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    torimocchi1

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    torimocchi1

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    ししさめ(WD)
    さめがししに贈り物をする話

    Want to control you「何か欲しいものは」
    「だから、もう欲しいもんは貰ったからなんにもねぇんだよ。そんなに気にするなって」
    「……」
    「お前気に食わなすぎるとそのなんだか人を不安に顔するのやめろ。悪い癖だぞ」
    「あなたには私に望む何かがある」
    「……だから」
    「それが何かまでは私には、分からない。あなたが言わなければ」
    「…………ない」
    「私は、あなたの信用を得るに足りないか」
    「……卑怯だぞ」
    「獅子神」
    「……お前がわざとやってんのくらいは、俺にだってさすがに分かってんだ」
    「それでもこれは私の本心でもある。知っているだろう」
    「知ってる。……わかってるよ」
    「獅子神」
    「…………。俺の負けだ」


     目が覚める。遮光カーテンは開けられていたが、レースカーテンのお陰で適度に日光が窓から入っていた。
     ぼんやりとした思考の中で隣から消えた体温を探す。どうやら端座位になって何か、おそらく仕事をしている様子だった。起きあがろうと手をついたとこで思い出す。
    「ししがみ」
     集中していたようだったが、すぐに気がついてこちらを振り返った。
    「おはよう、腹減ってないか」
     頷きで返せば獅子神は私の体を抱き上げてベッド端に座らせる。「ほらバンザイしろ、バンザイ」と言うので両手を上げると寝巻のTシャツが抜き取り、ついでにズボンも取り去られた。下着一枚にされた割に寒くないのは、この男がしっかりと空調管理をしているのだろう。本来、獅子神には少し暑いだろう室温は寒さを感じやすい私の為である。こういった仲になった当初からそうしているのを知っている。甲斐甲斐しい事だ。
     獅子神は近くのラックから取り出した服をそれぞれ私に着せた。白ニットと黒スラックス。獅子神の普段着をまるきり反対色にしたような。いやようなではなく、普段着と同じものだ。一度着替えを忘れて獅子神の服を借りてから、買われた獅子神のそれと色違いの服。何かにつけて獅子神はこの服を着せたがる。マーキングの一種と支配の混じったその欲が、嫌いでは無かった。
     着替え終えると獅子神は再度私を抱き上げる。一応は60キロに近い物体を持っていても危うげなく階段を降りる。その所々で私の顔に口付けをしてくるが、心底愛情を込められていて大変宜しい。たまに返答のようにキスをし返してやると、喜びの感情が強くなる。可愛らしいので、なお良し。
     抱えられたまま連れられた先はキッチンだった。近くに置いてある椅子に下ろされる。座り心地の良いこの椅子は何度怒鳴られようと材料や作りかけの料理などをつまみに来る私に、悟りと諦めを多大に含んだ獅子神が買った物だ。私としてはこれに座ってさえいれば、口に色々と入ってくるので気に入っている。獅子神も料理中に私へ餌付けする行為が嫌いではないからギブアンドテイクと言っても過言ではない。ちなみに近くには小さいサイドテーブルも置かれているのでコップも置ける。快適な空間だ。
     獅子神が調理を始めたのを見る。温められたフライパンに鶏肉を入れて照り焼きにしているようだ。タレとオリーブオイルの匂いが漂ってくる。焼く間に用意していた野菜を切るのが慣れを感じさせる。近くにはバゲット、今日はホットサンドか。
     獅子神は朝食をパンにする事が多い。テーブルにつく必要がなく、手軽にベッドや椅子で食べられるからだ。(ベッドで食事をとる際には身体を密着させながら食べる場合もあり、私自身その時間が好きだったりする)
     ……それにしてもピーマンや玉ねぎにトマトにレタス。肉の割合に対して野菜が多すぎるのではないか。野菜も好んでは食べるので多くてもいいにはいいのだが、もっとパンと肉の量を増やすべきでは。メインは肉であるべきだ。
