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    torimocchi1

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    torimocchi1

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    通夜に行くししさめ
    ※兄夫婦捏造

    通夜 村雨の兄が死んだ。何故それを部外者の俺が知っているのか。それは丁度知らされた村雨と共にいて、村雨が通夜に付いて来てほしいと言ったからにすぎない。その時の村雨はいつも見せていた生きている兆候が完全に無くなっていて、むしろこいつこそ死人か幽霊でないかと間違えんばかりに生者には見えなかった。だから無関係でありながら零時を回るこの深夜に村雨ついて来たのだ。
     通夜は村雨の実家、親族間のみで行うらしい。案内に沿って車を進めるとやがて大きい邸宅が見えたので近くに車を停め、そこに向かう。忌中札の掛けられた玄関を通ると喪主なのだろう村雨兄の妻らしい人間が立っていた。付き添いである自分から言う事はなく、村雨がこの度は…と言うのに合わせて一礼する。村雨は軽くその女性と軽く話を始めた。会話から甥と姪がいるらしいのだが、今は祖母つまり村雨の母に預けているのだとか。何言か交わし会場に入る。通り際に女性を見るが、目を潤ませても泣いている様子はない気丈だ。
     芳名帳に記入し、二人分の香典を渡して通夜会場に入る。待っていると弔問客が続々と現れる。多いな親族と思いながら眺めるとやがて人が途切れ、喪主が帰ってきて座る。そして葬儀のスタッフだろう黒服の人間が会場を見渡し、合図をすると坊主が現れた。静々と歩いていく坊主が席に着く。女性が立ち上がり挨拶を述べると読経が始まった。読経中、会場から啜り泣く声が聞こえた。どうやら故人は好かれていたらしい。そんな事を考えながら、隣を見る。村雨は死者のようにジッと前を見ていた。その様子から哀しみはおろか、どんな感情も感じ取れない。村雨はあの写真の中で笑う男を、どんな風に想っているのだろう。
     読経が終わるとよく分からない法話が行われ、じきに焼香の時間となった。本来なら獅子神は故人と関係ないが、村雨が何かを言ったらしく村雨の直後に焼香する事になった。焼香後、喪主が挨拶を述べる。涙ぐみながらも詰まらせる事なく語られたそれに刺激されたのだろうか、咽ぶような泣き声が上がった。
     次は通夜振舞いらしく案内された場所には食事が配膳されており、家族らしき者もちらほらいたが、村雨は喪主に挨拶をするとすぐに戻って来た。
     「今日はご苦労だった、感謝する。もう帰ってもらっても大丈夫だ。食事も良い物を用意しているようだしよければ頂いていくと良い」
     気まずいのなら食事の間だけ私が隣にいよう。そう言うが、そもそもこの場所には自分の、獅子神の車で来たのだ。どうやって帰るんだ。疑問を込めて見やる。村雨はそう言えばという表情をした。
    「今日は無理を言ってあなたに付いて来てもらった。帰りくらいは自分でタクシーを手配する。……私はこの後夜伽を行いそのまま式に出る」
     夜伽。その言葉から性的な意味が頭をよぎるが、この場面では流石に違う。何だ、どういう意味だ。
     そんな考えが現れていたらしく村雨は説明する。
    「寝ずの番だ。悪霊が取り憑くから蝋燭を絶やさないように夜通し見守るという古いしきたりだ。今はしない家も多いだろうが、私の家系では行われている」
     義姉は喪主として振る舞って疲れているだろうから、代わってもらったのだ。
     話し終えて獅子神を見る。獅子神にこの後の行動を選ばせようとしているのだ。ここで獅子神が帰れば村雨は何事もなく夜伽を行う。一人きり、あの賭場で吐露していた原動力ともなったあの男にずっと付き添う。
     それが耐えられない獅子神が取る行動など一択だ。
     獅子神は村雨の肩を掴む。
    「いいぜ、そもそもテメーに付き合ってここまで来たんだ。最後までいてやるよ」
    「そこまでしなくてもいい。通夜だってあなたは来なくてもよかったのに付いて来させた。そこまでは」
    「俺がしたいって言ってんだ。付いて来させたんだから融通つけろ」
     そこまで言い切ると、村雨は常なら真っ直ぐな瞳を泳がせた。決めあぐねている、あの村雨が。ここで断られた場合はどうしようか、それでもただ帰るのは嫌だった。獅子神が視線をずらして思考を巡らせていると「では、頼む」と随分とか細く、弱々しい声がした。村雨の方に視線を合わせると、いつもの無表情がそこにあるだけだった。
     村雨は安置所の場所を知らされているようで、スタスタと進んでしまうのでそれに遅れないよう後を追った。やがて一室に辿り着くと村雨は一瞬怯んだように手を止め、ゆっくりと扉を開けた。
     中は広い和室で逆さになった屏風や刀(恐らく模造刀だ)、香炉などが置かれている。村雨は蝋燭の近くに座り火を灯し、「消すぞ」と一言伝えて電灯を落とした。
     真っ暗闇の中で蝋燭の灯火がぼんやりと近くのみを明るくさせる。灯りの種類が違うせいか、照らされている横顔はいつもより白く見え、それがどこか…村雨が弱っているように見えた。
     村雨は棺桶に手を添えながら動かずに、ジッと見つめている。それに何を言えるでもなく、獅子神はその様子を眺めていた。
     居心地の悪さを感じる沈黙が続き、獅子神は逡巡したが声をかけた。
    「仲、良かったのか」
    「良かった、と思う。私は兄を尊敬しており、兄も私を弟として可愛がっていた」
    「……泣かねーのか」
    「意味がない」
     そう言って村雨は眼を閉じた。きっと村雨にとっては屈辱だろう、獅子神にそう思われるのは。しかし、獅子神はその姿に悲壮さを感じてしまった。傷付いていると思ってしまった。
     激情のまま獅子神は村雨の引き寄せ、胡坐をかいた自分の膝に頭を乗せさせた。驚いたように村雨はパチクリと目を瞬かせる。
    「硬い……」
    「鍛えてんだよ、我慢しろ」
     ぎょろりと向いた眼が『何故』と訴える。それに応えようとして−−村雨の頭を撫でた。

