ、いかなる時もあなたを愛しぬくと」
     同じように薬指へと指輪がはめられる。指の根元にある石が煌めくのが見えて、ふら、と足元が揺れた。講壇に手をつくと先程押し戻した涙がぶり返してきた。それを拭えずにただただ、無様に突っ立って嗚咽を漏らしていた。
     有り余る幸福感に脳を焼かれて、何も考えられない。
     あの日見た幸福が、目の前にある。今この瞬間に死ねたならと思わせる事実が、手の中にある。
     衝動のまま村雨の身体を抱き寄せた。いつもなら注意する力加減も、何もかも気にする事も出来ずに縋り付くように抱きしめながら、顔を埋める。
     苦しいだろうに村雨は俺の背と頭に腕を回す。そして泣き止ませるようにゆっくりと頭を撫でた。
     静かな教会に嗚咽が響く。村雨は黙って俺を撫で続け、やがて口を開いた。
    「あなたは幸福か」
     託宣のような音が、鼓膜に届く。それに応える言葉などこれ以外にない。不思議と引き攣った喉がスッと動いた。
    「幸福だ、これ以上なく」
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