     コン、と不満を込めて近くを叩く。獅子神は苦笑すると置いていたハムを私の口に放り込む。しっとりとした食感に塩気と素材の肉の味が相待って美味しい。いいところのハムだ。照り焼きチキンを作っているのに何故ハムを出しているのかと思えば、私を黙らせる用だったか。まあ肉が食べられれば何でもいいし、仕方ないから誤魔化されてやる。
     咀嚼、嚥下。中身の無くなった口を開けて物足りなさを訴えると、先程よりも厚めに切られた肉を入れられる。美味い。だが少し、喉が渇いた。今度は近くを二度叩く。振り向いた獅子神は首を傾げ、合点がいったように頷くと冷蔵庫からピッチャーを取りだした。空いた片方の手で棚からコップを出し中身を注ぎ、それを手渡してくる。オレンジジュース……ではない。オレンジ以外の匂いも混ざっているのでミックスフルーツと思われるそれを飲むとオレンジの甘味だけでなくグレープフルーツや柚子といった他の柑橘も混ざっていて、甘味だけでなく酸味や苦味も感じられる。自分好みに整えられていて大変に美味い。液体を嚥下していると獅子神がこちらに意識を向けてくる。そうか、これは手作りだったか。
    「とても美味い。私の好きな味だ」
     そうかよ、とぶっきらぼうに返されたその言葉には安堵が籠っている。分かりやすい男だ。ここが賭場なら死んでいる。
     あっという間にコップが空になったが、喉はまだ渇いていたのでまだ欲しい。しかし一々頼むと料理が中断されるのは困るので、ピッチャーを所望する、と手を出せばコップに再び飲み物が注がれた。ピッチャーは寄越されなかった。
     視線をやれば「なるべく早くする」と苦笑してバゲットをトースターで焼いた。不満だが焼かれたパンの香りが良いので不問としてやる。
     スンと鼻を鳴らせば頭を撫でられた。揶揄いを含んでいるのだろうが、手つきは悪くない。もっと撫でていいぞと頭を傾ける。こめかみにキスを落とされた。そっちではない。嫌ではないからまあいいが。
     そうこうしているとトースターが完了の合図を響かせる。取り出されたバゲットは香ばしさを周囲に振り撒いている。それに照り焼きとたっぷりの野菜を挟み、差し出してくるので、そのまま齧り付く。舌触りのいい小麦に新鮮な野菜、照り焼きにされた鶏肉と隠し味だろうコチュジャンの甘辛さが口いっぱいに広がった。美味い、とても美味い。獅子神は料理が上手く、かつこちらの好む味付けをしてくれる。
     そういえば獅子神は何を食べるのだろうか。最後の一口を咀嚼しながら、ふと思い立って獅子神を見上げると、冷蔵庫から取り出したサラダチキンと野菜をバゲットに乗せ、これまた手作りの和風ドレッシングをかけて挟み込んでいた。それも美味そうだ。
    「獅子神」
    「あ?……こっちは俺の分だ」
    「獅子神」
    「テメーがさっき食ったもんは何だよ」
    「……」
    「そうやって……お前はいっつもそうだよ……」
     はぁ、と大きく溜息をついて獅子神はバゲットを半分に切った。断面をこちらに見せてくるので大きく齧り付いた。こちらも味がよろしい。
    「いや、お前、一口がデカすぎるだろ」
    「美味い」
    「なあ」
    「結局は折れるのだし、そうやってこちらにいいように動くのだから味をしめられる」
    「お、喧嘩売ってんのか」
    「人を甘やかしすぎるのは良くない」
    「それ以上はやめてくれ先生。俺に恋人殺しの罪を負わせてくれるな」
    「おかわり」
    「話の転換が急ハンドルなんだよ、オメーは」
     チキンサンドのもう半分が手渡された。食べている間に獅子神がフライパンを火にかけて、バゲットをトースターにセットする。
     やはり甘い男だ。

     充分な食事の後は小休憩。洗い物を食洗機に入れる獅子神の後ろ姿を見ながら淹れられた温かい紅茶を含んだ。香りの豊かなアールグレイは口に合い、サイドに置いていたポットは早々に空になった。
    「獅子神」
     振り返りポットとコップを受け取った獅子神は、丁寧にそれらを洗って水切り台に置いた。手を軽く濯いで水気をとると、また私を抱きかかえた。見上げる視線が私を伺う。横になりたいとラグに目線をやるとちゃんと汲み取った獅子神が私を要求通りの場所に横たえた。この場所はレースカーテンに遮られた日差しが当たって気持ちがよい。目をゆっくり瞬かせると横から獅子神が半身を覆い被せてくる。
    「おもい」
    「いいだろこれぐらい」