    「お前だって疲れてるだろ。明日葬儀もあるんだ、俺が起きててやるから眠っちまえ」
    「獅子神」
    「徹夜は体に障るぞ」
    「私は医者だ」
    「前に夜勤続けてる奴は病気のリスクが上がるって聞いたぞ」
    「……寝れない」
    「そうかよ、手間のかかるお医者様だ。子守唄くらい歌ってやるよ」
     そう言うや否や、獅子神は軽く息を吸い込み。
     Take a melody simple as can be give it some words And sweet harmony
     低い声で紡がれた音は確かに子守唄に相応しく感じるが、あまり聞き馴染みのない曲だ。しかし遠い昔にどこかで聞いた事がある気もする。
     村雨は視線だけで獅子神を見た。無言の疑問を受けた獅子神は歌を止め。
    「昔どっかで聞いた曲だ。俺もよく知らねえけど、子守唄って言っていた気がする」
     俺はこれしか知らねえんだよ。
     そう言って獅子神は村雨の背を摩り、続けた。
     Raise your voices All day long now love grows strong now Sing a melody of love oh love
     短い小節を繰り返し聞いていくうちにうとうとと揺らぐ意識の中、村雨は過去を思い出していた。
     小学生の時分だった。理由は覚えていないが、その日はやけに寝付けなかった。たかが不眠で両親を起こす程我儘ではなかったためにベッドから抜け出してぼんやりと窓の外を眺めていた。大雨が降っていて時折近くに落ちたのだろう雷が轟音を響かせていた。
     ふと、足音がドアの外から聞こえた。押し殺した足音は知っているもので、兄がこっそり忍び寄ってきたのだ。迎えようと扉を開けてしまえば驚いた兄の大声が両親を起こしてしまうので、村雨はじっと兄が現れるのを待った。
     足音が部屋の前で止まり、小さくコンコンと控えめにノックされる。「はい」と返すとドアを開けて「礼二、起きてたのか」とホッとしたような兄が姿を見せた。どうしたのかを訊ねると兄は慌てて「いや、雷が鳴っているから礼二が怖がってないか心配で」と取り繕った。
     どうやら雷雨は恐ろしいが、両親の元に潜り込むには恥ずかしい。だから弟を気遣うフリをしてこの場を凌ごうとしているのが村雨にはなんとなく理解できた。それを指摘しなかったのは兄を好ましく思っていて、可愛いプライドを守ってやりたかったから。
     だから「寝れない」とだけ返した。すると兄は「じゃあ兄さんが一緒に寝てやるからな!」と村雨をベッドに引っ張り込み共に横になった。
     目を白黒としている弟の背を笑いながら撫でる。一頻り笑い終えると兄は咳払いをした。
    「礼二の為に子守唄、歌ってやるよ」
     学校で習ってきたのだろうその歌はどこか外れた調子だった。それでも村雨には心地よく聞こえた。隣の暖かな体温も相待って数分もしないまま、すっと眠りに落ちたのだった。
     ふと現実に帰ってくる。見上げた獅子神は漠然と周囲を見ていた。
    「獅子神、あなたの歌は安心する」
    「……兄貴と似てたからか」
    「いや、あなたの方が遥かに上手い」
    「……」
    「あれは私が物心ついて初めて聞いた子守唄だった」
    「そうかよ」
    「しかしこれからはあなたの子守唄しか聞かないだろう」
     獅子神は一寸黙り、溜息を一つ吐いた。
    「お医者様よ、今日の俺は診察される為でも処方される為でも来た訳じゃないんだ」
    「……」
    「付き添いとしてお前を介助…もはや介護だな。ともかくそれをしに来たんだ。俺の事を気にすんな」
    「介護」
    「そう、だからテメーはただ悲しんでればいい」
     獅子神は村雨の目蓋を下すように片手で覆った。
     唄が再開される中で村雨はストン、と腑に落ちたような思いだった。自分を肯定されたようなそんな妙な心地だった。そこで改めて兄は死んだ、という事実が現実味を帯びて襲ってきた。
     覆われた闇の中で瞬きをする。目じりから一筋、何かが落ちたようだった。

     村雨は極小さな寝息を立てていた。全身から力の抜けた村雨を見て、獅子神は安堵した。少なくとも村雨は自分の前で緊張を解く事が出来る。
     歌うのを止めても、手だけは動かしていた。そうしていたかったし、村雨もそれで起きはしない。それが許されている。
     ふと遠くの方で雨音がした。ゴロゴロと鳴っており、時折轟音が響くので雷も落ちているのだろう。
     不意にガタンと音がした後ろの棺桶を振り返る。特に何も無い。気のせいか。
     獅子神は目を細めて思案する。安置された死体、この存在が無ければ村雨とこうなる事もなかっただろう。しかし。
     獅子神は後ろの敵を睨みつける。
     「あんたが、コイツをどう思っていたかは知らない。だがあんたは死んだんだ」
     コイツは、村雨礼二は俺のものだ。
     宣誓のような独白は、ただ静かに溶けた。辺りに沈黙が鳴り響き、フゥと息を吐いて獅子神は村雨を向き直る。その時。
     後ろから大きく、ガタンッと音が鳴ったような気がした。
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