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    torimocchi1

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    ししさめ
    子守唄を歌い、聞かされる話

    子守唄『近寄らないで、鬱陶しい』
     高く振り上げられた手が勢いよく下された瞬間、身体がびくりと跳ねた。――夢だ。
     身体を起こすと全身いっぱいに寝汗の気持ち悪さに気がつくが、しかしどうにもシャワーを浴びる気力が湧かない。
     横を見ると村雨は眠っていた。この男は警戒心が強く、五感も鋭い。最初に共寝をした頃はこちらの身動きで頻繁に起こしてしまう事もあった位だった。それが今ではこんなに近くで動いても、深く眠ってくれている。それが少しささくれた心を穏やかにした。
     身動き一つしない黒い頭を撫でて、なるべく音が出ないように寝室から抜け出す。階段を降りると月が高く出ていた。スマホを置いてきたせいで時間が分からないが、日付を超えた頃だろう。
     すぐに寝られる気がしなくて水を飲んでリビングのソファーに座った。窓の外は晴れていて、月がよく見える。
     寝る前にうっかりとそれを見てしまったのが悪かったか。それはベビー用品のCMだった。健やかで、愛された子の姿。健やかな成長を望まれたような姿を見た時は、本当に何も感じなかったのだ。しかし無意識下に影響を及ぼしたのだろうか。
     ……嫌な夢だった、まさしく悪夢だった。眠れないと泣いた手を振り払われて挙句に叩き出された、そんな惨めな昔の回想。一等忌避している部分である、親に関係したそれは今でも時折自分を苛んでくる。村雨と恋人になってからはそれも随分少なくなったのだが、こうして何かの拍子に出てきてしまう。
     深く溜息をついて背もたれに寄りかかった。もういっそ仕事でも始めてしまおうか。腰を上げようとしたところで遠くからカタンと音が聞こえた。――起きてきたのか。
     音の方を見ると村雨がこちらに向かってきたところだった。その姿は眠気など一切感じさせない。
    「オメーも寝れなくなったのか」
     揶揄うような言葉を投げてマズったと思ったが、考え直す。そもそもこの眼から隠し通せるものは、俺には皆無だ。
     何も言わないまま村雨が隣に座ってきた。村雨からは同情も憐れみも感じ取れない。村雨がそんなのを相手に持つタマでないのは重々承知しているが、しかしわざと発信させなければ微塵も察知させないシグナルの少なさが、勝手に心情を推測させてしまうのだ。それで無駄に惨めになるのだから救えないと、自分でも笑ってしまう。
    「今日は遅かっただろ。ちゃんと寝て体を休ませとけよ」
     全く癖のつかない黒髪をかき混ぜて促す。暗に自分はこのまま起きていると伝えるのを忘れない。自分の不眠につき合わせる気は毛頭なかった。しかし村雨は無言のまま動かない。案外に人の体温が好きなコイツのことだから、もしかすると一人で寝室に戻るのも寂しいのかもしれない。(まあそれをストレートに言うと「違う」と睨まれるのだが)ならばベッドに戻って寝かしつけてやるのもやぶさかではない。ついでにノートパソコンを持ち込めば、仕事自体はできるだろう。
    「ほら、ベッド行くぞ。明日見たいとこがあるって言」
    「獅子神」
     遮るように名前を呼ばれた。
     いつの間にか村雨がこちらを向いている。相手を死にやる手順すら見える真赤な死神の瞳が俺を見ていた。全てを見透かすその眼に晒されても居心地が悪くならないのは、この月光に照らされたピジョンブラッドのような虹彩が、あまりに美しいからなのだろうか。
     見惚れたように動かない俺の頭を両手で掴むと、グッとそのまま下された。……膝枕の体勢だ。
     痛みを抗議する前に封殺された気分だし、何より肌触りが良くとも骨ばった太ももはシンプルに乗せ心地が悪い。
    「……いてぇ」
     とりあえず総合した不満を絞り出す。……黙殺された上に睨まれた。いや自分の行動と体躯を振り返ってくれ。溜息をつくな、つきたいのはむしろこっちなんだが。
     文句を出してやろうとした口を、閉じた。胸の真ん中を規則正しくぽんぽんと叩かれる。これは、まるで――寝かしつけのような。
    「むら、さめ」
    「こんな夜は、そう。特別に子守唄の一つでも聴かせてやろう」
    「……いらねえよ」
    「あなたの意思など関係ない。私が歌いたいのだ」
     そう言って村雨は旋律を口ずさむ。
     ――空に星あり、大地に緑と海あり。そしてあなたに光と祝福があり。私の可愛い子、今日も私の子でいてくれてありがとう。もう夜の帳も落ちるから、明日も元気でいてほしいから。今日はもうお休みなさい。よくお眠り可愛い可愛い私の子。どうか明日もあなたに祝福がありますように。
     それは穏やかで、あまりに優しい音だった。きっと、村雨は何もかもが分かっている。だがそれが嬉しいのは、村雨のこの行動からは愛情以外の一切が無かったせいだ。
     目じりから流れる水滴を自分でどうにかする前に、あやす方とは反対の手が柔らかく拭った。そのまま下された瞼の上に手が置かれる。
     ふと眠気がじわじわと込み上げてきて、小さく欠伸をした。ゆっくりと遠くなる意識に逆らうことなく、そのまま手放した。
     最後にもう一度、目から涙が一筋零れたのは欠伸のせいにした。
     
     膝に乗せた重みが僅かに増したかと思うと、小さな寝息聞こえてくる。月光を浴びて金色に輝く髪を柔く撫でる。
     小さく哀れで不幸な子供。原動力になっているそれは、確かに疵になっている。それでも、獅子神がそんな子供でなかったら出会うことすらなかったのも、事実だ。
     だから代わりに、今が幸福であるように慈しむ。過去は過去として受け入れ、今が楽しめるように愛しむのだ。
    「おやすみ、私の可愛い子。どうかあなたに祝福を。あなたの眠りがより良いものでありますように」
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