     良くないから言ってるのだが。苛立ちを口にせず、自分のよりも一回り以上はあろう腕を退けて獅子神に乗り掛かる事で表出する。急にかかった重みに獅子神は一瞬「ぐっ」と唸ったが私の身体の位置をずらして上手くおさめると背に腕を回してくる。そうもしないうちに呼吸が安定してきていた。面白くない。面白くはないが獅子神のリラックスしきったサインが神経を宥めてくるので、当たり散らさないで済んだ。
     回された腕に僅かに力を入れられると、丁度いい圧迫感がある。じわじわと眠気が押し寄せてくる。それに身を委ねるのも悪くないが、もう少しは起きている気分だった。
     獅子神の胸元に鼻を寄せる。香料をつけていない身体からは獅子神の体臭そのままを感じる。
     元々この男は様々な香料をつけていた。香水、ルーム・カーフレグランス。ムスクにバニラなどの重い香りを好む男からは、常に強い匂いが漂っていた。一応は客人の身であるし、獅子神はしっかり適量に調整していたので、口に出す事はしなかったが、人工的な匂いが正直なところ苦手だった。それらが一切の姿を消したのは、獅子神が私に好意を抱いてすぐだった。
     ある時、密着しそうな程に接近した際、一番気に入っていたらしい重い香水に思い切り刺激されて顔を顰めた事があった。その時に他者より私の嗅覚が優れていたのを思い出したらしく、次の日から一切の香料がなくなっていたのだった。(指摘すると気分転換だと無意味な取り繕いをしていた)
     香りが素材本来のものだけになった空間はとても快適で、そして隣に座った男から初めて本来の体臭が感じられた時、それが好きだと、そう思ったのだった。――そう言えばあの時に獅子神への好意を明確にした気がする。好ましいこの男の、匂いですら私には好ましいのかと。そういえばこの話を獅子神にはしていない。感じ取った他の面子からは茶々が入ったので話してやったが、獅子神はそういったのを聞きたがる性質ではない。いつかは、その話をしてやってもいいかもしれない。
     ぼんやりと思考していると、ふと回された腕に力が込められ横に回転する。いわゆる腕枕の形で抱き込まれる。見ると獅子神の顔はうと、としていて呼吸も長く、遅くなっている。睡魔はすぐそこまで迫っているのだろう。それでもまだ沈み込むほどではないらしく、戯れにこちらの髪を弄っている。置き時計を伺うと時刻は三時。やつどきにしたいところだが、今日はこの男を叩き起こす訳にもいかない。背に片手を回し、手をぽんぽんと一定に叩く。獅子神は視線を彷徨かせ、やがてすぐに目を閉じた。ゆっくりとした速度の寝息。惰眠を貪るそれは安息に満ちている。出会った時のこれは幸福を上手く享受できなかった。今やちょっとした甘えやわがままを見せるようになった、この姿の、なんと。
     獅子神の柔らかい髪に手を差し込む。動かすとサラサラとした手触りがする。獅子神が寝てしまった以上、起きていても意味が無い。目を閉じる。幾分も経たずに意識が落ちた。

     ヒクリ、と鼻が動いた。芳しいこれは、肉の焼ける匂い。
     目を開ける。隣に獅子神はいなかった。身体を起こして辺りを見渡す。分厚いカーテンが閉められているので、少し開けると外は随分と暗くなっていた。時間は……十九時、なかなかの昼寝だったようだ。そのまま立ちあがろうとして、思い返し、寝そべった。どうやら頭は覚醒しきってない。私ともあろうものが。まあ、いいか。ここは賭場ではない。
     向こうから足音が聞こえる。獅子神が様子を見に来たらしく、顔を覗かせた。
    「起きたのか」
    「肉の匂いがする」
    「正解。晩飯はステーキだ」
     起きるか、の問いに頷くと脇に手が差し入れられる。そのままヒョイと抱き抱えられてキッチン横の椅子に座らせられる。IHに目をやるが、そこに肉は見えない。はて、と首を傾ける。上から笑い声がする。獅子神が肩を震わせている。
    「お望みのモンは休憩中だ。元は生き物だからな、休ませてやってくれ」
     そう言えば、ステーキを焼くときは一息に焼き上げるのではなく、一度火から離してやる必要があるのだったか。そんなに私の表情が残念そうに見えたか、獅子神が眼前にサラミを寄越してくる。訂正する意味も義務もないので、ありがたくそれに食らいついた。硬い食感に塩気と黒胡椒の辛さがよく効いていて、噛むと煙った肉の旨みが感じられる。
     咀嚼、嚥下、開口。私の口に肉片を放り終えると、アルミホイルから取り出した塊を再度火にかけた。
     バターと赤ワインに混じって牛の脂が香ってくるのに合わせて、グゥと腹の虫が鳴いた。小さく獅子神は笑って「もうできたぞ」とフライパンを置いていた皿の方に傾けた。ステーキを一口サイズにカットして、いつの間にか作っていたソースを上からかけた。これで完成のようで、獅子神が欠片の一つにフォークを突き刺し、差し出してくるのを拒まず口内に招き入れる。テンダーロインの上質な甘さに、バルサミコ酢メインの多種多様な果物や調味料の混ぜられたソースが酸味と苦味を足している。するすると喉を通るそれを向けられるままに胃に収める。
     皿は調理にかけられた時間の半分以下で空になった。
    「ご満足頂けたか」
    「上出来だ」
    「そら良かった」
     紅茶の入ったカップを渡される。本当によく気がつく。その割にギャンブルに活かせないのは好意を抱いた人間にしか発揮されないからか、私にも分からない。適温の紅茶を啜る。その間に獅子神が近くに置いていたサラダを立ちながら食べている。……もしかしてそれが、夕食なのか、そのガタイで。
     分かりやすくしただけあって、気がついた獅子神が苦笑する。
    「言ったろ、俺はボディメイクが趣味なんだ。食事制限もそれの一環、ちゃんと好きでやってるよ」
    「正気とは思えない」
    「俺としてはオメーの方が正気かどうか疑うがな。食い意地張りすぎてるのどうにかしろよ。あとなんであんだけ肉とか甘いもん食っててその体型なんだよ、どこに消えてんだ」
    「消化管だが」
    「いや、まあ、そらそうだろうけどよ」
     軽口を叩き合いながら、各々の手の中が全て胃に消えた頃、遠くから機械音でクラシックの一節が流れた。
    「お、沸いたな」
    「あなたの頭が?」
    「夕食をサラダで済ませただけで随分な言われよう」
     腕が伸ばされ、よいせと担ぎ上げられる。――ファイヤーマンズキャリー。煽りのせいで随分な形で抱えられてしまった。腹部が圧迫されている。
    「辛い」
    「悪いな先生、サラダしか食ってないから丁寧にしてやる体力もねぇんだ」
     そのまま獅子神は歩き出す。歩行に伴う揺れが絶妙に気持ち悪さを醸し出してくる。最悪だが、振り解くには絶望的な筋力の差がある事は重々承知だ。
     脱衣所の椅子に座らせられた時にはだいぶ疲弊してしまい、眼鏡を取られても抵抗する気力もなかった。正直、風呂に入るのも面倒だったが抵抗する前にニットを剥ぎ取られた。恋人に対してなんという雑な扱い。
    「DVだ」
    「暴言もDVに入るのは、お医者様先生でもご存知なかったか。ぜひ覚えておいてくれ」
     片腕で私を軽く抱え上げると、ボトムと下着も取り去られた。もしやこの男、医療職に向いているのではないか。病棟に紹介してやったらさぞ喜ばれる事だろう。しないが。
     私の衣服を剥ぎ取った後は、自分もさっさと全裸になると私を抱えて浴室に入った。下ろされたシャワーチェアは温められていて、冷たい水滴を感じなかった。間もなく後頭部に湯をかけられる。
    「熱くないか」
    「大丈夫だ」
    「痛いとこや痒いとこあったら言えよ」
     シャワーヘッドをかける音の後に泡立てたシャンプーが当てられて、髪に手を差し入れられた。指先で優しく頭皮を擦られると思わずうっとりとした吐息が漏れてしまった。絶妙な手つきに加えて、洗髪料の香りがハーブ系で強くないのも良かった。全体を擦り終えると、適温の湯で洗い流される。軽く水気を切ると、トリートメントをつけられる。
    「本当はある程度おいとくのがいいんだけど、早く入った方がいいだろ」
    「よく分かってる、褒めてやろう」
     だろうな、と手早く流された。次は、身体。この男も身体も洗うつもりなのだろうか。視線をやった先の獅子神はボディスポンジを泡立てていた。そのつもりのようだ。仕方ない、今日はさせたいようにさせる日なのだから。
     任せた結果、全身をくまなく洗い上げられてしまった。それはそれは丁寧に。洗うだけに留められていたお陰か性感を掻き立てるような動作はなかったので、良しとする。
     頭のてっぺんから爪先まで洗い上げた私を浴槽に入れると、自身は時間をかけずに洗い終えてしまった。私の背を軽く押し、後ろに入りそのまま抱き込んだ。
     後ろからふうぅと弛緩しきったような長い息が吐き出される。何も言わず後ろにもたれかかると、鼻先を頭に突っ込まれた。あちこちを戯れに撫でさすりながら鼻先を鳴らす姿はまるで大型犬のようだ。
     湯船に浸かりながらぼんやりとして、これ以上は芯まで茹るだろうか、といったところで獅子神が浴槽から出た。一人で脱衣所に行ってしまったので、大人しく待っていると着替えを終えた獅子神が戻って来た。手を引かれるのに逆らわず立ち上がり、自分も浴槽から出る。誘導されるまま先程の椅子に座ると、柔く全身を拭かれ、パジャマを着せられる。待ってろと言い置いてどこかへ向かい、ピッチャーとコップを伴って戻ってきた。差し出されたソレはレモン水だった。酸味がほのかに効いた水が乾いた喉を潤す。その間に獅子神は取り出していたドライヤーを私の髪にあてる。水を飲み干すと片手で代わりが注がれるのでまた飲みを繰り返せば、あっという間に髪が乾いた。もういいとコップを返却すると歯ブラシを渡されるので磨いていると、獅子神はまたもどこぞへ行ってしまった。おそらくコップを洗っていたのだろう、早々に戻ってきて歯を磨き始めた。
     無言の空間にシャコシャコと歯ブラシの摩擦音が響く。手持ち無沙汰になった獅子神がこちらに手を伸ばして頭や顔のあちこちを触ってくる。不快ではないので好きにさせるが、それにしても本当に私の事が好きだなこの男は。

     各々歯を磨き終えるとまた身体を抱き上げられる。下りた時同様に安定した歩行で階段をゆっくり上がる。半開きだった寝室の扉を行儀悪く足で開け広げた。ベッドメイクはすでに終了しているようで、綺麗に整えられたそこに、ガラス細工を扱う手つきよりも丁寧に私を降ろす。布団をかけて扉を閉めると、隣に潜り込んできた。向かい合うように抱きしめられ、そのまま何をする事なく横たわる。高く形の整った鼻先が首元に押し付けられた。
    「村雨、今日はありがとな」
     不意に獅子神が口を開いた。短い言葉には感謝の念が籠っている。
    「あなたが満足できたなら良かった」
    『出来れば、その日はあんまり自分で動かないでくれ』
    『少なくとも、歩かないでほしい』
     問い詰めた末に振り絞られた要求は『自発的行動の制限』だった。ようは全てこちらで介助するから動くな、という事で少し面食らいはしたが獅子神らしいと感じた。
     献身による管理
     相手の行動を管理したがる、この男の本質。きっと獅子神は自身の性質に対して自覚している。――しかし、足りない。獅子神が自覚しているのは献身によって『相手に頼ってもらえる』までだ。あの男の献身さはもう一段階上、『相手の自立を奪う』行為。相手が自分で行動する意思も意識も奪って、果てには捨てないでと足元に這いつくばらせるまでに至る。恐らく無意識下では理解しているだろうそれは、獅子神の本質たる姑息さと臆病さが混じっている。――なんといじらしくて、愛らしい。哀れで、姑息で、臆病で、愛しい私の可愛い恋人。
     首元にうずまる頭を抱く。安堵、愛着、充足。幸福の詰まった顔。それをもっと崩してやりたい。
    「今日はそれほどあなたにとって満足となる贈り物となったろうか」
    「良いなんてもんじゃない。誕生日にだってこんなの貰った事ねーよ」
     耳元に口を寄せる。
    「そうか。それでは、あなたの誕生日には三日ほど、休暇を取ろう」
     あなたの好きにして良い。
     一度固まり、数秒の後に信じられないとでも言うように目が見開かれる。頭を大きな両手に挟まれた。
    「……いい、のか」
    「あなたが望むなら」
     パチと瞬きした青い瞳が、泣きそうに歪んだ。堪えるためか、隠すためかまた頭が首元に下がった。
     頭を撫でながら思考する。8月27日から一週間、休暇を申請しよう。当日までは三日と言っておいて、当日になった瞬間に実は一週間だとバラしてやろう。きっとこれと同じ位か、はたまたそれ以上か。必ず喜んでくれるだろう。先を思うだけで楽しい。プレゼントを贈る側であるのに、まるでプレゼントに期待するような、そんな心持ち。
     こっそりと笑っていると腕が回されてぐ、と力を入れられた。何笑ってんだ、という意味だろうが、今はまだ話すわけにはいかない。知らないフリをすると諦めたように溜息をつかれた。賢い判断だ。不貞腐れた背中を叩いてやる。夜もだいぶ更けてしまったし、明日出勤の私に朝食を用意しないとならない。あなたも私も早く寝るべきだ、と伝えるように背をさする。
     その意を正しく受け取ったのか、興奮も相まった身体から力が抜ける。程なく寝息が聞こえて、腕の重みが増す。倣って目を閉じる。深呼吸を繰り返せば、意識はすぐに落ちた。
     ああ、獅子神の誕生日が待ちきれない。
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